Data Spaces in Action 2026レビュー

AI時代の競争力は「つながるデータ」で決まる

実装フェーズに入った日本のデータスペース
企業に問われる「データをつなぐ」経営判断

AI(人工知能)そのものの性能差ではなく、AIがアクセスできるデータの質や広がりが、企業の競争力を左右し始めている――。2026年7月24日、NTTデータは、「Data Spaces in Action 2026」を東京都内で開催した。共有できるデータを、必要な範囲で、信頼できる相手とだけやり取りするデータ連携の仕組み「データスペース」について講演やパネルディスカッションが行われた。広い会場は満席となり、データスペースへの高い関心をうかがわせた。数多くのデータ連携基盤の構築に参画してきたNTTデータが目指すのは、個別のデータスペースがつながることで実現する「社会データプラットフォーム」である。

データを連携して新たな価値を生む

 2010年代後半に、「データは21世紀の石油」という言葉が広がった。データから価値を生み出す試みは世界中で続けられ、AIの普及が進んだ近年、その動きはさらに加速している。鍵となる概念が、データの管理権を各主体が保持したまま参加者間でデータを連携させる仕組み、すなわち「データスペース」である。

 官民学のキーパーソンを集めたこのイベントでは、「データスペース」の現状や課題が議論された。経済産業省の奥家敏和氏は、「様々なデータスペースが多層的につながることで、新たな価値を生み出せます」と話す。データを1カ所に集めるのではなく、分散させたまま必要に応じてつなぐ。それが、後述する経済産業省が推進するデータ連携の実現を目指す取り組み(ウラノス・エコシステム)の根底の考え方だ。

奥家 敏和 氏

経済産業省
大臣官房審議官
(商務情報政策局担当)
奥家 敏和 氏

 実は、日本ではすでに多くのデータスペース、またはそれに類する仕組みが動いている。東京大学大学院教授の越塚登氏は「データスペースに分類できないものでも、日本ではそれに近いデータプラットフォームが非常に多く動いています。これらをAI時代にふさわしい形に、いかにブラッシュアップするかが問われています」と話す。

越塚 登 氏

東京大学大学院
情報学環 教授
越塚 登 氏

 イベントでは、AIが活用できるデータをどう広げるかも論点となった。インターネット上の公開データは学習され尽くしつつあり、次に注目されているのが、企業が長年蓄積してきたクローズドなデータだ。つまり、AIの性能差ではなく、AIがアクセスできるデータの差が成果を分ける段階に入りつつある。経済産業省の守谷学氏は「日本企業は製造工程などのデータを大量に保有しています。これらのデータをAI-Readyな形に整えることで、AI活用の価値を大きく高められます」と話す。

守谷 学 氏

経済産業省
商務情報政策局情報経済課長
守谷 学 氏

 日本では2010年代半ばから分野ごとのデータ基盤づくりが積み重ねられ、2023年には経済産業省が主導する「ウラノス・エコシステム」が始動した。ウラノス・エコシステムは、企業や業界、国境を越えたデータおよびシステムの連携を目指した基盤づくりだ。データ連携の価値は参加者が多いほど高まるだけに、ここから先は官民学が協調して規模を広げられるかどうかが問われる。

 ウラノス・エコシステムに参画するNTTデータ社長の鈴木正範氏は「データをつなぐためには、参加者の認証や同意管理など様々な仕組みを整備する必要があります。当然、信頼性やセキュリティーの確保も欠かせません」と強調する。

鈴木 正範 氏

株式会社NTTデータ
代表取締役社長
鈴木 正範 氏

 すでにいくつかのデータスペースは、商用サービスとして動き始めている。「課題はありますが、できる分野からデータをつないでいけばいい。データスペースの立ち上がり時期は様々でしょうが、近い将来、それらの多くがつながるようになります」と守谷氏は話す。

 もっとも、この変化はIT部門だけの課題ではない。どのデータを他社と共有する協調領域とし、どのデータを競争領域として自社に残すのか。その線引きは事業戦略そのものであり、現場任せにできる判断ではない。

実装フェーズに入った日本のデータスペース

 先行する事例に共通していたのは、協調領域を見極め、データの形式を標準化し、参加者間の信頼を担保して今後も拡大するという流れである。ここからは、その具体例を見ていきたい。

 構想から実装へ。その第一歩となったのが、自動車・蓄電池のサプライチェーンで企業間のデータ連携を担う「バッテリートレーサビリティプラットフォーム」である。蓄電池のCFP(カーボンフットプリント)情報を企業間で安全にやり取りする用途を出発点に、ウラノス・エコシステムのファーストユースケースとして2024年5月に提供が始まり、その後も機能拡張が続く。NTTデータと共同でサービスを立ち上げた自動車・蓄電池トレーサビリティ推進センター(ABtC:Automotive and Battery Traceability Center Association)の藤原輝嘉氏はこう説明する。

