「予測不能な混乱」の時代、
日本企業が直面する課題
――サプライチェーンマネジメントへの対応力が厳しく問われる時代。日本企業が現在直面している課題を、どのように捉えていますか。
2010年代前半までは、コストを下げ、安い場所で作り、安い物流で売る「最適化の時代」でした。しかし2010年代後半になると、いわゆるVUCAの時代に突入し、地政学リスクをはじめとする様々な問題でサプライチェーンは複雑化し、トレーサビリティーを確保しにくくなっていきました。
決定打となったのが2020年以降のコロナ禍です。予定していたものが来ない、あるいは積み上げた在庫が売れずに廃棄する。結果としてマージンが大きく悪化しました。
そこで経営層が認識したのは、サプライチェーンはいまやバリュードライバーであり、PL・BSを踏まえて意思決定をリードしなければならないということでした。
しかし、物流一筋数十年の人材が中心だった現場に、経営視点のリーダーシップを求めてもすぐには機能しません。今後、日本のサプライチェーンに最も必要なのは「意思決定DX」です。
多くの企業は、具体的にどうすれば回るのか、プロセスも戦略も分からない状態にあります。象徴的なのが調達部門の例です。同じ部品を供給できるベンダーが複数あれば、単純比較で最安値のところが選ばれるでしょう。しかし、実際には納期の不確実性を補うために、より多くの安全在庫を持つ必要性が生じる可能性もあります。
たとえ単価が高くてもリードタイムが短く納期遵守率が高い業者と、どちらが本当に良いのか。これは調達部門だけでは判断できません。
生産部門にも同様の構造があります。急な増産要請に応えるためOEMに頼る企業は多いですが、業界によっては、そこまでコストをかけなくても、たとえ納期が1〜2日遅れたとしても顧客は容易に離れないというケースもあります。納期を守るためにマージンを犠牲にすべきかどうかは、部門単体では見えてこないのです。
バケツリレー型の計画から
「コンカレントプランニング」へ
――需要予測から生産計画、調達計画へと順に処理していく従来型の手法に対し、キナクシスは全部門が同時にシミュレーションできる「コンカレントプランニング(同時並列計画)」を打ち出しています。従来の計画手法とどう異なり、企業にどんな価値をもたらすのでしょうか。
2010年ごろまでは、いわば「バケツリレー」型の計画で問題ありませんでした。ファストフードのカウンターでの受注のように、作業が順番に進む業務にはバケツリレーが適しています。
しかし調達と製造は別々の指標で動いています。製造はOEE(設備総合効率)を重視し、調達はコストを重視する。両者のKPIは基本的にトレードオフの関係にあり、需要が変化する頃には納期が間に合わなくなってしまう。これがバケツリレーの限界です。
コンカレントプランニングでは、生産側の計画と調達側の計画を同時に見える化し、両者が満たすべき納期をリアルタイムに突き合わせます。すると、普段は放置されがちな発注伝票のうち、本当に優先してフォローすべき1%を特定できるようになります。これがコンカレントプランニングによって見えてくる価値です。ただし、これはシステムだけで完結する話ではありません。情報が同時に見えるようになっても、誰が、どのタイミングで、どのような判断をするのかという役割を明確にしなければ、現場は混乱します。コンカレンシーをうまく活用するのは、あくまで人なのです。
数秒で意思決定の選択肢を導き出す
Maestro
――主力プラットフォーム「Kinaxis Maestro(キナクシス・マエストロ)」は、SCM全体をリアルタイムで見える化する機能や、「もしこの部品の納入が遅れたら」といったシナリオを数秒でシミュレーションするWhat-if機能を備えています。実際の経営判断や現場の意思決定にどのように生かされていますか。
Maestroは、前身製品である「RapidResponse(ラピッドレスポンス)」が培ってきた迅速な対応力を受け継ぎながら、需要・供給・生産・財務など複数の要素を同時に捉え、意思決定を支援できるよう進化しています。
