シリコン系太陽電池が抱える「設置」と「供給」の限界
――シリコン系太陽電池の課題をどう捉えていますか。
シリコン系太陽電池の技術は素晴らしく、20年以上発電し続ける耐久性は世の中に大きく貢献しています。ただ、脱炭素社会をさらに推進するには、シリコン系太陽電池だけでは担えない部分があります。
最大の課題は重さです。重量物になるため、設置できる場所が限られます。また、太陽光を効率よく受ける角度で設置する必要があり、基本的には屋根や平地などに限定されます。山地が約7割を占める日本では設置スペースが限られますし、豪雪地帯では雪で発電できなくなるため、普及は限定的です。
もう一つの課題は地政学リスクです。シリコン材料の生産や太陽電池の出荷量は中国が8割以上を占めると言われています。コアとなる素材や重要な技術が一国に依存している状態は、将来的に大きなリスクとなりえます。
軽く、曲がり、壁でも発電するペロブスカイト太陽電池の強み
――リコーはこれまでシリコンに代わる材料で、なかでも有機系と呼ばれる新たな太陽電池を開発してきました。その中でも、近年力を入れているのがペロブスカイト太陽電池です。どのような特性がありますか。
最大の特徴は軽量性です。発電層が1ミクロン以下と非常に薄く、シリコン系太陽電池と同等レベルの発電効率を軽量な状態で実現できます。また、壁面などの垂直面に設置しても良好に発電するため、設置場所の自由度が格段に高まります。
さらに、曲げることができるため、丸い柱に貼り付けたりすることもできます。重い、硬い、設置角度が限られるといったシリコン系太陽電池の制約を解決し、あらゆる場所で使える可能性があります。
課題は耐久性です。現時点ではシリコン系太陽電池より劣化が早い傾向がありますが、各社が水分浸入などの劣化要因に対処する研究を進めており、技術的には改善可能だと考えています。また、製造コストも課題ですが、これは後述するインクジェット技術で解決できると見ています。
ペロブスカイト太陽電池は既存のシリコン系太陽電池に変わる発電技術として期待されている
プリンター技術で太陽電池をどう変えていくのか
――なぜリコーが太陽電池開発に取り組んでいるのでしょうか。
リコーの中核技術である電子写真技術が大きく関係しています。複写機では、有機感光体に光を当てて電荷を発生させてトナーを付着させる仕組みが使われています。この「光で電気を発生させる」技術が太陽電池の発電原理と共通しているのです。この有機感光体の開発で培われた有機半導体技術・処方設計技術を応用し、2010年代から本格的に有機系太陽電池の開発を開始しており、固体型色素増感太陽電池の製品化や有機薄膜太陽電池の開発、さらにペロブスカイト太陽電池の開発を行ってきました。
転機は5年前です。インクジェット技術を新たな用途に展開する活動が始まり、この技術をペロブスカイト太陽電池の生産技術として応用すれば高い付加価値が生まれるという発想に至りました。結果として、電子写真技術とインクジェット技術という、リコーの2つのコア技術の組み合わせが実現したのです。
――インクジェット技術がどう優位性につながるのでしょうか。
一般的なペロブスカイト太陽電池の製造は、レーザー加工で不要な膜を除去する工程や、真空中で成膜する工程が必要です。これらは高額な装置が必要なうえ、材料ロスも多いという課題があります。さらに、各工程に時間を要するため、生産性が低いという課題もあります。
一方、インクジェット方式では、デジタルデータをもとに必要な場所だけに、大気中で直接印刷できます。そのため、レーザー加工や真空中での成膜の工程を省略でき、高額な装置を必要とせず、材料ロスも少なくなります。さらに、商用印刷で培った搬送技術を活かし、ロール状の基材を連続的に搬送しながら高速印刷することで、生産性が大きく向上します。これらにより、低コストでの大量生産が可能になります。
重要なのは、インクジェットヘッド、インク・サプライ、プリンティングシステム技術という3つの技術を社内で保有し、それらを「すり合わせ」できることです。これは日本のものづくりの強みであり、リコーの差別化技術です。この技術は簡単には模倣が難しいため、国際競争力を保てると考えています。
インクジェット技術でペロブスカイト太陽電池製造における高生産性と低コスト化を実現
ペロブスカイト太陽電池で持続可能な社会を実現していく
――実用化に向けた取り組みはどう進んでいますか。
2023年から株式会社セブン‐イレブン・ジャパンとセブン‐イレブン店舗壁面での実証や、東京都とペロブスカイト太陽電池を搭載した庭園灯の実証を開始するなど、現在も野外での発電状態や耐久性のデータを蓄積しています。
東京体育館周辺に庭園灯を35台設置。リコー独自のインクジェット技術で作製したペロブスカイト太陽電池も搭載し、検証を実施した
ペロブスカイト太陽電池を店舗外壁面に設置。店舗での実際の発電量や年間を通しての発電量推移、耐久性への影響を検証中 ※上記の画像は2023年6月当時のものです
2025年秋にはNEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)のGI(グリーンイノベーション)基金に採択され、大和ハウス工業株式会社、NTTアノードエナジー株式会社とコンソーシアムを組みました。大和ハウス工業株式会社は施工設計技術、NTTアノードエナジー株式会社は電装設計技術を担い、リコーはペロブスカイト太陽電池の生産技術開発を担当します。本GI基金事業では2030年までに発電コスト14円/kWhというのが目標の一つとなっています。3社連携により、太陽電池、施工、電装の技術開発をワンストップで行うことで、目標達成と早期の社会実装を目指します。
ペロブスカイト太陽電池開発および社会実装に必要な設置施工・電装設計の技術を有する企業とコンソーシアムを組み、GI基金事業目標達成に向けて開発を進める
――将来の展望を聞かせてください。
インクジェット技術を使う大きなメリットとして、意匠性があります。ペロブスカイト太陽電池は、いかにも人工的なイメージのあるシリコン系太陽電池のパネルと違って、印刷技術で様々な柄やパターンを表現できるため、壁面や街中に設置しても違和感のないデザインが可能です。「どこに太陽電池があるのか分からないけれど、実は発電している」という世界を実現したいと考えています。
また、ペロブスカイト太陽電池はヨウ素など日本が生産力を持つ材料を使うため、地政学リスクを回避できます。インクジェット技術を応用したリコー独自の生産技術で生産性・コストの優位性を守り、製造したペロブスカイト太陽電池は、日本だけでなくグローバルへの展開を視野に入れています。
リコーは1998年に環境経営を提唱し、現在は「ESGと事業成長の同軸化」の方針を掲げ、持続可能な社会の実現に寄与しながら、 ⾃社も持続的に成⻑する思いで取り組んでいます。事業を通じた社会課題解決のさらなる推進に向けて、リコーがこれまで培ってきた有機感光体技術、インクジェット印刷技術を応用することで生産性とコストで優位な技術を確立し、ペロブスカイト太陽電池の早期事業化を目指します。リコーにしかできない太陽電池で、持続可能な社会の実現に貢献していきます。

SDGs:2015年9月の国連サミットで採択された、17の目標と169のターゲットからなる「持続可能な開発目標」
関連リンク
- インクジェット印刷ペロブスカイト太陽電池 https://jp.ricoh.com/technology/tech/138_PSC


