弁護士などの専門職人材は今後、優秀な「AIオペレーター」であることを求められる――。データ・情報法を専門とする牛島総合法律事務所の影島広泰弁護士は、「Microsoft 365 Copilot」を軸に事務所の生成AI活用を主導している。労働集約型の業務モデルが揺らぎ、依頼者自身が生成AIを使いこなす時代に、弁護士はいかにして付加価値を生み出すのか。影島弁護士にAI活用の最前線と、AIが変革する法律ファームの未来像について聞いた。
1日がかりだった仕事が十数分で終わる時代に
「生成AIは僅かな期間に劇的な進化を遂げていて、先週までできなかったことが今週にはできるようになっている。これには驚きしかありません」。牛島総合法律事務所で生成AIの導入・活用の旗振り役となってきた影島弁護士は、予想を超えるAIの進化スピードに舌を巻く。
牛島総合法律事務所は企業法務やM&A(企業の合併・買収)に強い法律事務所として、約75人の弁護士を擁する。その中でも影島弁護士は、個人情報保護法や不正競争防止法を中心としたデータ・情報管理分野を専門としている。自らもコードを書いてプログラミングするなどの「腕」も持つ。

その影島弁護士が目の当たりにしたAIの進化とは何か。「従来なら、若手のアソシエイト弁護士が1日がかりで苦労していた仕事を、AIが十数分で終えるようになりました。企業の不祥事調査がその一例です」。同事務所は法務系に強い専門の翻訳AIや判例検索・分析AIとともに、「Microsoft 365 Copilot」をメインのAIに据え、業務の刷新を進めている。
「分かりやすい最初の大きな変化は英訳でした。過去には何時間もかけて苦労して翻訳をしていましたが、今はAIであっという間にできるうえ、文法チェックも、アメリカ英語・イギリス英語・弁護士風の英語にも直してくれます」と影島弁護士。
そして、それを超えるメリットが「案件に関する情報の構造化と分析の効率化です。この部分ではCopilotの活躍が本当にすごい」と目を輝かせる。クライアントとのインタビューや関係者へのヒアリングで得た音声データをAIが自動的に文字起こしする。それを陳述書や関連資料と一緒にCopilotにかければ、対象者ごと・出来事ごとに証言内容を整理した二軸のマトリックスが瞬時に作成される。
「クライアントのAさんと証人Bさんの証言が、どこが一致していて、どこが争点になるといった分析も表示されるほか、各項目にはMicrosoft SharePoint上のドキュメントへのリンクが貼られます。さらに『次に、この人物に質問して明らかにしておくべき事項』までまとめて提案してくれるのです」
従来なら弁護士という優秀な頭脳集団が集まって、多くの時間を費やしていた仕事だった。「それが数分でできてしまいます。法律事務所とはある意味、“頭脳労働の集約型ビジネスモデル” でした。しかし今のAIはあまりに優秀で、その作業を代替しようとしています。弁護士は何のためにいるのか、どの部分を我々人間がやるべきか――最近は本質的な部分に疑問を持ちつつあります」と、影島弁護士は苦笑しながら説明する。
労働集約型を前提としてきた企業法務系事務所の業務構造が、いま根底から問われ始めているのだ。
Copilot 採用の決め手は「社内ナレッジ」との連携
牛島総合法律事務所は、なぜ業務の主軸にMicrosoft 365 Copilotを据えたのか。「それには2つの理由があります。1つは情報セキュリティです。データが我々のテナント内に収まっていて外部には出ていかない。これは絶対に確保しなければならない最低条件でした。ただ、これを満たすサービスは他にもあります」と影島弁護士。決定打になったのは、もう1つの理由――社内データとの連携だったという。
同事務所は「Microsoft 365」を業務基盤として採用しており、メールはOutlook、ワーキングプロダクトはSharePoint、コミュニケーションはTeamsで完結する。Copilotはこれらを横断的に参照しながら処理を進められる。例えば、「本日午後5時からの会議について、過去のやり取りを踏まえて準備して」と一行のプロンプトを投げるだけで、CopilotはOutlookで会議参加者を特定し、過去のメールやチャット、関連資料を横断して検索する。「Microsoft 365を業務基盤にしている我々にとって、社内のナレッジを参照できるメリットを考慮するとCopilot以外の選択肢はあり得ないと思いました」(影島弁護士)
