産業雇用安定センター40周年、その先へ 人材の流動化を成長の力に 未来を創る「人材循環」を目指して

ジョブ産雇 会長 矢野 弘典氏(左)と慶応大学 名誉教授 樋口 美雄氏(右)

2027年に40周年を迎える、産業雇用安定センター(ジョブ産雇)。日本の労働市場を長年、陰で支えてきた存在だ。理念に掲げるのは、「失業なき労働移動」*の実現。ジョブ産雇が人と企業をつなぎ続けてきた40年間を経て、今、日本の労働市場は大きな転換点にあるという。

人手不足の深刻化や高齢化、AIの普及などを背景に、雇用を取り巻く環境は大きく変化。求められているのは、単なる雇用維持や人員調整ではない。人材の能力を最大限に生かす「人材循環」の仕組みだ。日本の労働市場は、どのように変わっているのか。人材の流動化を成長の力へ転換し、社会の持続的な発展につなげるには、何が必要か。

慶應義塾大学名誉教授の樋口美雄氏と、ジョブ産雇会長の矢野弘典氏。2人のキーパーソンが明らかにする。

*失業なき労働移動……労働力過剰の企業・産業から労働力不足の企業・産業へ、人材の移動が円滑に進むよう対策を講じることで、労働者が失業を経ずに新たな就業機会を得られるようにすること。ジョブ産雇は、企業間の出向や移籍を支援することで「失業なき労働移動」を実現すべく、国と経済団体などが協力して設立された公益財団法人。設立以来、28万件以上の出向・移籍の成立実績がある

転換点を迎える日本の労働市場
人手不足と「失われた30年」の影響

樋口日本の労働市場は今、大きな転換点を迎えています。

1つは、労働力不足の深刻化です。人手不足による倒産も増えており、人材の確保は企業にとって重要な経営課題になっています。現在、その解決を担っているのが、「高齢者」と「女性」、「外国人」です。総務省の「労働力調査」によれば、60~64歳男性の労働力率(15歳以上人口に占める労働力人口の割合)は2006年頃まで低下し続けていましたが、そこから上昇に転じ、現在も上がり続けています。30~34歳女性の労働力率も、継続的に伸びています。

人材不足の課題を解決に導くキーワードは、能力活用とダイバーシティです。年齢や性別、国籍を問わず、多様な人材が活躍し、能力発揮しやすい職場環境をつくることが求められています。

図1 年齢計・女性30-34歳、男性60-64歳の労働力率の推移(2000〜2025年)。男 年齢計は76%台から緩やかに下がり、70〜72%前後で横ばい。男 60〜64歳は72%前後から2006年以降に上昇し86%台に。女 30〜34歳は57%前後から一貫して上昇し86%前後に。資料出所:総務省「労働力調査」
60代男性、30代・40代女性の労働力率が右肩上がりで増え続けている。
労働力不足の課題解決に向けて、ダイバーシティが鍵を握る(資料提供:樋口美雄氏)

もう1つの変化は、いわゆる「失われた30年」の影響です。企業のコスト削減が長く続いたため、人材育成への投資が低く抑えられ、新規採用が絞られてきました。その結果、社員の年齢構成がいびつになり、30~40代が極端に不足するとともに、社員のスキルや意欲の問題を訴える企業が少なくありません。そうした欠損を中途採用で補おうとする動きが大手企業でも活発化しています。

企業は中途採用の強化に加え、定年延長や再雇用によって人材確保を進めています。しかし、取り組みが成功しているとは言えません。定年後も働き続けたいと考える人が増えている一方、これまで培ってきた知識や経験を十分に発揮できる職場は限られています。その結果、多くの人材が活躍の機会を得られていないという状況にあります。

