電力データを利活用して能登半島地震の被災者を訪問
電力の使用量を30分ごとに計測し、ネットワーク経由でデータ収集するスマートメーターは、いまや当たり前の存在だ。現在、日本の全世帯・事業所をほぼ100%網羅しており、その数は全国で約8000万台。スマートメーターが収集する膨大な電力データは、各地域をカバーする全国10社の送配電事業者で取得され、電気使用量の計量や電気料金の算定などに活用されている。
また、自治体や企業などによる電力データの応用的な利活用の事例も徐々に増えつつあり、実際にその成果が表れてきている。一例として、能登半島地震の復興プロセスにおける石川県での利活用事例が挙げられる。
能登半島地震発災は2024年1月。石川県は同年4月から、提供されたデータを被災者訪問などに生かしている。
「石川県は発災直後から、被災者に対する見守り支援活動を実施しました。現地で訪問活動に当たるのは、県から委嘱を受けたNPOなどの団体の方々です。その際の課題は、被災者を訪問しても不在のことが多く、なかなか会えないことでした。見守り活動は会えないことには始まりません。解決策を考える中で、電力データが有効ではないかと考え、4月から実際に利活用しました」と石川県の竹本太郎氏は説明する。正確な効果は計測していないものの、ある団体では場所によって被災者と会える確率が従来の2割程度から5割強に高まったという。

石川県
デジタル総務部デジタル推進監室 地域デジタル推進課 地域DX企画グループ(兼)能登半島地震復旧・復興推進部 創造的推進課
竹本 太郎 氏
当時は日次での電力データの提供だったが、一定の電力使用が確認できれば、翌日に在宅している可能性は高い。災害現場で有効性が確認されたことの意味は大きいだろう。
実は、能登半島地震の前から、石川県は庁内で電力データ利活用の勉強会を続けていた。「以前から“頭の体操”をしていたから、実践することができたのでしょう。今後は、県の総合防災システムに電力データを重ねる開発を実施するなど、災害対応の高度化をしていきたいです。また、今は災害対応が第一優先ではありますが、復興の可視化や、災害時以外のフレイル予防、空き家対策、CO2削減など、さまざまなユースケースに活用の可能性を感じています。そのためには実際に電力データを使ってみることがとても大事です」と竹本氏は電力データ利活用の展望を語る。
電力データ利活用を実現した法改正とシステム基盤
こうした自治体や企業による電力データ利活用が実現した背景には、法改正とシステム基盤の存在がある。スマートメーターの設置が本格化したのは2010年代半ば。スマートメーターから集まる電力データは、当初は電気事業者による電気使用量の計量や料金算定など、電気事業に必要な業務目的に限って利活用が認められていた。資源エネルギー庁の北島洋平氏はこう語る。
「2019年は台風被害の多かった年で、千葉県などで大規模な停電が発生しました。このとき、スマートメーターの情報があれば、電圧の高い幹線だけでなく、低圧の配電線の通電状況も把握できるようになります。これを自治体側にも共有することで復旧工事の効率も向上できるので、この経験が1つのきっかけとなり、電力データ利活用の機運が高まりました」

資源エネルギー庁
電力・ガス事業部
電力産業・市場室
室長補佐
北島 洋平 氏
その延長上に、2020年の電気事業法改正(2022年施行)があった。スマートメーターから得られる電力データを、一定のルールの下で電気事業者以外も利活用できるようになったのである。
「電力データは防災だけでなく、様々な社会課題解決に生かせると思います。データ利活用のすそ野を広げるためには、それがビジネスとして成り立つことが重要です。加えて、個人情報保護の観点も欠かせません。これらの点を考慮した上で、法改正が行われました」と北島氏は説明する。
政策的な動きを見ながら、一般送配電事業者も準備を進めた。重要な役割を担ったのが業界団体の送配電網協議会である。同協議会の牛尾剛氏は次のように話す。
「スマートメーターが計測するデータは、送配電事業者10社の託送システムにそれぞれ集められます。全国での電力データ利活用推進を目指し、10社の持つ託送システムのデータを1カ所に送って集約するという前提で、将来的に考えられるニーズはどのようなものか、ニーズに対応するためにはどのような形でデータを送るべきかを検討しました。私たちはその取りまとめ役を担いました」