もちろん速さも重要です。それを支えるのが、特許を取得した独自の計算技術です。一般的な基幹システムでは、変更がない部分も含めて全構成品を毎回計算し直しますが、Maestroは変更があった際、どこに影響が及ぶかだけを計算するロジックを持っています。
その効果は「ブルウィップ効果」の抑制に表れます。川下のわずかな需要変動が川上に向かうにつれて増幅していき、一つの工程で時間がかかるとプロセス全体が長くなってしまう。需要と影響を瞬時に共有できれば、かつては3カ月に1回しか回せなかった意思決定サイクルを、さらに短期間で回せるようになることで、その弊害を除去できるようになります。
実例を挙げると、フランスに本社を置く世界的なテクノロジー企業では、10を超えるERPシステムによるサイロ化や分断されたオペレーションが課題でしたが、Maestroに情報を集約し、共通の物差しで議論できるようにした結果、サプライチェーン全体の可視化に成功しました。
米国のP&Gの事例もあります。ハリケーンの襲来が予測された段階で、工場や配送ルートへの影響をMaestro上でシミュレーションし、複数の対策案を事前に用意しました。人員や資源をあらかじめ別の工場に移動させ、ハリケーン通過後に速やかに供給を再開しました。日本も台風や地震の多い国なので、同じ考え方は国内物流にも通じるはずです。
「現場力の高い日本企業」が陥る
縦割りのわな
――日本企業には、終身雇用を背景とした「部門最適」の文化や、ベテラン人材の経験と勘に頼る意思決定など、独自の課題があるとも指摘されます。キナクシスはどのような形で変革を後押しできるとお考えですか。
日本市場ではこうした取り組みが欧米に比べて遅れています。その背景には、日本企業では現場の経験や工夫によって柔軟に対応できる一方で、そのノウハウが個人にとどまりやすいという属人化の課題があります。これは結果として、組織的な意思決定への転換を阻害しています。また、縦割り組織の承認、プロセスに時間がかかることも理由の一つです。しかし、役割と権限さえ明確になれば、問題が発生した瞬間に判断できるようになるはずです。
AI導入の本質も同じです。AIを入れれば会社が良くなる、という単純な話ではありません。AIを機能させるには、各部門がそれぞれ持っている「さじ加減」を一度標準化し、テンプレートとして作り上げる必要があります。そこにこそ、日本企業が最も苦手とする作業があるのです。
一方で、変化の兆しも見えています。多くの企業のCxOと話していますが、上層部はすでにAI活用の必要性を十分に認識しています。四半期ごとに同じ数字を見てプロセスを見直していけば、その会社に最もフィットする業務プロセスの7〜8割の型が出来上がる。そこで初めて、エージェンティックAIや生成AIが本領を発揮します。人間が判断しづらい部分の選択肢をAIに提案させ、最終的な「さじ加減」は人間が決める。このバランスをどう作るかが、日本企業に今まさに問われています。
選ばれる理由は、
導入効果を具体的に描けるから
――多くのグローバルSCMソリューションがある中で、キナクシスが内外の大手製造業から選ばれている理由はどこにあるとお考えでしょうか。
弊社の強みは、明確な「クイックウィン」を提示できることにあります。導入に当たっては、まず企業が抱える課題にソリューションをマッピングし、投資対効果を精緻に試算します。PSI(生産・販売・在庫)を見える化したいという要望があれば、それによって在庫がどれだけ減り、納期遵守率がどう上がるのかというストーリーまで、企業とコンセンサスを取ります。その上でプロジェクトチームが具体的な設定や展開順序を詰めていきます。
基幹システムの大型導入プロジェクトは、計画通りの進行が難しくなるケースもあります。しかし弊社では、早期に価値を実現するための導入アプローチを重視しています。平均導入期間は8カ月と短く、投資回収期間も早ければ半年で到達する事例があります。
