1980年代に世界シェアの過半を握りながら、日本の半導体産業はなぜ「技術では負けていないのに稼げない」構造に陥ったのか。チップレットや生成AI対応の省電力半導体などの次の競争軸が見え始めた今、問われているのは技術開発の巧拙ではなく、それを収益に変える経営戦略の有無である。早稲田大学 大学院経営管理研究科 教授の長内 厚氏と、PwCコンサルティングの坂野孔一氏、吉本 晃氏が日本の半導体経営に欠けているピースを議論する。
今日、世界の半導体市場は、台湾や韓国、欧米の巨大プレーヤーたちに席巻され、1980年代に圧倒的なグローバルシェアを誇った日本の半導体メーカーの存在感は薄まっている。なぜ、このようになってしまったのか?
「技術に磨きをかけることに注力するあまり、市場を握り、利益を得るための戦略を打ち出すことが手薄になったのが根本的な原因です。『技術の知恵』はあれど、『ビジネスの知恵』が不足していました。対照的に台湾や韓国などの半導体メーカーは、明確かつシンプルな戦略をひたすら展開した結果、覇権を掌握できたのです」
そう語るのは、早稲田大学 大学院経営管理研究科 教授の長内 厚氏である。
早稲田大学
大学院経営管理研究科 教授
経済学博士
長内 厚 氏
1997年、京都大学経済学部経済学科卒業後、ソニー入社。ブラウン管テレビ事業部門の商品戦略スタッフ、商品企画業務に従事した後、同社の薄型テレビ事業立ち上げなどを担当。2007年に博士(経済学)取得後、研究者に転身。同年、神戸大学経済経営研究所准教授着任。2011年、早稲田大学商学学術院准教授。2016年より現職。
大手家電メーカーで薄型テレビの事業化などに携わり、半導体やテクノロジーの市場動向にも詳しい長内氏は、国内のみならず、世界中のプレーヤーたちの経営方針や姿勢を熟知している。
「ファウンドリー各社はテクノロジーの開発とコスト削減を明確な戦略として打ち出しています。戦略はシンプルであればあるほど徹底しやすい。それを愚直に展開することで、着実にシェアを拡大してきたのです」(長内氏)
どんなに技術が優れていても、それを収益力や市場でのプレゼンスに昇華できなければ、企業にとっては意味がない。
「技術をいかにマネタイズするか? という発想を持って戦う必要があります」と語るのは、PwCコンサルティングで半導体メーカーの戦略策定や実行などを支援する吉本 晃氏である。
「すでに巨大な市場を握っている台湾や韓国のメーカーと同じ土俵で戦っても、勝ち目はありません。大切なのは次のトレンドを素早くつかみ、今度こそ戦略をしっかり練り上げて戦うこと。『技術の知恵』だけでなく、『ビジネスの知恵』を掛け合わせて商機を切り開いていくのです」と吉本氏は提言する。
PwCコンサルティング
シニアマネージャー
吉本 晃 氏
では、次なる半導体のトレンドとは何か? 吉本氏が注目するのは、複数の半導体チップを組み合わせて、1つの大きなチップのように機能させる「チップレット」技術である。機能の異なる小型チップを集積し、1つのパッケージとして動作させることで、従来の微細化技術では限界に達しつつあるコスト抑制や歩留まり向上などの可能性が広がる。
長内氏も、いち早く「チップレット」の開発を進めることが、日本の半導体メーカーの復活につながる可能性は高いとみる。
「日本のメーカーは微細化では大きく後れを取ってしまいましたが、パッケージなどの後工程に関しては強い。この領域で勝ち筋を見いだせれば、今は前工程に強い海外メーカーの下請けとなっている日本メーカーが、逆に海外メーカーを使う立場になれるかもしれません。ただし、そのためには周到な戦略が必要です。繰り返しになりますが、技術を磨くことに集中しすぎると、結局、これまでと同じ轍を踏むことになりかねません」(長内氏)
一方で吉本氏は、「今後、日本の半導体メーカーが収益を上げていくためには、数(販売数量、販売金額)の拡大を追求することも必要です」と指摘する。
「従来の日本メーカーのスタンスは、いたずらに数を追わず、技術で差別化を図るというものでした。しかし、どんなに技術が良くても、売れないことには収益は上がりません。もちろん、コモディティー化した半導体を利益度外視で大量生産すれば、赤字がどんどん膨らんでしまいます。どの市場をターゲットに据えるのかを明確化し、損益分岐点を見極めた上で、数を追いかける戦略も採るべきではないでしょうか」(吉本氏)
ここでポイントとなるのが、「技術の知恵」と「戦略の知恵」の掛け合わせだ。
「スマートフォンに搭載されているカメラ用センサーのように、他に替えの利かない技術で開発された特定分野の半導体は、売り方次第で相当な数を販売できるはずです。どんな分野に売れるのか? どうすれば数量を増やせるのか?という販売戦略をしっかり練って、数を売っていくことも重要です」(長内氏)
赤字にならないように損益分岐点を下げるためには、価格決定力を持つことも求められる。
