井上 史大 氏 吉本 晃 氏 坂野 孔一 氏

半導体研究は、なぜ日本で“量産”にたどり着かないのか “作り手”と“使い手”をつなぐ、日本型オープンイノベーションの設計思想

研究機関は“場”を提供し、何をやるかは産業界のプレーヤー自身が決める――。海外で長く半導体研究に携わった経験を持つ横浜国立大学 教授の井上史大氏は、欧米型のオープンイノベーションと日本型との違いをこう語る。一方の日本では、優れた技術も特許も、量産の手前で「死の谷」に消えていく。なぜ欧米や台湾は越えられて、日本は越えられないのか。半導体の社会実装を阻む構造的な壁とその突破口を、井上氏と、PwCコンサルティング 執行役員 パートナーの坂野孔一氏、同社シニアマネージャーの吉本 晃氏が語り合った。

世界に誇る技術が、
なぜ社会に届かないのか

どんなに優れた技術を生み出しても、活用されないことには意味がない。当たり前の話だが、日本の半導体研究では、そんなジレンマを抱える事例が枚挙にいとまがないようだ。

翻って欧米や台湾などの動きを見ると、アカデミアや民間企業が生み出した革新的な半導体技術が、社会や産業に広く受け入れられ、急速に普及するケースが多いように見受けられる。なぜ日本の半導体産業は、同じような道をたどることができないのだろうか。

「“作り手”である研究機関や半導体メーカーと、“使い手”である社会や産業が一体となった研究開発が進んでいないことが、根本的な問題であると考えられます。あらゆる参加者を巻き込んだ広範なエコシステムを形成し、社会や産業の課題を起点とした半導体研究を行うことが、課題解決のための第一歩だと考えます」

このように語るのは、横浜国立大学 半導体・量子集積エレクトロニクス研究センターの副センター長 教授の井上史大氏である。

井上 史大 氏

横浜国立大学
半導体・量子集積エレクトロニクス研究センター
副センター長
教授 博士(工学)

井上 史大

横浜国立大学 総合学術高等研究院 半導体・量子集積エレクトロニクス研究センター 副センター長・教授。2025年3月よりLSTC 3Dパッケージング部門 副部門長も務める。2013年に関西大学にて博士号を取得。2011年から2021年までベルギーimecにて3Dパッケージング技術の研究開発に従事した後、2021年に横浜国立大学に着任。2024年4月より同大学 半導体・量子集積エレクトロニクス研究センター 副センター長。2026年4月より同大学教授。

「必要は発明の母」と言われるように、今日社会実装されている技術の多くは、それを求める人々がいたからこそ生まれたものだ。あるいは、企業などが潜在的な市場ニーズを掘り起こし、それを満たすために「ないものを創り上げる」という流れもある。

「日本の半導体研究開発の成果には、世界に誇れるものがたくさんあります。それが社会実装に結びつかないのは、技術にフォーカスしすぎて、ニーズを捉え切れていないからではないでしょうか」と語るのは、PwCコンサルティングのシニアマネージャーで半導体メーカーの戦略策定や実行などを支援する吉本 晃氏だ。

吉本 晃 氏

PwCコンサルティング
シニアマネージャー

吉本 晃

一方、「『どんな用途で売り込むのか』という戦略や、開発から実装までのロードマップが明確に描き切れない状態で、やみくもに新しい技術を開発しても社会には受容されないでしょう。井上先生が指摘されるように、“作り手”と“使い手”を巻き込んだ広範なエコシステムを形成し、大きな戦略やロードマップを描きながら研究開発を進めることが求められています」と提言するのは、PwCコンサルティング 執行役員 パートナーの坂野孔一氏である。

坂野 孔一 氏

PwCコンサルティング
執行役員 パートナー

坂野 孔一

では、そうしたエコシステムはどのように形成すればいいのか。ヒントとなるのが、海外で先行する半導体R&D(研究開発)モデルだ。

基礎研究と量産の間に横たわる
「死の谷」をどう乗り越えるか

海外に目を向けると、半導体メーカー、装置・材料メーカー、アカデミアなどの多様なプレーヤーが参画するコンソーシアム型・エコシステム型のR&D拠点が、欧州や米国、台湾などで早くから発展してきた。

「半導体メーカーにはそれぞれの専門や得意領域があり、国・地域や企業ごとにも強みが異なりますが、それぞれの強みを持ち寄り、オープンイノベーションの概念の下で新しい半導体の研究開発を行ってきました。オープンイノベーションという言葉が一般化する以前から、こうした取り組みが進められてきた点は注目に値します」(井上氏)

「人材面では半導体を研究開発するエンジニアだけでなく、市場ニーズを掘り起こすマーケターや、社会実装に至るロードマップを描くストラテジストなども参画し、ビジネスデベロップメントに直結する研究開発が行われていると聞いています」(坂野氏)

こうしたエコシステム型R&D拠点に共通する特徴として、井上氏はプロジェクトの選定や実行をエコシステム自身が主体的に行っている点を挙げる。

「あくまでも“場”を提供する立場に徹し、何をやるのかは参加する半導体メーカーや産業界のプレーヤーたちが協議して決める。運営側が直接関与しないからこそ、社会や産業のニーズにかなった半導体づくりを実現できるのです」(井上氏)

