Vol.1 Vol.2

マニュライフ生命のAI活用組織変革 Vol.1

AIを全社変革のエンジンに
マニュライフ生命の挑戦

マニュライフ生命保険 メインビジュアル

AIを活用する組織へ。全社を挙げてビジネス変革に挑むマニュライフ生命保険(以下、マニュライフ生命)。その変革のビジョンや取り組みについて、同社取締役代表執行役社長兼CEOのライアン・シャーランド氏、同社AI・データ部門責任者のトマ・ジャンセン氏に話を聞いた。

資産をめぐる日本の消費者の行動が今、大きく変わり始めている。背景にあるのは、インフレ、制度改革、長寿化という3つの力だ。おおよそ30年続いたデフレが終わり、現金を預けておくだけでは資産の実質的な価値が目減りする時代になった。NISAの拡充などの制度改革も、「貯蓄から投資へ」の流れを後押しする。さらに人生が長くなった今、老後を幸せに過ごすには、資産を築き、それを長持ちさせることが欠かせない。こうした大きな転換点にあって、お金に関する判断を自分ひとりで下すのは難しくなっている。

この状況を、顧客に貢献できるよいきっかけになると捉え、大きく動き始めたのがマニュライフ生命だ。取締役代表執行役社長兼CEOのライアン・シャーランド氏は、保険会社の役割をこう定義する。

「私たちの役割は、単に商品を提供することではありません。必要な情報や助言、支援に容易にたどり着けるようにすることで、お客様が人生のあらゆる段階でより良いお金の判断を下せるよう支えることです。インフレ、制度改革、長寿化によって形づくられる日本において、それは人々がより長い『資産寿命(ウェルススパン)』を築き、老後に備え、資産を長持ちさせるお手伝いをすることを意味します」

これを実現する上で重要な役割を担うのがAIだ。

「AIを使うことがゴールなのではありません」とシャーランド氏は言う。「AIは、より良い助言、よりシンプルな体験、よりタイムリーなサポートをお届けできるようにしてくれる加速装置なのです」。

マニュライフ生命保険
取締役代表執行役社長兼CEO
ライアン・シャーランド 氏
ライアン・シャーランド氏

AIで仕事そのものを設計し直す

同社はAIを技術プロジェクトとは位置づけていない。出発点は、顧客にとってより良いサービスの追求だ。掲げる目標は2027年までに「AIパワード・インシュアラー(AIを原動力とする保険会社)」になること。AIと人間の専門性を組み合わせ、顧客へのサービスをよりシンプルで、一人ひとりに合わせた、より役立つものにすることを目指す。

基盤はすでに整っている。全社員がMicrosoft Copilotを使える環境にあり、米マイクロソフトとのグローバルなパートナーシップ拡大によって最新のAIやエージェント機能も利用できる。月に1回以上生成AIを使う社員は94%、毎日使う社員も56%に達した(※数値はともに2026年10月時点)。今の焦点は、仕事そのものを設計し直すことだ。シャーランド氏はコンタクトセンターを例に挙げる。

「担当者は1日に多くの電話に対応します。しかもその多くは、1年前、10年前、あるいは40年前に購入された商品に関するお問い合わせです。AIがあれば、担当者は通話中に正確な回答を見つけ、分かりやすく説明し、お客様が次に何を必要とするかを先回りして考えることができます。目指すのは、お客様が助けを必要とするまさにその瞬間に、より良い体験をお届けすることです」

つまり、AIによって、担当者は社内に蓄積された知識に素早くアクセスできるようになる。その分、判断力を発揮し、顧客を支えることにより多くの時間を使える。営業の現場でも同じ変化がすでに起きている。社内チームはAIアシスタントを使い、販売パートナーである代理店からの問い合わせに、より速く正確に回答できるようになった。情報を探す時間が減る分、顧客のニーズを理解し、判断力を発揮する時間が増える。

全社員を変革の担い手に

この構想を実践に移す仕組みが、2026年7月に始まった全社プログラム「AI for All」だ。根底にある考え方はシンプルである。顧客や日々の業務に最も近いところにいる人たちが、仕事の進め方を見つめ直せるようになったとき、意味のある変革が起きるというものだ。

「AI for Allは、AIファーストのマインドセットを根づかせるために設計しました」と、変革を主導するAI・データ部門責任者(Head of AI and Data)のトマ・ジャンセン氏は語る。「1回限りの研修ではなく、会社の文化を深く、長期的に変えていくものです。学びを実践に、実践を事業成果につなげていく段階的なジャーニー(旅)なのです」。

マニュライフ生命保険
アシスタント・バイス・プレジデント
AI・データ部門責任者
(Head of AI and Data)
トマ・ジャンセン 氏
トマ・ジャンセン氏

プログラムは4段階で進む。ステージ1は全社員必須のeラーニングだ。Microsoft Copilotの使い方、効果的なプロンプト(指示文)の書き方、そして責任あるAI利用を、一人ひとりに合わせた内容で、実際に手を動かしながら学ぶ。「AIは自分向きではない」と感じることがないように、誰も置き去りにせず、全社に共通の土台をつくる狙いだ。開始から2カ月半で100%の社員が修了した。