 「データ連携サービスのエコシステムは自動車メーカーとサプライヤー、アプリケーションやサービスを提供する事業者、ABtCなどで構成されます。蓄電池に続いて、2026年4月には半導体のデータプラットフォームが稼働しました」

 コロナ禍で自動車業界が半導体不足に直面した際、各社は影響範囲の把握に追われた。平時からサプライチェーンを可視化しておけば、非常時にも影響の特定や代替調達の判断を早められる。自動車業界のデータ連携は今後、さらに拡大する方向だ。

藤原 輝嘉 氏

一般社団法人 自動車・蓄電池
トレーサビリティ推進センター(ABtC)
代表理事
藤原 輝嘉 氏

 2026年10月に本格稼働を予定するのが、「CMP(Chemical and circular Management Platform)」である。世界各国で化学物質への規制は年々厳しくなり、製品や部品、材料のメーカーが規制対応に要する労力・費用は大きい。とりわけ負担が重いのが、サプライチェーン内での情報のやり取りだ。

 「従来、共通のデータフォーマットなどはありましたが、情報共有はExcelのメール添付などで行われていました。いわば、“伝言ゲーム方式”です。こうした非効率を解決するため、データスペースを活用しようというのがCMPの狙いです」とCMPコンソーシアムの古田清人氏は振り返る。現在は約500社が参加し、大規模検証が進む。

 将来的に、多くの鉱物資源の供給が不安視されている。この観点からも、化学材料・部品などのリユースやリサイクルは喫緊の課題だ。CMPは「動脈側」のサプライチェーンをカバーするものだが、古田氏はこの仕組みを用いた「静脈側」のデータ連携も視野に入れている。

古田 清人 氏

CMPコンソーシアム
代表幹事
古田 清人 氏

 三つ目は、生活者に最も近い領域の取り組みだ。全国地方銀行協会の加盟全61行が出資する地銀ネットワークサービスなどが設立した株式会社生活基盤プラットフォームの、引っ越しワンストップサービス「ペンリィ」である。引っ越しの際、自治体や金融機関への届け出・手続きは煩雑になりがちで、同じ情報を何度も書いたり入力したりする必要がある。ペンリィはこの手間を大幅に減らす。

 「現在では参加金融機関数は200以上に増えました。2026年秋には、電気・ガスなどの手続きで利用されているデータ連携サービス『引越れんらく帳』との接続が予定されており、お客様はより便利に使えます」と、生活基盤プラットフォームの林敬恭氏は話す。

 引っ越しは、結婚や出産、介護と並んで「同じ情報を何度も入力する」社会プロセスの典型である。窓口を一つにまとめるだけでも負担は軽くなるが、めざす先はさらに広い。行政、金融、電力・ガス、通信といった異なる領域の事業者が、本人の同意に基づいて必要な情報をやり取りできるようになれば、ライフイベントのたびに社会全体で発生していたコストを大きく圧縮できる。ペンリィは、その構想へ向けた実践の場でもある。

林 敬恭 氏

株式会社生活基盤プラットフォーム
代表取締役社長
林 敬恭 氏

 三つの事例に共通するのは、いずれも1社では成立しない点だ。参加者が増えるほどデータ連携から生まれる価値も広がる。一方で、企業にとってすべてのデータを共有できるわけではない。何を協調領域とし、何を競争領域として自社に残すのか。データスペースの実装が進むほど、その判断は重要になる。

つなぐ範囲を決めるのは、経営の仕事

 企業内、業界内でのデータ連携の先には、業界や分野を横断する連携がある。範囲が広がれば、生み出せる価値も大きくなる。そこでまず問われるのが、どこまで規模を広げられるかだ。

 3人の有識者が登壇したパネルディスカッションで、日立製作所の入江直彦氏は次のように指摘した。「データスペースが立ち上がり始めていますが、それらが大きな価値を生み出すにはスケールが重要です。数百社から千、万の単位に拡大する必要があります。大きなポイントは、中小企業の参加をいかに促すかでしょう」。入江氏は、デジタルエコシステム官民協議会の企画運営委員も務める。

入江 直彦 氏

株式会社日立製作所
インフラ制御システム事業部
シニアストラテジスト
入江 直彦 氏

 規模を広げる上では、信頼の担い手をどこに求めるかも論点になる。「データ連携において、信頼は不可欠の要素。金融機関が大事にしてきたトラストを土台にすることで、データ連携による様々な新サービスの可能性が広がります」と金融データ活用推進協会(FDUA)の岡田拓郎氏は話す。消費者向けサービスはもちろん、取引先企業がデータスペースへの参加を検討する際にも、金融機関は一定の役割を担えるかもしれない。

