グローバルに事業を展開する企業グループにとって、グループ全体の持続的な価値創造を支える経営基盤として重要度が高まっているのがグループガバナンスだ。コーポレートガバナンス・コードの5年ぶりの改訂を控え、どのようにグループガバナンスやその推進力となる内部監査を強化・高度化すべきなのか。株式会社LIXIL(以下、LIXIL)のガバナンス強化事例とPwC Japan有限責任監査法人(以下、PwC Japan監査法人)の支援体制を通して探る。
近年はコンプライアンスの遵守のみならず、企業の透明性を確保し、社会的信用を維持するためのコーポレートガバナンスの強化が不可欠となっている。多角的な事業を展開するグローバル企業グループの場合、その重要性はさらに強まる。
PwC Japan監査法人で製造インダストリーリーダーを務める田中洋範氏は、現在の潮流としてグローバルなグループガバナンスの重要性が高まっている背景を次のように説明する。
「事業の多角化やグローバル展開によるビジネスの複雑化に加え、地政学的な問題やサプライチェーンの分断、各国の経済安全保障政策の強化などにより、親会社が各リージョンの全体像を把握しきれず、統制が困難になるリスクが高まっています。グループガバナンスは今日、単なる“管理・統制”の枠組みにとどまらず、企業グループ全体の持続的な価値創造を支える経営基盤として、その重要性がこれまでにないほど増しています」
PwC Japan有限責任監査法人
上席執行役員/パートナー
製造インダストリーリーダー
ガバナンス・リスク・コンプライアンス・
アドバイザリー部
公認内部監査人(CIA)
田中 洋範 氏
実効的なコーポレートガバナンスの実現に資する主要な原則を取りまとめたコーポレートガバナンス・コード(以下、CGコード)の改訂は、グループガバナンス高度化の契機になっていると指摘するのは、PwC Japan監査法人 ガバナンス・リスク・コンプライアンス・アドバイザリー部の福崎紗甫里氏だ。
「CGコードは、2015年の公表以降、2018年と2021年に段階的な改訂が行われ、今年2026年には5年ぶりの改訂が予定されています。多くの日系企業は経営環境の変化やこれらの改訂を契機として、グループガバナンスの重要性を認識し、体制整備に着手してきました」
PwC Japan有限責任監査法人
ガバナンス・リスク・コンプライアンス・
アドバイザリー部
公認内部監査人(CIA)
福崎 紗甫里 氏
田中氏は「一方で、グループガバナンスの重要性を理解しながら、社内外のステークホルダーと“あるべき姿”の認識合わせをした上でロードマップを描き進めている会社は多くありません」と指摘する。
「とくに重要なのは、CGコードが示す基本原則を踏まえた上で、自社のグループ特性に応じたガバナンス体制を設計することだと考えます。すべての企業に共通する“正解”が存在しないことから、まず自社の現状を正確に把握し、課題を明確にした上で、グループ会社を一律に管理するのではなく、期待値や経営の成熟度に応じて経営の裁量を調整し、自主的な成長を促す仕掛けとしてグループガバナンスを設計する。CGコードの基本原則が示す“方向性の提示”と“リスクテイクを支える環境整備”を、グループの多様性を踏まえてカスタマイズしていくことが重要です」(田中氏)
世界150カ国以上で事業を展開するLIXILも、グローバルガバナンスの強化に取り組んでいる企業グループの一つだ。同社 Corporate Audit統括部長の岩田敏宏氏は、田中氏と福崎氏の現状分析に同意した上で、グループガバナンスのパラダイムシフトについてこのように述べる。
「リスクの複雑化やCGコードの改訂を機に、単なる“守りの統制”から持続的な“価値創造の基盤”へとシフトしていると感じます。その上で機能すべきガバナンスの姿には3つの要素があると考えています。すなわち、パーパスのグループ内での共有・周知、各リージョンの成熟度に応じた大胆な権限委譲、そして内部監査によるガバナンスの実効性の担保です」
株式会社LIXIL
Corporate Audit統括部
統括部リーダー/統括部長
公認不正検査士(CFE)
岩田 敏宏 氏
岩田氏は機能すべきガバナンスの姿を登山隊に例える。頂上(パーパス)を目指すアタック隊(各リージョン)を、登山ガイドのシェルパ(内部監査)が支援するという図式だ。
岩田氏が率いるCorporate Audit統括部は、シェルパとしてアタック隊を安全な道へと導く役割を担っており、社会の変化に応じてアップデートを行うことが重要との考えから2つの施策に挑戦している。
「1つ目は監査部門内へのIT部署の創設です。当社には全社組織としてのデジタル部門がありますが、グループガバナンスを高度化する上で、膨大なデータを的確に分析できる監査DXを推進することは必須でした。
2つ目は内部監査に特化した職種別の新卒採用です。若い世代のアジャイルな感性を取り入れ、現場の血の通ったビジネス感覚とデジタルの知見を融合させる狙いがあります。学生も自らのマーケットバリューになると考えているようで、日本の事業会社としては稀有な取り組みながら多くの募集が来ています」(岩田氏)
岩田氏のコメントからは、LIXILのグローバルガバナンス高度化において内部監査が大きな役割を担っていることがうかがえる。また、実際の内部監査体制のポイントが2つあると岩田氏は説明する。
「1つ目は、グローバルなリスク情報を一元管理できるワンチーム体制であることです。各リージョンの自律的な活動は守りながら、グループガバナンスに即したグリップを行い、“統制”と“自律”のバランスを取っています。
