左から松井亮介氏、真柴一裕氏、田崎雅崇氏、礒田優氏

アイザワ証券がPwCと共に挑んだ「ビジネスモデルの再発明」とは

既存事業の価値を見直し、変革の起点に

外部環境の変化に対応するためのビジネスモデル変革は、今やすべての企業にとっての経営課題と言っても過言ではない。100年超の歴史を持つアイザワ証券も、既存のビジネスモデルの見直しをPwCコンサルティングと共に進めてきた。その結果、新たな価値提供の仕組みが浸透し始めていることに手応えを感じているという。既存事業の強みを軸としたPwCコンサルティングの変革支援スキーム“Reinvention”がアイザワ証券にもたらしたインパクトに迫る。

外部環境の変化に伴い、売買手数料中心のビジネスモデルは限界に直面

真柴一裕氏

アイザワ証券 取締役 常務執行役員

真柴 一裕

地域密着型の中堅証券会社であるアイザワ証券は、対面営業を通じて築いた強固な顧客基盤を強みに、売買手数料を軸とするビジネスモデルで成長を遂げてきた。その一方で、近年は新NISAの普及を契機に長期・低コスト型の資産運用が広がり、若い世代ではネット投資が主流となる中、これまでの対面営業だけで顧客層を拡大していくことは難しくなっている。従来型のビジネスモデルは、成長の転換点を迎えつつあった。

アイザワ証券 取締役 常務執行役員の真柴一裕氏は「相場環境によって収益が左右されやすく、安定した収益基盤の構築が長年の課題でした。また顧客層の中心が高齢者であることから、将来を見据えて新たな世代との接点を広げていく必要性もありました」と当時を振り返る。

また、現場の支援を最前線で担ってきた同社 事業推進部長の松井亮介氏も、「若い世代ではネット投資が主流となる中、従来通りの対面営業だけで顧客層を拡大することは難しいと感じていました」と、新たな打ち手の必要性を認識していた。

こうした課題は、アイザワ証券に限ったものではない。PwCコンサルティング 執行役員 パートナーの田崎雅崇氏は、多くの準大手・中堅証券会社が同様の構造的課題に直面していると指摘する。

田崎雅崇氏

PwCコンサルティング 執行役員 パートナー

田崎 雅崇

「対面証券業界全体では、大手証券とネット証券への二極化が加速しています。大手証券は富裕層・超富裕層へのサービスを一段と強化するとともに、既存顧客の親族や勤務先への展開を積極化しています。一方、ネット証券も銀行など金融機関との連携を通じて顧客接点を拡大しており、市場全体の競争環境は大きく変化しています。準大手・中堅証券会社は、中長期的な成長や収益の持続性を確保しにくい状況に置かれています」(田崎氏)

このような環境変化の中では、個別施策を積み重ねるだけでは抜本的な解決にはつながりにくいと、田崎氏は続ける。

「アイザワ証券のように、収益構造、顧客構造、そして競争環境が同時に変化している局面では、ビジネスモデルそのものの見直しが効果的です。しかし、ゼロから全く新しいビジネスモデルを創出することは容易ではありません。幸いアイザワ証券には、地域に根差した対面営業によって築いた厚い顧客基盤がありました。この強みを生かせば、競合がまだリーチできていない準富裕層から富裕層に対し、長期的に伴走できる独自のポジションを確立できると考えました」(田崎氏)

「対面営業」の価値を改めて見直し、新たな時代を生き抜く強みへ

アイザワ証券が目指したのは、株式や投資信託の売買手数料を主な収益源とする従来型のビジネスモデルから、顧客一人ひとりのライフプランに寄り添い、預り資産の拡大を通じて残高連動型の安定収益を生み出すビジネスモデルへの転換だった。その変革の中核に据えたのがゴールベースアプローチ(GBA)であったと、真柴氏は説明する。

「GBAとは、商品ありきではなく『お客様が本当に実現したいことは何か』という視点で価値提供を設計する手法です。このGBAと対面営業の強みを掛け合わせることで、お客様とそのご家族の人生に長く寄り添い、資産形成から資産承継まで継続的に支えていく“伴走者”としての関係性を築きたいと考えました」(真柴氏)

もっとも、新たなビジネスモデルを実現するためには、営業現場の変革が不可欠だった。現場の支援を最前線で担ってきた事業推進部長の松井亮介氏は、従来の営業スタイルである「相場変動をきっかけに顧客へアプローチし、商品の売買を提案する」という手法を見直す必要性を感じていた。

