オムロン株式会社 代表取締役社長 CEO
辻永 順太 氏
1989年立石電機(現オムロン)入社。2016年インダストリアルオートメーションビジネスカンパニー商品事業本部長、17年執行役員、19年執行役員常務、21年インダストリアルオートメーションビジネスカンパニー社長、23年より現職。
人手不足や需要変動が常態化する中、製造業の競争力は、現場で発生する課題をいかに迅速かつ的確に対応できるかに左右されている。オムロンが中期ロードマップ「SF 2nd Stage」で掲げた「GEMBA DX」は、現場で生まれる情報を課題解決に使える力へと変えるための経営戦略だ。なぜ今、GEMBA DXなのか。その必然性と狙いを、オムロン株式会社 代表取締役社長 CEO 辻永順太氏と日経ビジネス発行人 松井健が語り合った。
変えたのは、
目指す姿ではなく実行の仕方
オムロン株式会社 代表取締役社長 CEO
辻永 順太 氏
松井なぜ今、オムロンは「GEMBA DX」を経営の中核に据えるのでしょうか。
辻永オムロンでは長期ビジョン「SF2030 Shaping the Future 2030」で、「“人が活きるオートメーション”によって、カーボンニュートラルの実現、デジタル化社会の実現、健康寿命の延伸に貢献する」ことを目指しています。これらの社会的課題は、年を追うごとに深刻化・複雑化し、ハードウェアを提供するだけでは十分に応えきれない局面に差しかかっています。私たちはこれまで、制御機器やヘルスケア機器といったデバイスの提供を通じて社会に貢献してきました。高品質なデータを取得できるデバイスを世の中に広く敷き詰めてきたことはオムロンの強みといえます。一方で、深刻化・複雑化する社会的課題を解決するには、こうしたデバイスの競争優位を活用・強化しながら、現場のデバイスから得られたデータを価値ある情報へと変換し、顧客が抱える現場の課題解決につなげる仕組みを実装することが必要です。その中核を成す取り組みがGEMBA DXであり、長期ビジョン実現への鍵になると考えています。
オムロン株式会社 代表取締役社長 CEO
辻永 順太 氏
松井その長期ビジョン実現に向けて、「中期経営計画」ではなく「中期ロードマップ」という表現をされているところにもこだわりがありそうですね。
辻永はい。不確実性が高まる中で問われているのは、変化に即応しながらやるべきことを実行し続けられる企業であるかどうかです。精緻な計画を立てても前提がすぐに変わってしまう中で、従来のやり方を続けているだけでは持続的な成長は難しいと感じています。固定的な計画や数値目標ではなく、中長期での実行の道筋を示すために、従来の「中期経営計画」ではなく「中期ロードマップ」として示しました。2026年からのSF 2nd Stageでは、注力事業への集中投資で競争力を高め、GEMBA DX企業への転換を進めていきます。
GEMBA DXとは
データを「使える力」に変えること
松井そうした事業環境の変化や経営課題を踏まえて解決の軸と位置付けたのがGEMBA DXなのですね。
辻永はい。いまやDXという言葉はどの企業も多く使われており、バズワード化してきています。一方で、私たちが事業を展開しているファクトリーオートメーション(FA)領域やヘルスケア領域は、DX化が遅れています。製造現場でDX化が進みづらかった理由は大きく3つあります。1つ目は、既存の設備をDX化するための手段が限られていること。2つ目は、手作業・マニュアル作業が多く、重要な情報がデジタルデータになっていないこと。3つ目は、製造現場ごとの個別最適が進んだ結果、生産計画などのITデータと現場の稼働状況を示すOT(制御技術)データが分断されていることです。情報があるにもかかわらず、それらを課題解決に生かせる形へと変換できていない。こうした構造課題は、約15年前に「インダストリー4.0※」で描かれたスマートファクトリーの構想が十分に進まなかった背景の一つです。
GEMBA DXとは、まさにこの課題に向き合うための取り組みです。ものづくり、ヘルスケア、社会インフラなど、私たちが様々な現場に実装してきたデバイスから得られる高品質データと、他の現場データを突合する。そこに、長年培ってきた現場の知見を掛け合わせてデータ自体を価値ある情報へ変換し、現場の課題解決に貢献するデータサービスを提供することをコンセプトとして掲げています。
※インダストリー4.0:ドイツ政府が2011年に提唱した製造業の革新政策。工場内のあらゆる機器をネットに繋ぐ「スマートファクトリー」により、生産性の極大化や多品種少量生産を実現する取組み。
松井そうしたGEMBA DXを進めるうえで、オムロン様ならではの強みはどこにあるのでしょうか。
辻永オムロンの強みは3つあります。1つ目は、世界中の現場でオムロンの制御機器やヘルスケア機器などのデバイスが広く使われていること。2つ目は、そうした現場と長年向き合う中で培ってきたデータやノウハウ。3つ目が、それらを突合し、価値ある情報へ変換する技術力です。