 一方、金融機関ならではの課題もある。「レピュテーションリスクに敏感な金融機関は多いです。まずは協調領域について競合同士でのデータ連携を進め、それを業界アジェンダにすることでデータスペースが広がるのではないかと思います」と岡田氏は語る。

岡田 拓郎 氏

一般社団法人 金融データ活用推進協会(FDUA)
代表理事
岡田 拓郎 氏

 業界利害がぶつかりやすい分野だけでなく、公共性が高く合意形成しやすい領域でも実装が進む。その一つが防災だ。神奈川県の江口清貴氏は次のように説明する。

 「災害発生後、行政機関の中のほとんどの部門が何らかの形で事後対応に当たります。大規模災害なら、企業からの支援も加わる。避難者と避難所、支援物資などに関わる多様なデータをいかにつなぐかが、重要なテーマです」

 多くの場合、各組織のシステムはサイロ状態にあり、データを連携させるのは容易ではない。それでも防災は、関係者の合意形成を図りやすい分野だという。「防災のため、人命を救うための仕組みというと、受け入れられやすいです。防災向けのデータスペースは、社会課題解決に向けた分野横断データ連携のブレークスルーになり得ます」と江口氏は見る。

江口 清貴 氏

神奈川県
CIO(情報統括責任者)兼
CDO(データ統括責任者)
江口 清貴 氏

 スケール、信頼、合意形成――議論から浮かび上がったのは、データスペースの拡大には技術だけでは解決できない論点があるということだ。

 「AI時代を迎えて、データはますます大きな価値を持つようになりました。これを業界内、分野横断で上手に活用するためには、まず活用するデータの意味や特性を理解する必要があります。その上で、経営者がリスクを取って判断すべき場面もあるでしょう。意思決定には胆力が求められるといえるかもしれません」とモデレーターを務めたNTTデータの柳町暁氏は総括した。

柳町 暁 氏

株式会社NTTデータ
常務執行役員
柳町 暁 氏

個別最適から、社会全体の最適へ

 個々のデータスペースの実装が進んだ先にあるのが、業界や分野を越えたデータ連携だ。今回紹介された事例でも、自動車・蓄電池、化学物質、金融、行政、防災など、それぞれの領域でデータをつなぐ取り組みが進んでいた。次に問われるのは、こうした個別の仕組みをどのようにつないで活用していくかだ。

 この方向性について、NTTデータの鈴木氏は次のように話す。「これまでは提供者起点で価値を届けようとするものだったと思います。しかし、最近は利用者起点でサービスの価値を高めようとする企業が増えています。そして私たちは、個別のデータスペースがつながった社会データプラットフォームづくりを目指しています」。社会データプラットフォームにより、社会プロセスコストの削減や、より安心・安全で便利な社会が実現するという。

柳町 暁 氏

「個別のデータスペースがつながることで、社会データプラットフォームへと広がっていきます」(鈴木氏)

NTTデータが提示した社会データプラットフォームの構想

[画像のクリックで拡大表示]

 越塚氏が指摘したように、データスペースという言葉が広く使われる以前から、日本では分野ごとのデータプラットフォームが構築されてきた。これから問われるのは、個々の取り組みをどのように拡大し、さらに分野を越えてつないでいくかだ。

 「データスペースの実装フェーズにおいて、重要なのはスケールです。各データスペースがいかに参加企業を増やすか。そのためには、データスペースを活用して新サービスをつくる、あるいは売り上げ増につながるといったメリットを、参加企業に実感してもらう必要があるでしょう。課題は少なくありませんが、私たちも当事者の一人として、皆様と一緒に考え、取り組んでいきたいと考えています」とNTTデータグループの冨安寛氏は語る。

冨安 寛 氏

株式会社NTTデータグループ
取締役副社長執行役員
冨安 寛 氏

 官民学、大企業と中小企業、そして国境――。データスペースは、これまで交わらなかった主体をつなぐことで価値を生む。今回紹介された事例からは、その動きが構想から実装へ進み始めていることが見えてきた。

 一方、実装が進むほど、スケール、信頼、合意形成といった課題も明確になる。どのデータを共有し、どのデータを自社に残すのか。誰と、どのようなルールでつながるのか。そこには技術だけではなく、事業戦略としての判断が必要になる。

 AIの活用領域が広がる中、企業が保有するデータの価値も改めて問われている。データスペースを単なるデータ連携の仕組みとして捉えず、自社だけでは生み出せない価値を、他社や異業種、行政などとの連携によってどう生み出すかという視点で捉える。その設計が、次の焦点になりそうだ。

PAGE TOP