松井亮介氏

アイザワ証券 事業推進部長

松井 亮介

「これまでは個別商品の提案を中心とした営業活動だったため、FA(ファイナンシャル・アドバイザー)の会話は『今、何を買うべきか』に偏りがちでした。お客様の資産全体をどのように守り育てるか、将来のライフプランをどう実現するかといった本質的なテーマには十分向き合えていなかったと思います。今後はご家族の状況や大切にされている価値観を丁寧に伺い、お客様と共に資産運用のゴールを設定した上で、その実現に向けた最適なプランニングを提案する営業に転換する必要があると感じました」(松井氏)

実際にGBAを組織に定着させるためには、営業現場だけでなく、組織体制や評価制度まで一体的に改革を進める取り組みが必要だと、田崎氏は語る。

「ビジネスモデルをフロー型からストック型へ転換するためには、単に収益の上げ方を変えるだけでは不十分です。顧客に提供する価値そのものを再定義し、それに合わせて顧客接点や営業プロセスを見直すという作業が必要になります」(田崎氏)

その点、アイザワ証券においては、同社の強みである「対面営業」の価値を根本から捉え直したことが、変革の結節点となった。

「今回私たちは、対面営業を『商品を販売するためのチャネル』としてではなく、『顧客とその家族の人生に寄り添い、長期的な価値を提供する機能』として再定義しました。この考え方を軸に据えたことで、営業プロセスや評価制度、人材育成などの多岐にわたる施策を一貫した方向性のもとで設計・運用することができました」(田崎氏)

変革を構想だけでは終わらせない。ワンストップの支援で実行性を担保

今回のプロジェクトでは、中期経営計画の策定から、目指すべきビジネスモデルの定義、ロードマップの策定、業務や組織体制の見直し、業績評価制度の設計に至るまで、PwCコンサルティングが一貫して支援を行った。プロジェクト推進を担当したPwCコンサルティング シニアマネージャーの礒田優氏は、支援内容を次のように振り返る。

「業務面ではGBAを単なるスローガンで終わらせないために、FAが顧客にどのようなプロセスで価値を提供するのかを整理し、実践しやすいヒアリング項目に落とし込みました。組織面ではGBAを全社的に推進するためのマネジメント体制を整備し、制度面ではFAによる顧客起点の活動が適切に評価されるよう、業績評価項目や評価プロセスの設計まで支援しました」(礒田氏)

礒田氏は、構想を実行可能な計画にする上でとくに意識した点が3つあった、と話す。

礒田優氏

PwCコンサルティング シニアマネージャー

礒田 優

「1つ目は、現場の実態を正確に把握した上での、実行性の担保です。試行フェーズでは現場のFAやマネジメント層へのインタビューを通じて課題や障壁を可視化し、実行を担うメンバーと共に、改善方針を設計しました。その後、半期ごとに実践と振り返りを繰り返し、現場に定着する形へ磨き上げていきました。

2つ目は、経営と現場の目線合わせです。経営層との定期的な対話を通じて、各施策が当初定めた変革の方向性から外れないよう認識を共有してきました。短期的な業績目標に対するプレッシャーが強い環境下では、取り組みの内容が目先の改善に偏りやすくなるため、第三者として目指すべき姿を示し続けることが大切だと考えました。

そして3つ目は、半期ごとの振り返りと軌道修正のサイクルの定着です。当初の設計に固執せず、データや現場の声を踏まえて改善を重ねる仕組みを、アイザワ証券の組織能力として残すことを意識しました」(礒田氏)

実際にプロジェクトを進める中で、松井氏も「業務・組織・評価」を一体で変えることの重要性を強く実感したという。

「FAから『GBAの考え方は理解できても、お客様に何を聞けばよいか分からない』という声があったため、理念を現場で実践できる形に具体化する必要がありました。また試行店の結果を見て、マネジメント層の関与度合いが施策の定着度に大きく影響することも分かったので、マネジメント層にもGBAの意義を共有し、現場を後押しする役割を明確にしました」(松井氏)

現場における行動変容を定着させるため、評価制度も見直した。「お客様本位のビジネス実践」という定性項目を新設し、複数のマネジメント層が評価に関わる仕組みを整備することで、納得感のある評価と継続的な実践を支える体制を構築した。

こうした変革が着々と進んでいったのは、「トップマネジメント自らがプロジェクトをリードし、経営と現場の距離が近い中で柔軟に変革を進められたことが大きい」と田崎氏は指摘する。

経営と現場の距離感を近づけた取り組みの一つは、社長と支店メンバーが円座になり1~2時間かけて経営方針について語り合う「タウンホールミーティング」という施策だ。経営からの一方的な語りかけではなく、双方向的に意見を交わせる場の存在が、変革の意図を組織全体に浸透させることにつながったのは確かだと、真柴氏はうなずく。

「経営や地域のブロック長が地道に現場を回り、対話を通じてGBAの意義を共有したことで、現場も『やらされる』のではなく『自分ごと』として変革を受け止められたのだと思います。この変革を行うために、専任のGBA推進担当の執行役員を設置しました。GBAとしての行動ができているか、そのプロセスまで一件一件確認し、GBAの実践そのものが評価に反映されるようにしたことで、本気で変革を進める姿勢を示すこともできました」(真柴氏)

