
河鶴
代表取締役社長
河島 伸浩氏
和歌山県出身。父の急逝により、24歳で河鶴の2代目社長に就任。自ら営業の最前線に立ちながら数々の経営改革を実行し、事業を拡大。その後経営を退くも、2025年1月に代表取締役社長に復帰。再び成長曲線に導く。
和歌山県に本拠を置く河鶴は、2025年に創業50周年を迎えた。たくあんの製造業から始まった同社は、現在総合食品メーカーとして成長を遂げている。その基盤を築いたのが、24歳で事業を引き継いだ、河島伸浩氏だ。
「当時は、企業というより家業に近い状態でした。私が社長に就任したときにはすでに債務超過で、借入金は約3億円。まずは1円でも多く稼ぎ、父から継いだ会社を存続させることだけを考えていました」と振り返る。

最初に着手したのは、事業構造の見直しだ。長年続いてきた漬物業者向けの樽売り商品から、小売り向けの商品へシフト。小袋対応など時代のニーズに合わせた設計に切り替えるとともに、自ら全国を回って販路を開拓した。
東京にも小さな拠点を構え、商談を重ねる中で、「地方発でも、戦い方次第で全国に、世界に通用する」という手応えを実感したのもこの頃だという。
第2の転換点は、海外からの調達・開発を行う商社機能の立ち上げだ。
「食糧自給率の低い日本において、安定供給と手頃な価格を両立させるには、海外調達が不可欠です。そのための仕組みを自社で持つことこそが、お客様に対する責任だと考えました」(河島氏)
もちろん、一足飛びに実現できたわけではない。最初は既存商社との取引で経験を積み、そこからネットワークを拡大。直接取引や合弁会社の設立を経て、2000年には自社で商社機能を完結できる体制を構築した。
さらに2013年には、工場の取得を機に、梅干し事業への参入を果たす。成熟市場への挑戦に踏み切った背景には、事業を通じて地域に貢献したいという思いがあった。
「紀州南高梅の産地である和歌山では、過疎化や高齢化による農業の持続性が課題となっていました。そこで原料として梅を仕入れるだけでなく、加工や商品化を通じて付加価値を高め、農家と共に将来をつくる事業モデルを目指しました」(河島氏)
その熱意に多くの農家が賛同し、後発にもかかわらず、梅干し事業は急成長した。地元農家との連携のもと、仕入れから一次加工、製品化、販売までの一貫体制を整え、現在では同社の主力事業となっている。
河鶴の特徴は、食品メーカーでありながら商社機能も併せ持つ点にある。
「当社には、原料を理解し、ものづくりの工程を自社で管理できる食品メーカーとしての強みがあります。さらに、その視点をもって海外での調達や開発、製造も行っています。メーカーと商社、2つの機能を並列で磨き上げてきたことが、事業拡張の原動力になったと考えています」(河島氏)

自社製造・原料輸入・完成品輸入の3ルート体制により、
日本品質の商品を安定供給
それを象徴するのが、梅干し事業だ。同社では、南高梅の自社製造に加え、海外から原料や完成品を仕入れる体制も整備。3つの軸があることで、梅の不作時でも安定供給を可能としている。
「この仕組みを梅干しだけでなく、漬物や製菓にも広げています。つねに『日本品質』の商品をお届けできるよう、海外の工場を毎月訪問し、品質管理や味づくりを徹底指導しています」(河島氏)
「食品メーカー×商社機能」の独自性を武器に、就任時の赤字から一転、事業を成長に導いた河島氏。2017年に一度経営を退くも、さらなる企業規模の拡大に向けて、2025年1月に社長に復帰。営業体制の再構築やガバナンスの徹底など経営基盤の強化に取り組み、事業を成長曲線に導いた。その視線は、すでに次の50年を見据えている。
「今後も価値ある商品を全国に、そして世界へ発信していきたい。そのためにも人づくり、組織づくりにより注力し、食を支える一企業として、持続的な成長を目指してまいります」(河島氏)