2つ目は、監査委員会への直接的なレポーティングライン(または緊密な連携体制)の構築です。監査委員会は、執行役会や外部監査人とも連携しています。私たちCorporate Audit統括部も監査委員会の定例会議に出席し、現場をサポートするシェルパ部隊として緊密な連携を図っています」(岩田氏)
LIXILの取り組みは、内部監査がグループガバナンス強化を後押ししている成功事例だと言えよう。PwC Japan監査法人の福崎氏は次のように分析する。
「登山隊の例えから分かるように、目指すべき山頂が明確に示され、各リージョンの役割や権限の配分がはっきりしており、内部監査部門はシェルパとして機能しています。グループガバナンスの向上において汎用的な“正解”は存在しませんが、LIXIL様のように内部監査を通じてグループ内のリスクを正確に把握し、“統制”と“自律”のバランスを取りながら、ガバナンス機関と緊密に連携し、さらに各リージョンの成熟度に応じてその体制を設計している点は、多くの企業にとって示唆に富むものと考えられます」(福崎氏)
PwC Japan監査法人がグループガバナンスで提供する支援も、このような考えをベースとした包括的なものとなっているという。
「岩田様のお話にもあった通り、グループガバナンス強化には、本社の“統制”と各リージョンや子会社の“自律”のバランスをいかに保つかが重要です。これらの論点は、企業規模や業種を問わず、グローバルに事業を展開する多くの企業が共通して直面する課題でもあります。そこで私たちは、グループ各社の経営層や各部門のキーパーソンとの議論を重ね、現状と理想の間にあるギャップを整理し、社内外のステークホルダー間で共通認識を持った上で、ガバナンス高度化に向けたロードマップを策定するところから支援を開始しています。
また、グループガバナンスと同様に、内部監査部門の高度化という観点においても汎用的な正解は存在しません。各リージョンや事業部などの第一線、リスク管理部門である第二線等の状況を踏まえた上で、経営層が内部監査に何を期待するかを協議し、検討することが重要です。さらに、生成AIのような最新テクノロジーを活用し効率化を図ることで、よりリスクベースで経営に資する内部監査へのリソース配分を可能にしています。内部統制報告書で必要となるJ-SOX(内部統制報告制度)評価においても、生成AIを活用した独自の効率的な評価ツールを活用しており、クライアント支援に役立てています。グループガバナンスの高度化を検討する企業の多くは、いきなり施策やツールの議論に入るのではなく、まずグループとしての現状と目指す姿を整理することが出発点となります」(田中氏)
PwC Japan監査法人の強みとして、加えて福崎氏が挙げたのは、世界の主要国・地域に拠点を持ち、各国・地域の法規制や文化に精通したスタッフを多く有していることだ。
「私たちのチームにもマルチリンガルのメンバーが多数在籍していますし、年間150件以上の海外往査を行っています。業界、地域、テーマ、様々な切り口で蓄積した豊富なナレッジを活用して、グローバル企業が直面する多様な課題に対して、現地事情も踏まえた実践的なガバナンス体制の構築支援が可能です」(福崎氏)
岩田氏は、PwC Japan監査法人の支援をこう評価する。
「経営陣と向き合い、前例のないリスクに向き合う監査部門は、時に孤独な決断を迫られます。だからこそ、PwCのようなプロフェッショナル・ファームには、単なる“ツールの提供者”を超えた、“同じ頂を目指す、もう1人の経験豊かなシェルパ(伴走者)”の役割への高い期待があります。PwCの持つグローバルなマクロ視点や最新テクノロジーの知見は不可欠ですが、それ以上に私が心強いと感じるのは、社内のしがらみや『これまでこうだった』という慣習に一切染まらない、フラットな視点からの“率直な提言”です。立ち止まって『本当にこのルートで経営に資するのか』を共に議論し、時には耳の痛い意見を提示しながら背中を押してくれる。そうした姿勢に、真の伴走者として心強く感じています」(岩田氏)
LIXILの岩田氏は、同社の取り組みをまだまだ途上とした上で、今後の展望についてこう語る。
「当社も含め、企業はどうしても最新ツールを導入しただけで変革した気になりがちですが、より重要なのはツールや制度を的確に使いこなせる“人”と“多様性”の確保だと私は思います。当社でもAIによる予測分析や品質標準化に挑戦していますが、最終的な判断を支えるのはやはり“人間力”や“共感力”です。内部監査部門もそうした視点に立ち、今後もデジタル活用を強化しつつ、またPwC Japan監査法人のようなプロフェッショナルの知見も取り入れながら、ガバナンス面でグループの成長や変革を支えていきたいと考えています」(岩田氏)
これを受けて田中氏は、「AI時代だからこそ“人間力”や“共感力”が必要なのだと私たちも再認識しました」と応じた上で、「汎用的な正解が存在しないからこそ、様々な視点や切り口で現状を分析し、ステークホルダーとの議論を通して、各企業の歴史、内情まで理解した上で、他社での成功事例、失敗事例を踏まえながらどのような道筋でグループガバナンス向上という頂を目指すべきか検討する必要があります。取り組みの中で悩まれている企業様には、私たちのような外部の専門家を、フラットな目線で背中を押す伴走者としてご活用いただければと思います」と続けた。
「お客様と私たちは突き詰めれば“人と人”です。今後も私たちは、知見を踏まえたアドバイザリーだけでなく、時に泥臭い議論をしながら正解のない山道を乗り越えるためのシェルパとして伴走する役割を果たしていければと思います」(福崎氏)