一般社団法人 送配電網協議会
ネットワーク企画部長
牛尾 剛 氏
電力データを平時にも利活用するために
電力データの用途には、防災だけでなく、意外なニーズが埋もれているかもしれない。そもそも、電力データ利活用というまったく新しい分野なので、ニーズの調査は容易ではない。電気事業法改正の検討が行われていた2010年代後半、海外でも個人利用事例はあったものの広域かつ大規模な電力データ利活用の事例は皆無に近かった。こうした調査と利活用実証に当たったのが、電気事業者3社(東京電力パワーグリッド、中部電力、関西電力送配電)とNTTデータによるグリッドデータバンク・ラボ有限責任事業組合である。
「電気事業法改正実現に向けて、実際にどのような場面で電力データが役立ち得るのか、グリッドデータバンク・ラボの会員企業とともにその利用価値やユースケースを整理し、また、制度が運用される段階で必要となる技術的な仕組みや運用上の論点について、実務的な観点から整理を行いました。そしてそれらの結果を、制度検討主体である資源エネルギー庁様に情報として共有するなど、電力データ活用の実現に向けた活動を進めてきました」と語るのは、NTTデータの吉荒靖高氏である。
NTTデータは後に、送配電システムズのもとで、電力データ集約システムの構築・運用にも関わることになる。

株式会社NTTデータ
テレコムユーティリティ事業本部
スマートインフラ事業部長
吉荒 靖高 氏
牛尾氏は先に「データを1カ所に集約」と話したが、それを実現するのが、送配電システムズが運営する「電力データ集約システム」である。送配電システムズは、送配電事業を行う10社によって2023年に設立された。10社の電力データは電力データ集約システムに送られ、利用可能な形に加工されて自治体や企業などに提供される。送配電システムズの大野照男氏は、難易度の高かったシステム構築を次のように振り返る。
「約8000万件の膨大なデータを扱う、他に類を見ないほどの大規模システムです。この電力データ集約システムは、NTTデータの支援を受けて当社が開発・運用しています。システム構築時に重視したポイントはいくつかあります。まず、個人データを扱っているため厳しいセキュリティ・プライバシー基準を設定しました。その上で、災害時に利用が一気に増えるなど、性能がどこまで必要かが流動的であるため、機動的に対応できるものが求められます。災害時にも自治体などのユーザーが安心して電力データを利用できる環境をつくりました」

送配電システムズ合同会社
ゼネラルマネージャー
大野 照男 氏
電力データ集約システムの概要

今後は電力データ利活用の普及フェーズへ
送配電システムズによる電力データ提供は電力データ集約システムの完成後、2023年9月に開始された。当初は30分ごとの電力データ(1日分)を、翌日に提供するサービスとしてスタート。2025年7月からは、集計加工された30分刻みのデータを準リアルタイムで全国へ提供できるようになった。
今回のプロジェクトにより、電力データのプラットフォームが整備された。そして、石川県の例で見たように、すでに利活用フェーズに入っている。
「電力データは家庭の様子にリーチできるデータであるため、個人情報保護への配慮は必須ですが、お金を使ってでも使いたいと思えるサービスを生み出せる種だと思います。有益なサービスを実現するためにどうやっていくか、ともに検討いただける事業者の方も募っていきたいです」と北島氏は企業による積極的な利活用へ期待を寄せる。
同様に牛尾氏も「電力データを提供する基盤は整い、これからは電力データを用いたアプリケーションを誰がつくるか、いかにマネタイズするかが問われます。送配電網協議会としては、こうした動きに対して関係者と協力していきたいと思います」という。大野氏も「電力データという貴重なデータを提供することで、社会課題の解決に貢献したい。自治体の皆さまに向けては、事前にシステムをつないでいただくなどご準備いただくことで、災害時のスムーズな電力データの提供につながると考えている」と意欲的だ。
今回の取り組みは、制度の検討から技術基盤の整備、そして石川県での活用検証までが連続的に進み、各フェーズにおいて、NTTデータは関係者の取り組みに伴走する形で支援を行ってきた。吉荒氏は「今後は、電力データ集約システムの技術面・運用面での改善を支えながら、利用者へのデータ利活用普及を促進する観点での検討を継続し、電力データ利活用が無理なく継続される環境づくりに貢献していきたい」という。
大規模な電力データ利活用の例は世界でも珍しい。様々な社会課題解決への道筋を確立すれば、諸外国にもポジティブな影響を与えられるだろう。
「生成AIの活用拡大に伴う電力需要の増加や、再生可能エネルギー・分散電源の普及により、電力の使われ方や需給構造はこれまで以上に多様化しています。そうした中で、地域ごとの電力需要や変化の傾向を客観的に把握できる電力データは、重要な情報基盤になり得ると考えています。ただ、これらの価値は、制度やルール、運用体制が適切に整えられて初めて社会に還元されるものです。電力データを長年扱ってこられた電力会社様の知見をはじめ、関係者の皆様と連携しながら、NTTデータは基盤構築・運用から現場での活用で得てきた経験を踏まえつつ、今後も全体最適の視点で関わっていきたいと考えています」(吉荒氏)
今後生まれてくる電力データ利活用の新しいアイデアへの期待が高まる。

※竹本氏は取材にリモート参加
株式会社NTTデータ https://www.nttdata.com/jp/ja/