労働力需給の企業間調整や円滑な人材移動を支えるジョブ産雇の役割は、ますます重要になっているといえます。

慶応大学 名誉教授 樋口 美雄氏

慶應義塾大学 名誉教授

樋口 美雄氏

1975年慶應義塾大学商学部卒業、1977年同大学大学院商学研究科修士課程、1980年同博士課程修了。商学博士。慶應義塾大学商学部助教授などを経て1991年、教授に就任。2009年から2013年にかけて同大学商学部長・大学院商学研究科委員長。専門は労働経済学、計量経済学。少子高齢化・人口減少をメインテーマに、賃金や少子高齢化、女性の雇用、地方創生といった課題に対して、実証的かつ理論的に分析する。また厚生労働省労働政策審議会会長など、政府の審議会や委員会などに参画。第43代日本経済学会会長。2016年秋、労働経済学・計量経済学研究における功績が認められ、福澤賞、紫綬褒章を受章。2024年日本学士院会員、2026年瑞宝重光章受章。著書に『雇用と失業の経済学』(日本経済新聞社)、『労働市場設計の経済分析』(共編著、東洋経済新報社)。

矢野ジョブ産雇は1987年に設立され、来年40周年を迎えます。発足以来、事業縮小などに伴い余剰人員を抱えた企業に対し、従業員の他社への出向や移籍を支援してきました。コロナ禍では、航空会社や空港関連企業などで一時的に仕事が減少した人材の出向を迅速に支援し、雇用の維持と安定に貢献しました。

これまでの雇用調整は、人員の配置転換や出向を通じた雇用維持が主な目的でした。しかし近年は人手不足を背景に、社員のキャリア形成やセカンドキャリア支援へと重点が移っています。また、以前は出向支援が中心でしたが、最近は転籍へのニーズが高まっています。シニア人材の経験や専門性を、中小企業の成長や次世代人材の育成に生かそうとする動きが広がっているからです。

ジョブ産雇には近年、「会社の体力があるうちに、社員の年齢構成を見直したい」「シニアのセカンドキャリアを支援したい」といった理由で支援依頼をいただくことが増えています。一方で、人手不足が深刻な企業からは、シニア人材を紹介してほしいという声が高まっています。若手の採用が年々難しくなっていることに加え、シニア人材が持つ専門性や豊富な知識、経験に期待する企業が増えているためです。また、シニア自身の就業意欲も高まっており、人材と企業を結び付けやすい環境が整ってきています。

ジョブ産雇 会長 矢野 弘典氏

ジョブ産雇 会長

矢野 弘典氏

2005年から現職。1941年生まれ。1963年東京大学法学部卒業、東京芝浦電気株式会社入社(現 株式会社東芝)。東芝欧州総代表兼東芝ヨーロッパ社社長、日経連常務理事、日本経団連専務理事、明治学院大学客員教授、中日本高速道路(NEXCO中日本)代表取締役会長CEO、社会保障審議会委員、労働政策審議会委員、司法制度改革労働検討会委員、ILO使用者日本代表、アジア太平洋経営者連盟(CAPE)事務局長などを歴任。現在は主に、ふじのくにづくり支援センター理事長、経済人コー円卓会議(CRT)日本委員会会長、モンゴル経営者団体連合(MONEF)顧問、リニア中央新幹線静岡工区モニタリング会議座長など。元横綱審議委員会委員長。主な著書に『青草も燃える』(中経マイウェイ新書)、『才徳兼備のリーダーシップ~論語に学ぶ信望』(時事通信社)、『諫言を容れる~経営のリーダーシップ』(時事通信社)。「お爺ちゃんの論語塾」を主宰。

質の高い労働移動を支えるのが使命
人材の能力と企業ニーズの双方を理解

矢野2025年度にジョブ産雇が成立させた出向・移籍の支援実績は1万1907件に上ります。このうち、異業種への移動は3502件(※キャリア人材バンク除く)、異職種への移動は3775件となっており、培ってきたキャリアやスキルを新たな分野で生かす人が増えています。

またジョブ産雇では、60歳以上の方の再就職を支援する「キャリア人材バンク」を全国で展開しています。近年は65歳以上の利用者が大幅に増えており、シニア層の就業意欲の高まりを実感しています。再就職先は事務職やサービス職が多く、こうした傾向にも労働市場の変化が表れています。ジョブ産雇では、人材需給の変化に対応しながら支援を行っています。

