――三菱地所グループの防災の歴史は、1923年の関東大震災にルーツがあるそうですね。
唐澤 関東大震災の直後、竣工間近だった丸ビルの前に三菱臨時診療所を設置し、看板に大きく「ドナタデモ」と掲げました。社員だけでなく、助けを必要とするまちの方々をどなたでも受け入れたのです。
このことは入社直後の研修でも必ず学び、私たちが100年以上受け継ぐ防災DNAです。そのDNAは、様々な形で行動として表れています。
三菱地所グループでは、関東大震災の経験を基に、毎年9月1日に丸の内エリアにおいて、警視庁・東京消防庁などと連携し、総合防災訓練を実施しています。当社においては、2014年に社員有志による「防災倶楽部」を発足しました。
――防災倶楽部は、どのようなきっかけで発足したのでしょうか。
唐澤 発足の3年前、11年の東日本大震災を契機に当社の分譲マンション「ザ・パークハウス」の災害対策基準を見直し、建物の安全性を高めるとともに、防災倉庫の設置や防災計画書を提案するなどの強化を図ってきました。災害発生時、私たち自身がすぐさまお客様のマンションに駆けつけることはできません。管理会社の三菱地所コミュニティも同様です。
そこで、お客様自身が動けるように、防災倉庫の備品の使い方を、直接お伝えする機会が必要なのではないかと考えた社員が、行動を起こしたのです。今では当社と管理会社の社員約170人が、防災訓練のサポートなどに取り組んでいます。
――具体的にはどのようなサポートをされていますか。
唐澤 各マンションで必ずご提案するのが、命に関わる安否確認訓練と、被災地でトイレに苦労したお話をお聞きしたことから、防災倉庫に備えているマンホールトイレの組み立てや、水を使わないトイレの凝固剤の体験です。また、物件ごとに内容を検討し、防潮板の設置や、発電機などの訓練も実施しています。
防災倶楽部メンバーが被災地を訪ね、被災された方々の経験や声を基に作成した、「そなえるカルタ」や「そなえるドリル」も訓練で活用しています。
意識しているのは、災害発生後の被災生活をも見据えた実効性の高さです。
私自身も、東日本大震災によって、短期間ではありましたが、自宅のトイレが使えない時期がありました。長く防災関連を担当してきましたが、実際に経験してみないと分からないことがあると痛感したものです。
現在、活動は分譲マンションを起点とした、まちの防災にも発展しています。例えば「ザ・パークハウス 津田沼奏の杜」(千葉県習志野市)では15年に防災訓練を始め、4年目からは地元のエリアマネジメントを担う一般社団法人奏の杜パートナーズとも連携し、約8600人を対象とした地域全体での活動へと拡大しました。大規模なまち全体の防災訓練を10年以上継続しており、奏の杜の住民が主体となった防災訓練や、日々の活動を通じて顔見知りを増やすきっかけづくりを行っていること、また住民・企業・行政等が協働していることが特徴となります。この取り組みは、第30回防災まちづくり大賞(総務省消防庁主催)で総務大臣賞を受賞しました。



――自助を支援するだけでなく、共助の範囲も積極的に広げているのですね。
唐澤 とにかく私たちが考えているのは、何かあったときにお客様が自発的に動けるように、そのために普段から何ができるかということです。
ですから「ドナタデモ」気軽に足を運んでいただくため、防災訓練に加え、日常のイベントで顔見知りを増やす機会をつくることも、大切にしています。例えば、夏祭りなどを行っています。
小中学校では出張授業も行っています。学校は、今の時代に残った数少ない地域コミュニティの一つであり、災害時には避難所となる地域連携の要です。防災授業を通し、子どもから家族へ、家族から地域へと備えが広がり、災害に強いまちづくりにつながることを目指しています。社員もこうした活動にやりがいを感じているようです。
――地域と連携した防災が進むと、マンションやまちはどのように変わっていきますか。
唐澤 三菱地所グループは、まちづくりを通じて社会に貢献することを使命としています。そして、冒頭でもお話ししたように、防災は私たちのDNAです。つながりを育むことで防災力を最大化し、より安心して暮らせるまちづくりに貢献していきたいと考えています。
三菱地所グループのDNAに加えて唐澤専務の実体験に裏打ちされた「防災まちづくり」への思いは、思わず身を乗り出してしまう説得力がありました。つながりや縁を育む仕掛けは、目に見えないところでマンションやまちの価値を大きく高めるものだと思います。