ステージ2は1日のワークショップだ。各部門のAIチャンピオンが、上司にあたる経営チームのメンバーと共に参加する。実際の業務課題を持ち寄り、独自のAIエージェントの構築方法を学んだ上で、1つの問いに向き合う。「今日AIを使って一から設計し直すなら、この業務はどんな姿になるか」。目指すのは業務を10%速くすることではなく、根本から作り変えることだ。

AIチャンピオンとは、各部門におけるAI活用の先駆者であり、現場のメンバーとリーダー、そしてAI部門・IT部門をつなぐ「橋渡し役」である。「彼らはチェンジマネジメント(組織変革の推進)のインフルエンサーです」とシャーランド氏は言う。「すでにAIを使ってかなり高度なことをしていて、部門の垣根を超えた広い社内のネットワークを持つ人が多い。彼らに手本を示してもらい、何が可能かを同僚に見せてほしいのです」。現場の課題を知る彼らだからこそ、それを業務改善に落とし込み、うまくいったやり方を広げていける。AI部門だけが抱える孤立した実験ではなく、事業部門が主導して繰り返し再現できる変革を生み出すことが狙いだ。

AI for All

ステージ3は、アイデアが実際に使えるツールになる段階だ。2週間にわたる集中的なAIエージェント構築を経て、31人のAIチャンピオンがワークショップで生まれたアイデアを、12部門にわたる27のエージェントに仕上げた。2026年9月11日には日本マイクロソフトで、マニュライフ生命の経営チームとマイクロソフトの幹部を前に、AIチャンピオンたちが自作のエージェントを披露した。顧客からの問い合わせを適切なアドバイザーに振り分けるエージェントや、決算時に財務数値の差異を説明するエージェントなどだ。この日は社外にも目を向け、AIを軸に自らを作り変えている「フロンティア企業」の取り組みも紹介された。

ステージ4では、ワークショップを希望する全社員に開放し、1年で約800人の参加を目標とする。「望むなら誰でもAIチャンピオンになれます。ここから隠れた才能が現れ、それぞれの領域で変革をけん引していくでしょう」とジャンセン氏は言う。「AIチャンピオンが自立していくのに合わせて、私のチームは一歩引き、センター・オブ・エクセレンス(CoE)としてAIの技術やスキルの水準を管理し、AIコミュニティーの活動を後押しする役割に回ります。目指すのは、AIチャンピオン同士が共に課題を解決していく、自走するネットワークです」。

変革を率いるのはリーダー

マニュライフ生命のAIへの取り組みの大きな特徴は、変革を技術チームだけに任せず、事業部門のリーダーが率いている点にある。

AI for Allが始まるまでの1年半、経営チームは定期的にAIの勉強会に参加してきた。最初の学習プログラムが公開されると、経営幹部は真っ先にそれを修了し、AIチャンピオンと共に担当部門の具体的な業務変革を実現することにコミットした。

「当社のリーダーは、後部座席でAIを後押ししているのではありません。運転席に座っているのです」とジャンセン氏は言う。

シャーランド氏自身も、経営の状況を素早く把握し、優先して取り組むべき課題に目を向けられるよう支援するAIエージェント「CEOコックピット」を開発中だ。「社員に、自分がやらないことを求めたりはしません。むしろ私たちが最初にやるのです」と同氏は語る。

目指すのは、ツールを増やすことではない。顧客のために絶えず耳を傾け、学び、行動し続ける組織をつくることだ。

AIへの投資は人への投資

マニュライフ生命が考えるAIの本質は、人がより大きな価値を生み出せるよう支えることにある。

「私たちは、人を置き換えるためにAIに投資しているのではありません」とシャーランド氏は言う。「社員がAIと共に成長し、お客様により良いサービスをお届けできるよう、人に投資しているのです。私たちが目指しているのは縮小ではなく、成長の加速です」。

この考え方は、マニュライフのグローバル戦略とも一致する。実際にマニュライフは、AIの導入と事業化に関する外部評価「Evident AI Index」において、評価対象となった北米・欧州の主要保険会社30社中で2年連続1位となった。さらに、評価対象の保険会社の中で「AIリーダーシップ」の項目でも1位を獲得している。

シャーランド氏はこの評価を「非常に誇りに思う」としつつ、その視線はさらに先を見据えている。

「AIはおそらく産業革命以来、経済を変える最も強力な力です。社員にはそれを使って自らの能力を高め、生産性を上げてほしいと思っています。ただしそれは、より大きなミッションのためです。日本の人々が将来資金に対して自信を持ち、老後に備え、より長いウェルススパンを築いて、思い描く長い人生を生きられるよう支えること。AIは社員に新たな力を与え、そのミッションをより速く、より大きな規模で実現できるようにしてくれます」