プロジェクト開始から2年。試行を通じた手応えの先に見えてきた新たな課題

2025年4月から2028年3月までの中期経営計画策定と並行して進められてきた本プロジェクトは、開始から2年余りを経た現在、アイザワ証券に確かな変化をもたらしている。

真柴氏は「GBAの概念が正確に理解されるとともに、ビジネスモデル変革に関わる重要なテーマだという理解が浸透してきました。また、お客様の人生のゴールや資産全体に寄り添うことが、今後の対面証券の価値になるという認識も広がっています」と語る。

松井氏も「お客様との会話の入り口が商品ではなく、お客様やご家族の人生のゴールに変わってきました。以前までFAがヒアリングしたゴールは『教育資金』『老後資金』といった抽象的な内容が多かったのですが、最近は『孫に〇〇を贈りたい』『〇〇への海外旅行を実現したい』といった具体的で多様な内容が記載されるようになり、ヒアリングの質も向上しています」と手応えを感じている。

その一方で、GBAの定着と収益目標の両立など、実行フェーズならではの新たな課題も見えてきた。真柴氏は「GBAは概念を理解すればすぐに現場で実践できるわけではありません。限られた経営資源の中でFAをどのように育成していくかが問われています」と語る。

松井氏も実務を担う立場から、「今後はFAに必要なスキルセットを明確にし、研修や育成施策を通じて段階的に磨いていける仕組みを整えなければなりません」と、FA一人ひとりの成長支援に注力する必要性を強く認識している。

実行フェーズにおける課題は残るものの、アイザワ証券は変革への第一歩を踏み出した。同社の取り組みは、PwCがグローバルで推進する“Reinvention”(=再発明)、すなわち既存事業の前提を見直しながら自社の強みを新たな競争力へと転換する変革の象徴的な事例になったと、田崎氏は語る。

「単なる業務改善や部分最適ではなく、収益構造そのものを見直し、営業の役割や組織運営まで含めて再設計した点には大きな意義があります。同様の課題を抱える準大手・中堅証券会社にとっても、アイザワ証券の取り組みは多くの示唆を持つはずです」(田崎氏)

自社の強みを徹底的に考え抜く力が、変化の時代を生き抜く競争力の源泉になる

アイザワ証券の事例から見えてくる「ビジネスモデル変革を成功に導くためのポイント」を、田崎氏は2つ挙げた。

「1つ目は、トップマネジメントの継続的なコミットです。スローガンを掲げるだけでなく、トップが自ら現場に足を運び、変革の意義を繰り返し語り続けることで、取り組みは組織に根付いていきます。2つ目は、変革を営業現場だけの課題にしないことです。評価制度や業績管理が従来のままであれば、行動はいずれ元に戻ってしまいます。制度や運営、現場の理解を一体的に変えるとともに、試行錯誤を繰り返しながら定着を図ることが重要です」(田崎氏)

では、自社でも変革を進めたいと考えている企業は、まず何から着手すべきなのだろうか。

田崎氏は「自社は誰にどのような価値を提供し、その価値をどのような顧客接点や収益構造、実行体制によって支えているのかを改めて問い直すことが出発点になります」とした上で、PwCコンサルティングのような外部支援者が変革に伴走する意義について、次のように語った。

「もちろん、自社の事業を最も理解しているのはその企業自身ですが、自らの強みを客観的に理解することはなかなか難しいものです。多様な企業の変革を支援してきた私たちが第三者の立場から関わることで、新たな視点や選択肢を提示できると考えています」(田崎氏)

礒田氏もまた、変革を進める上では、自社の強みを改めて見つめ直すことが重要だと述べる。

「アイザワ証券が商品ありきではなく、顧客に寄り添う価値提供へとかじを切ることができたのは、対面営業という自社の強みを起点に変革を設計したからこそです。ビジネスモデル変革というと新規事業や事業ポートフォリオの見直しを思い浮かべる方も多いですが、既存事業の強みを改めて見つめ直すことでより実現性の高い変革につなげることができます」(礒田氏)

まずは、自社の事業の成り立ちそのものを見直す。そして価値提供、収益構造、顧客接点、実行体制を一体で捉え直し、事業の前提から再設計を行う。こうした複雑なプロセスにおいて、構想から実行まで一貫して支援が受けられる“Reinvention”は、多くの企業にとって有力な選択肢となるだろう。

ビジネスモデル変革は、一部の企業だけが実現できる特別な取り組みではない。自社の強みとは一体何か──。それを徹底的に考え抜く力こそが、新たな時代を生き抜く競争力の源泉になることを、アイザワ証券の事例が物語っている。