この3つがそろってはじめて、属人化してきたノウハウの継承や、判断のスピードと精度を高めるといった現場が本当に必要としている変化を実装できます。その積み重ねが事業の競争力強化につながっていくと考えています。
原点回帰と再構築の5年間
松井SF 2nd Stageは、GEMBA DX実現のためのどのような期間と位置付けていますか。
辻永現場にはすでに情報(データ)はありますが、重要なのは現場の課題解決につながる質のよいデータをいかに揃えるかということです。私たちが改めて確認したのは、「現場価値の起点はデバイスである」という点です。どれだけ高度な分析やサービスを構想しても、現場で取得するデータの質が伴わなければ意味がありません。強いデバイスなくして、質の良いデータも的確な課題解決も生まれません。
その意味で、SF 2nd Stageは拡張の期間ではなく「原点回帰」「再構築」の期間として捉えています。まずはデバイスの競争力を徹底的に強化し、世界中の現場における存在感をもう一段高める。そのうえで、そこから得られる高品質なデータを起点にGEMBA DXを加速させ、2030年以降は本格的にデータサービスを提供する企業へとトランスフォームさせていきます。
各事業における
GEMBA DXの現在地
松井各事業は現在どのようなフェーズにあるのでしょうか。
辻永GEMBA DXは、事業ごとにフェーズが異なります。FAを推進する制御機器事業(IAB)では、デバイス基盤の再構築と、データ活用の土台づくりを進めている段階です。ヘルスケア事業はすでにデータ活用モデルが動き始めています。社会システム事業も、エネルギーデータを活用した最適化モデルの共同開発プロジェクトに参画しており、各事業の成熟度に応じて段階的に展開しています。
松井実際にGEMBA DXによって現場のオペレーションや意思決定に変化が出ている象徴的な事例を教えてください。
辻永例えばFA領域では、世界有数のグローバルITサービス企業であるコグニザント社との提携を通じて様々なソリューションが生まれ始めています。製造現場では、消費者ニーズの多様化に伴い、多品種少量生産の流れが加速しています。品種を切り替えるときには「段取り替え」というライン停止時間が発生しますが、この価値を生まない時間をいかに少なくするかが生産性向上の重要な鍵となります。例えば、私たちが持つ豊富なIoTデバイスなどから取得した生産ラインの稼働状況に関するデータと、コグニザント社が得意とするIT領域の製品受注データなどを融合することで、柔軟な生産計画の変更や段取り替えの最適化が可能となります。こういった私たちのデータを活用したソリューションが、製造現場の省人化や生産性の向上といった課題の解決につながっています。
ヘルスケア領域では、家庭用血圧計などから得られる日々のバイタルデータと、医療統計データサービスを提供するJMDC(連結子会社)が保有する医療・健診データを統合し、疾患リスクの予兆を捉える取り組みが進んでいます。健康診断データだけでは「将来的なリスク」しか見えませんが、日々の血圧変動や生活データと組み合わせることで、例えば「2週間後にこの病気が発症します」といった近い将来に起こり得る変化を推定できるようになってきました。これにより、食事面などで行動変容を促す具体的なアドバイスが可能となり、予防医療という新たな価値創出につながりつつあります。
社会システム領域では、太陽光発電や蓄電池システムから得られる電力データを活用し、エネルギーの最適配分を実現する仕組みづくりが進んでいます。従来は家庭単位で完結していたエネルギー管理を、エリア単位で俯瞰し、余剰電力の最適活用や需要予測と連動させることで、より効率的なエネルギーマネジメントが可能になります。従来の機器提供やエンジニアリングに加え、データを基盤としたエネルギーソリューション創出に向けた取り組みを進めています。
エリアエネルギーマネジメントでつくる
カーボンニュートラルな暮らし
エネルギー事業では家庭用太陽光発電システム向けパワーコンディショナや蓄電池を提供。発電効率の最適化とエネルギー自給自足を支える
GEMBA DXを軸に
オムロンが目指すこと
松井SF 2nd Stageを通じて、オムロン様はどのような会社へ進化していくのでしょうか。
辻永オムロンでは「われわれの働きで われわれの生活を向上し よりよい社会をつくりましょう」という創業者が掲げた社憲の精神を受け継ぎ、社員が一丸となって企業理念の実践に取り組み続けています。その軸は今後も変わることはありません。一方で、よりよい社会をつくるために私たちが取り組む社会的課題は変わり続けていきます。時にはハードウェアを強化し、時にはデータビジネスに比重を置くこともありますが、変化が激しい時代において大切なのは、自らが先駆けとなり、よりよい社会の実現に挑むベンチャー精神を企業文化として育むことです。そうすることで、日本の製造業をより魅力ある産業として次世代に継承していきたいと考えています。