国内SIerやコンサルティングファームとのパートナーエコシステムも大きな特徴です。多くの案件は、すでに実績のあるパートナーと組んで進めており、スムーズに運んでいます。加えて、キナクシスのソリューションは20年前からAI技術を組み込んでいた点も強みです。時代がようやく我々に追いついてきた、という感覚です。だからこそ、目先の課題解決だけでなく、20年先を見据えたソリューションを次々にリリースできています。
SCMを「経営の意思決定エンジン」に
変えるためにできること
――業種によってサプライチェーンの課題は異なると思います。導入企業ではどのような成果が生まれているのでしょうか。また、SCMを単なる「コスト部門」ではなく「経営の意思決定エンジン」として位置づける経営判断が企業の命運を分けるともいわれます。今後、キナクシスとしてどのような役割を果たしていきたいとお考えですか。
ガートナー社の「サプライチェーン計画ソリューションのマジック・クアドラント」で12回連続リーダーに選出されている実績が示す通り、ハイテク・半導体・化学・製薬・自動車から消費財まで、幅広い業種で評価をいただいています。ユニリーバのように、Maestroによる基本的な導入効果をすでに得た企業は、次の段階としてオペレーション全体の7割程度を自動化しながら、人間が介在すべき「さじ加減」の高度化を同時に進めています。
個人的な課題意識として挙げたいのが、日本企業の物流領域です。日本のものづくり企業では、売上高の5〜6%が物流費とされ、その7割が倉庫保管費と輸送費です。3PL(サードパーティー・ロジスティクス)に委託した業務を固定費として捉え、そこから先を見える化できていない企業が多い。現場がいくら意思決定DXを進めても、実行を担う物流側が見えていなければ正しい経営判断はできません。
最後に、日本企業の組織体制についても触れておきたいと思います。海外企業にはCSCO(最高サプライチェーン責任者)というポジションが存在しますが、日本ではまだまれです。サプライチェーンが長らくバックオフィスとして扱われてきた歴史があるからでしょう。しかし、グローバルに事業を展開し、海外事業の比重が高まる日本企業にとっては、サプライチェーンを国内に閉じず、グローバル規模で経営の意思決定エンジンとして機能させる発想が欠かせません。
予測できない変化そのものはなくせません。だからこそ重要なのは、リスクを可視化し、複数の選択肢を用意し、迅速に判断できる体制を整えておくことです。人間だけで、すべての変数を考慮して迅速に最適な判断を行うことはますます難しくなっています。データを見える化し、意思決定は最後に人間が担う。その仕組みづくりを、キナクシスはこれからも支えていきたいと考えています。
地政学とAIが問うSCM経営改革の今
日経BP総合研究所は、9月に都内で「激動期に克つSCX(サプライチェーン・トランスフォーメーション)」と題して、サプライチェーン改革に関するクローズドなセミナーを開催した。「ビジネスと地政学・経済安全保障」と題して、元経産省官僚でオウルズコンサルティンググループ代表の羽生田慶介氏、「AI時代において、SCM意思決定能力を高めるためには?」と題して、フォーティエンスコンサルティングの笹川亮平氏が講演。さらに「DICのSCM改革の歩みと、中東対応で見えた課題の次の一手」と題して、DICコーポレートサプライチェーン部の堀純太朗氏が講演した。
後半のパネルディスカッションでは、地政学リスクが複雑化する中で、企業はどのように対応すべきか、サプライチェーンにAIをいかに組み込むか、サプライチェーン改革と経営の意思決定などを巡って活発な議論が展開された。パネルには講演者3人と共に、キナクシスのチョイ・ジョーダン氏も参加し、同社が提供するSCMプラットフォーム「Kinaxis Maestro」によるSCXの事例を紹介した。




日本企業の現場対応力の高さが、かえって組織的な意思決定への転換を遠ざける(チョイ・ジョーダン氏)