「ある台湾メーカーの関係者から、『なぜ日本のメーカーは、収益化のために必要な値上げを全くしないのか?』と聞かれたことがあります。値上げどころか、最初から将来の値下げを前提として価格を設定するメーカーも多いと聞いています。これも、作ることに集中するあまり売るための戦略が定まっていないことの例証ではないでしょうか」と長内氏は推測する。
また、価格だけでなく、需要の追い風を捉えることも鍵となる。とくに今後の半導体需要のトレンドを予測する上で、重要なポイントとなるのが生成AIの動向だ。長内氏は、「生成AIの普及によって、今後データセンターの半導体需要はどんどん拡大します。そこにどう食い込んでいけるかも、日本の半導体産業の今後の発展に大きく影響するでしょう」と指摘する。
生成AIに対応する高性能チップは消費電力が高く、それをいかに減らすかが大きな課題となっている。長内氏は、「日本では現在、光信号と電気信号を融合させて省エネ化を実現する光電融合技術の開発が進められています。そうした通信インフラの技術と半導体技術を組み合わせれば、世界中のデータセンターに売り込む戦略が描けるかもしれません。そのためには、通信会社と半導体メーカーが組んで世界標準を勝ち取ることが望ましいと言えます」と語る。
AIの普及で生まれた省電力ニーズに象徴されるように、半導体に求められる性能や用途は多様化している。そうしたトレンドの変化をいち早くつかみ、革新的で市場価値の高い半導体をつくるためには、イノベーションを生み出す力を高めることも重要である。
しかし、イノベーションを生み出すのは容易なことではなく、組織や環境の整備も必要不可欠だ。「多くの半導体メーカーの現場では、既存業務の効率化に追われ、革新的な製品の研究開発や製造のために時間を割けていないのが現実のようです」と語るのは、PwCコンサルティング 執行役員 パートナーの坂野孔一氏である。
PwCコンサルティング
執行役員 パートナー
坂野 孔一 氏
長内氏によると、坂野氏が指摘するような効率化とイノベーションのトレードオフは、経営学の研究でも確認されている。ハーバード・ビジネス・スクールのウィリアム・J・アバナシー教授が提唱した「生産性のジレンマ」だ。生産性や効率性を追求する製造現場ほど、新たな製品のアイデアは出にくく、反対に生産性や効率性が低い現場では新たな製品のアイデアが出やすいという矛盾である。
長内氏は、「このジレンマを解消するためには、一部の社員を既存業務から切り離してイノベーションに専念させるか、1人の社員の労働時間を分割して、イノベーションに専念させる時間を創るといった方法が考えられます。いずれにしても、既存業務とは完全に切り離された時間や空間を設けない限り、イノベーションは思うように生まれません。そうした人材配置や就業ルールの見直しも、日本の半導体メーカーが今後世界と戦っていく上で重要な戦略の一つだと言えます」と話す。
また、坂野氏は「社員の副業を認めることも、イノベーションを生み出す力を高めると思います」と指摘する。
「自社の利益にならないからという理由で、副業を禁止している企業も少なくありませんが、外に出て普段とは異なるいろいろな経験をする中から、革新的なアイデアが生まれたりするものです。同じ意味で、一度離職した元社員を再び雇用するアルムナイ採用にも、イノベーションを起こしやすくする効果が期待できると思います」(坂野氏)
日本の半導体メーカーが収益やマーケットシェアの拡大につなげるためには、「売るため」や「稼ぐため」の戦略をしっかり練り上げて実行できる人材を育成することが不可欠だ。
「人材育成に関して言えば、技術だけでなく、戦略の策定や実行ができる人材を1人でも多く育て上げることが求められています。人材には、技術を生み出す『価値創造系』と、その価値を収益化する『価値獲得系』の2種類がいます。これまで、日本の半導体メーカーは主に前者を育ててきましたが、後者もしっかり育て上げる必要があります。とくにプロジェクトリーダーや管理職クラスの人材は、両方の能力を兼ね備えさせるのが望ましいでしょう。理想的なのは、バックオフィス部門も含め、すべての社員が収益やビジネスチャンスについて考え、発言し、行動できる組織を創り上げることです」(長内氏)
技術力では依然として世界トップクラスにある日本の半導体産業に欠けていたのは、その技術を収益に変える戦略と、戦略を実行できる組織・人材だった。全社を挙げて「技術オリエンテッド」からいかに脱却できるかが、未来の「勝ち筋」を描くための第一歩と言えそうである。
「チップレットやデータセンター需要など、チャンスの窓は開いています。問われているのは、そこに向けて戦略を定め、全社で動けるかどうかです」(吉本氏)
「戦略を実行するのは人です。技術だけでなく、事業を構想し、収益を生み出せる人材を育てることが、日本の半導体産業の未来を決めると考えています」(坂野氏)