Copilotの進化で、影島弁護士が最も衝撃を受けたのが「M&A契約書のレビュー」だという。契約書レビュー用に使っていた従来の業務特化型AIは、契約書の雛形との差分や、条項の有利・不利を判断するものだった。しかしCopilotで起きているのは、それをはるかにしのぐ「案件レビュー」だった。
「あるM&A案件で、契約書本体に加えて、その案件についてクライアントとの過去の打ち合わせの議事録やメールのやり取りをCopilotがすべて参照しに行きました。すると、『クライアントが打ち合わせの際にこういう要望をしていたのに対して第何条は範囲が狭い』と返ってくる。その案件について、文脈を理解したレビューになっているのです。これは契約書特化型のAIではできません」と影島弁護士。契約書だけでなく、案件全体の文脈を踏まえたレビューが可能になるのは、業務基盤と一体化したAIならではの使い方だといえる。
弁護士こそ「AIに習熟」を
これだけ業務代替が進めば、法律事務所のビジネスモデル自体も変化を余儀なくされるのではないか。タイムチャージで若手弁護士の長時間労働をベースに収益を上げてきた業界の構造について、影島弁護士は「崩れる可能性はあります」と思案を巡らす。
「単純作業をタイムチャージで弁護士が担う、という部分は大幅に減ると思います。これは依頼者から見ればありがたい話ですし、一方で弁護士費用が下がれば、これまで弁護士に依頼してこなかった案件が依頼される可能性も出てくるでしょう」
そんな時代に生き残る法律事務所の条件とは何か。影島弁護士は「弁護士がクライアントよりも優秀なAIオペレーターになること」だと話す。例えば、小規模なM&A案件。従来ならリーガル・デューデリジェンス(買収前の法務調査)を省いていた案件などでも、「AIが整理した資料を弁護士に確認してもらう形なら、頼める余地が生まれるかもしれません」と解説する。単価が下がれば案件数が増える。AIの活用で仕事にレバレッジを利かせて、増えた案件を効率良くこなしていく、そんな業界構造の転換が予想されるという。
今や、クライアントである企業の法務部門もAIを使って下調べをしてから相談に来る時代だ。それなのに外部の弁護士がAIに劣る回答しかできなければ、「クライアントは『わざわざ頼む必要がないな』と思うでしょう。そこで法律の専門家である我々が習熟したAIオペレーターとなって、クライアント側がAIを使って事前に下調べをした際には出てこなかった視点や方法論、法的な根拠を回答できていなければなりません」と、影島弁護士は強調する。
「AIを使うか使わないかという議論はもはや存在しません。クライアントがすでに使っている以上、使わない選択肢はない、というのが現場の実感です」(影島弁護士)

使い続けることが、すべての出発点
こうした変化を踏まえ、牛島総合法律事務所では若手弁護士の教育にも独自の方針を取っている。「最初からAIに丸投げはしないでください、と言っています。まず自分で作ってみて、それをAIにかけて検証する。AIに頼りすぎて、弁護士として何より大事な“体験・経験”を積み重ねる機会を失ってしまうと弁護士としての基礎体力がつかず、優秀なAIオペレーターにもなれません」(影島弁護士)
最後に影島弁護士は、日本企業の法務部門や法律事務所に向けて、シンプルだが核心的なメッセージを送る。「AIを使い続けてください。1カ月前にダメだったことができるようになっている可能性が高いからです。AIを『魔法の玉手箱』のように思っている人ほど、『AIは嘘ばかり言うからダメ』と使うのをやめがちですが、それでは世の中の進化に追いつけないでしょう」
影島弁護士はAIを使いこなせるか否かで今後、法律事務所ごとの格差も生まれてくる可能性があるとも指摘する。「過去のメール、チャット、ドキュメントといった所内のナレッジを、すべて参照できる環境があるかどうかは、決定的な違いを生みます。これは言語モデルの問題ではなく、参照できるデータをどううまく使いこなすかという問題なのです」
生成AIによる業界変化の最前線にいる弁護士の言葉は、法務に限らず、あらゆる業界の専門職に通じるはずだ。
- Microsoft 365 Copilotについて https://www.microsoft.com/ja-jp/microsoft-365-copilot
- 組織の力を高めるMicrosoft Copilot https://www.microsoft.com/ja-jp/microsoft-copilot/organizations
- Microsoft 365 Copilotのプランと価格 https://www.microsoft.com/ja-jp/microsoft-365-copilot/pricing