エコシステムに参加することは、プレーヤー同士の相互啓発にもつながる。「エンジニアにとっても、いい刺激になるのではないでしょうか」と吉本氏は評価する。

「マーケターやビジネスデベロッパー、ストラテジストといった、社会や産業に近い参加者と直接コミュニケーションが取れれば、どうすれば意義のある技術を開発できるのかという発想が生まれるはずです。エンジニアとしてのこだわりを維持しつつ、社会や産業に役立つ半導体づくりができるようになるわけです。私たちPwCコンサルティングも、半導体の出口としての産業・市場を見ながら、企業や大学の研究を支援することが増えています」(吉本氏)

こうした拠点では参加者が定期的に集まり、各プロジェクトの進捗共有や成果報告を行う場が設けられているという。

「報告された内容を基に、今後どんなプロジェクトを進めていくのかという方向性も参加者全員で議論して決めていきます。参加者主体で合意形成が図られていくのが特徴です」と井上氏は説明する。

拠点側は研究開発や評価のための共通インフラと議論の場を提供する役割に徹し、その成果をどのように事業化するかは参加者に委ねられているのだ。

「参加者が生み出した研究成果を中立的に評価するところまでが、拠点側の役割です。その成果を基に半導体を量産するかどうかという最終決定は、それぞれのプレーヤーが下すことになります」(井上氏)

いわば、半導体の「基礎研究」と「量産」の間を埋める存在というわけだ。

「基礎研究と量産の間には大きな谷があると言われ、多くの研究成果はそこを乗り越えられないので『死の谷』と呼ばれますが、海外のエコシステム型拠点はその架け橋のような役割を果たしているのです。残念ながら、日本にはこうした橋渡し役を担う仕組みが十分にありません。それが、研究成果が社会実装につながりにくい原因の一つだと考えられます」と井上氏は分析する。

「私たちは、半導体業界出身者の目線と、様々な業界のクライアントの課題解決をサポートしてきた目線を併せ持っています。とりわけ日本では、海外との異業種連携の事例はまだ稀ですが、PwCのグローバルネットワークを活用することで、日本国内に閉じない量産の出口探索まで支援が可能です」(吉本氏)

“作り手”と“使い手”を翻訳する――
PwCが担う橋渡しの役割

では、日本ではなぜ、半導体技術の社会実装を促すオープンイノベーションの場が生まれないのか。その原因について、「日本は技術開発力が強いゆえに、どうしてもそこに目が行ってしまう傾向が強いからではないでしょうか」と坂野氏は指摘する。

「私たちは、日本の半導体メーカーの戦略策定や実行を支援していますが、どのクライアントも技術の優位性を追求することには積極的に取り組んでいる半面、その技術を生かせる市場がどれだけあって、どのくらいの量産が見込めるのかというビジネス的な視点を持ちづらい課題があります。半導体の“使い手”である産業や市場とのコミュニケーションがもっと密になれば、社会実装につながる半導体の開発が進むと思うのですが、残念ながらあまり活発な交流は見られません」(坂野氏)

一方、井上氏は「そうした傾向が強いのは、ある意味、やむを得ない側面もあります」と話す。

「少し前まで、日本の半導体メーカーには、自社の技術を守るため情報を外に出さない風潮がありました。かつてに比べればオープンイノベーションを志向する傾向は強まりつつありますが、それでも欧米に比べると、まだためらいがあるように感じられます。国やアカデミア、コンサルティングファームなどの中間的な役割が“作り手”と“使い手”の橋渡し役になり、オープンイノベーションを促していくことが求められるのではないでしょうか」(井上氏)

井上氏が副センター長を務める横浜国立大学の半導体・量子集積エレクトロニクス研究センターは、そうした橋渡し役の一つとして機能している。同センターの特徴は、経営学の教授がセンター長を務めるなど、「文理融合型」の研究開発機関を志向していることだ。

「ニーズ起点の半導体開発に向けたオープンイノベーションの有効性を実証する場として機能しており、半導体メーカーだけでなく、デベロッパーや地方自治体、金融機関など、産業の垣根を越えて様々な企業や団体が参加しています。経営学を学んだ学生が半導体について学ぶこともでき、学際的な人材育成にも貢献しています」(井上氏)

吉本氏は、自社の役割をこう語る。

「横浜国立大学のような取り組みが広がれば、日本の半導体領域におけるオープンイノベーションは加速し、研究開発から量産、社会実装へのつながりも太くなっていくはずです。PwCコンサルティングは、各業界との太いパイプに加え、半導体前工程・後工程・装置・素材の事業会社出身者、さらには地政学研究者までそろえる半導体チームを擁しています。これらの知見同士を結び合わせ、実行に落とし込む“場”を提供することで、日本の半導体研究開発が『死の谷』を越える橋渡し役を担っていきたいと考えています」

最後に、坂野氏は読者にこう問いかけた。

「私たちはグローバルネットワークを通じて世界中の半導体エコシステムを観察してきた立場から、業界全体に通じる原理を提示し続けたい。『自社の半導体研究は、技術と市場のどちらを起点に組み立てられているか』『“作り手”と“使い手”を翻訳する役割を、自社の中に、あるいは外に持っているか』。半導体メーカー各社がこうした問いかけをしていくことから、日本の半導体産業の次の景色が開けていくはずです」

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