創立100周年を迎えたクラレグループは、独創性の高い技術によりグローバル市場での存在感を発揮している。多様な組織・人材を「One Kuraray」としてまとめ、安全と挑戦を支える組織の力をどう築くか̶̶。本対談では、国際プロジェクトの最前線で多国籍チームを率いてきた宇宙飛行士・若田光一氏を迎え、地上と宇宙に共通する組織づくりの本質を探る。
川原 当社グループは、2025年12月末時点で約1万2,000人の社員を擁し、その約4割が外国籍という、多様性の高い組織です。製造現場では、設備の経年化や異常によるプロセストラブルなどに備えて、設備の維持更新や修繕・改善を進めています。一方で、人が関わる以上、ヒューマンエラーが起こりうることも重要なリスクとして認識しています。
重要なのは、常に油断をせず、基本を忠実に守り続けることです。当社の工場には作業標準書があり、安全な操業のためのあらゆる手順が掲載されています。生産技術が日々進化する中で、作業標準書自体が正しく機能しているかというチェックも欠かせません。
若田 宇宙飛行も同じです。宇宙飛行士の活動は、飛行規程という包括的な運用文書に基づいて、細部まで厳密に定められている。ただし、ルールがあるだけでは安全は守れません。
宇宙飛行士の訓練の大半は、緊急事態への対応です。例えば、宇宙空間を模した海底や冬山での極限環境下での訓練を通じて対応を体に染み込ませる。そうして初めて、想定外の事態に冷静に対処できます。
川原 当社の製造現場では、「予防保全」に注力しています。データに基づく分析に加えて、臭い、音、振動のような、数値に表れない小さな違和感を各自が自分事として察知できるかどうかも重要になります。
そして、何より重要なのが「異変をすぐに報告・相談できる環境」です。心理的安全性がなければ、小さな兆候は見過ごされます。「気づいてくれてありがとう」と言える職場文化があって初めて、安全は守られる。安全は個別対策のみならず、企業全体の文化に大きく依存します。
若田 宇宙でも、それは同じです。物は壊れる前に必ず何かしらの兆候を示します。宇宙ステーションでは、月1回の総点検でパッキンの漏れや傷、消火器の配置などを確認します。船長の時は、就寝前にステーション全体を確認し、前日との違いに目を光らせていました。
ただし、「安全に関わる失敗」と「挑戦に伴う失敗」は分けて考える必要があります。その線引きをチーム全体で共有することで、安全性は高まります。
川原 当社は、事業基盤の強化を目指してM&Aや海外拠点の拡充を続け、グローバル企業へと進化してきました。そうした中、多国籍の社員を「One Kuraray」としてまとめる上で、摩擦が生じるのは自然なことです。むしろ摩擦がなければ、新しい価値は生まれません。私はこれを「クリエイティブ・コンフリクト」と呼び、そのエネルギーを前進する力に変えたいと考えています。
若田 国際的なチームでは、「察してほしい」は通用しません。文化や価値観の違いを前提に、考えや懸念を言葉にして伝え合う必要があります。
そこで重要なのが、ミッション・ステートメントです。意見が対立した時、「私たちはなぜこの仕事をしているのか」という原点に立ち返る。すると議論は個人攻撃ではなく、目的に向かう建設的なものになります。
私は仕事に入る前、必ずメンバー一人ひとりの思いや目標を聞きます。その人が何を大切にしているのかを理解し、リーダーとして支援することが信頼関係につながります。
川原 おっしゃる通り、最終的に行動するのは個人であり、一人ひとりを理解することが重要です。本人が納得し、自分の言葉で語れる状態をつくる。それがリーダーの役割だと考えています。
若田 御社の技術は、宇宙でも重要な役割を果たしています。1997年に米航空宇宙局(NASA)が火星に着陸させた探査機「マーズ・パスファインダー」の衝撃吸収用エアバッグには、クラレの「ベクトラン®」という素材が使われました。この素材は、宇宙飛行士の命を守る手袋にも使われています。私も常時使っていました。
川原 昨年、宇宙線や放射線を感知する「プラスチックシンチレーションファイバー(PSF)」が、宇宙航空研究開発機構(JAXA)から多年にわたる貢献が認められ表彰されました。宇宙の課題と向き合うことは、地球の課題解決にもつながる重要な挑戦だと考えています。
若田 創立100周年を迎えられる企業は、世界的に見てもまれです。独創的な技術を磨き続けてきた歩みこそが、御社の大きな強みだと感じます。その力が宇宙経済の時代にどう生かされていくのか、今から楽しみです。
川原 人の活動環境が地球から宇宙へも広がる中で、私たちは技術と製品を通じて人類のサステナビリティに貢献します。「世のため人のため、他人(ひと)のやれないことをやる」という不変の使命のもと、次の100年に向けて挑戦を広げていく考えです。

クラレ
代表取締役社長
川原 仁氏
米Axiom Space
アジア太平洋地域 最高技術責任者(CTO) 兼 宇宙飛行士
若田 光一氏