斎藤 このたびはノーベル生理学・医学賞の受賞、心よりお祝い申し上げます。まずは、ノーベル賞を受賞されての率直な感想をお聞かせいただけますか。NEDOは研究成果の社会実装を支援する機関ですので、技術シーズをもとにスタートアップを立ち上げ社会実装を進められた坂口先生の受賞を、大変嬉しく思っています。
坂口 この賞は、人の健康や疾病の予防、治療にどれだけ貢献できるかが問われるものです。今回の受賞を通じて、私たちの研究が実際の病気の克服にどこまで寄与できるのか、大きな期待が寄せられていると感じています。その期待に応えるためにも、これからさらに努力を重ね、研究を前に進めていきたいと考えております。
斎藤 先生は1979年に制御性T細胞の研究を開始し、1995年に制御性T細胞の存在とその重要性を世界で初めて証明されました。今日に至るまでさまざまなご苦労があったと思いますが、困難をどのように乗り越えてきたのかを伺えますでしょうか。
坂口 もともと私は免疫に関心があり、中でも「免疫寛容」というテーマに惹かれてきました。免疫系はウイルスや細菌には反応する一方で、自分自身には反応しない“陰と陽”のようなメカニズムを持っています。しかし、なぜ反応しないのかは長く分かっていませんでした。そこで私は「免疫とは柔軟で動的な制御の仕組みではないか」といったイメージを持ちながら研究を続けてきました。
その結果1995年に初めて分子マーカーを発見し、この分子こそが制御性T細胞であることを示しました。2003年には自己免疫疾患やアレルギー、炎症性腸炎が起こる原因遺伝子の「Foxp3」が発見され、制御性T細胞の役割が人の病気と明確につながったのです。そこから20年以上に渡って分子レベルの解明や人の病気への応用が世界的に進んだ成果が、今回ノーベル賞として認められたのだと思います。
斎藤 NEDOとしては、2006年から2009年に「新機能抗体創製技術開発」で坂口先生が当時在籍されていた京都大学を、2017年に「研究開発型ベンチャー支援事業」で坂口先生が創業に関わられたレグセル社を支援させていただきました。社会実装に関してNEDOが果たした役割に関して先生はどのようにお考えになっていますか。
坂口 基礎研究を続ける中で、「もう少し工夫すれば面白い応用につながるのでは」と思うことがよくあります。ただ、アカデミアは論文を出すことが基本ですから、興味があってもなかなか手を出せないのが実情です。そのような中で声をかけていただいて挑戦する機会を得られたのは、私たちにとって有意義な経験でした。大学や研究所には多くのシーズがありますが、時間や資金の制約で社会実装は簡単ではありません。これまで本当にお世話になってきましたし、これからも関わっていければと思っています。
斎藤 ありがとうございます。NEDOは2014年から研究開発型スタートアップ支援を強化し、近年はディープテック分野も含めて予算を拡大してきています。坂口先生がスタートアップの起業に関わられたのは、どのようなきっかけでしょうか。
坂口 私たちが取り組んできた研究は、もともと医療に非常に近いものでした。人の免疫に関わる病気をどうコントロールするかという点は、最初から意識していたことです。基礎研究だけでなく、欧米のように応用研究を進めたい気持ちはありましたが、当時はなかなか手を出すことができませんでした。
細胞を高速で計測・解析する装置「フローサイトメーター」のモニターを見ながら説明する坂口氏
これは制度的な問題が大きかったと思います。大学で研究を続けながら応用に踏み出すのは日本では難しく、研究時間をそちらに使ってよいのか、といった議論もまだ根強くあります。そうした事情もあって定年を迎えてからスタートアップを始めたわけですが、「まずは自分たちでやってみよう」というのが一つの動機でした。
もう一つは、研究そのものを続けたかったという思いです。年齢を重ねると、研究資金の獲得が次第に難しくなってくるのが現実です。ならば社会実装と基礎研究の両方を視野に入れ、実装に必要な基礎的な研究を続けていこうと考えました。起業することで研究を継続しながら社会にも貢献できるからです。