図2 キャリア人材バンクの成立状況。キャリア人材バンクの実績(2025年度)。1. キャリア人材バンクによる再就職数の推移:2018年度1102人(60〜64歳839人、65歳以上263人)、2019年度1921人(1415人、506人)、2020年度2118人(1391人、727人)、2021年度2384人(1529人、855人)、2022年度2976人(1878人、1098人)、2023年度4280人(2534人、1746人)、2024年度5121人(2990人、2131人)、2025年度5466人(3235人、2231人)。2. キャリア人材バンクによる再就職者の受入職種(2025年度 合計5,466人):事務的職業1,414人(25.9%)、サービスの職業845人(15.5%)、運搬・清掃・包装・選別等の職業592人(10.8%)、製造・修理・塗装・製図等の職業446人(8.2%)、その他416人(7.6%)、配送・輸送・機械運転の職業406人(7.4%)、販売・営業の職業395人(7.2%)、管理的職業264人(4.8%)、研究・技術の職業248人(4.5%)、福祉・介護の職業240人(4.4%)、警備・保安の職業200人(3.7%)
労働市場の変化を反映し、65歳以上の利用者が急増している(資料提供:ジョブ産雇)

樋口ジョブ産雇が目標としてきた「失業なき労働移動」のコンセプトも、時代と共に変化して来ているのではないでしょうか。ジョブ産雇は、その変化に適切に対応しようとしていると私は思います。

従来の「失業なき労働移動」の主眼は、失業者を生み出さないこと、つまり雇用の量の側面が強調されてきた向きがありました。仕事さえあれば失業は防げる、という発想です。しかし今日では、単に仕事があるだけでは実現できなくなってきています。求職者は、自分に合わない仕事や望まない仕事は選ばず、自らの能力や希望、キャリアに合った仕事を求めるようになってきているからです。

今日の労働移動は、かつてのような「人数合わせ」ではありません。仕事の質や個人のキャリア形成、そして企業の求める能力を持った人材の確保が重要なテーマになっています。個人にしろ、企業にしろ、何ができるのか、何をしたいのかを踏まえたキャリア支援が求められているのです。

そうした変化のなかで、ジョブ産雇は個人のキャリア選択や能力活用を重視した支援に早くから取り組み、新しい時代の「失業なき労働移動」に対応していると感じます。

矢野私自身も、今まさに問われているのは変化への対応力だと強く感じています。

1980年代後半以降、ITインフラの普及によって働き方は大きく変化しました。インターネットの利用拡大とPCの急速な普及により、コンピューターは一部の担当者だけが使うものではなく、一人一台が当たり前になりました。

その結果、従来のブルーカラーとホワイトカラーの境界が曖昧になっています。例えば工場では、現場のオペレーターがコンピューターを使って生産の進捗を把握し、目標管理や実績分析まで担うようになりました。かつてホワイトカラーの業務とされていた計画や管理が現場にも広がり、両者の職務は重なり合っています。

さらに今、AIの普及が加速する中で、これから何が求められるのかを真剣に考える必要があります。余剰人員の受け入れは、単なる人員調整ではありません。重要なのは、その人材が受け入れ先で能力を発揮し、活躍できるかという視点です。

ジョブ産雇では、専任のコンサルタントが一人ひとりに伴走するとともに、積極的な企業訪問・求人開拓を進め、両者の橋渡しをしています。

社会や企業が必要とする技術やノウハウを持つ人材のパフォーマンスを最大化すること、また育成することは、個々の企業だけでなく社会全体で取り組むべき課題です。

その対象は高齢者に限りません。若手人材についても、現職出向を通じた「人材育成型出向」の重要性が高まっています。社員が在籍したまま他社で経験を積み、新たな知識やスキルを身につけ、自社に戻ってその力を発揮する仕組みです。

これからは、人材育成の場を社内だけでなく社外にも広げ、企業同士が連携して人材を育てていくことが重要です。人材の流動化を単なる雇用調整としてではなく、社会全体の人材力向上につながる取り組みとして捉えるべきではないでしょうか。

樋口同感です。人材のマッチングにはさまざまな方法がありますが、私が以前、行った調査では、転職後の定着率や、本人や企業の満足度が最も高かったのは、求職者と受け入れ先の双方をよく知る人が仲介したケースでした。人材の能力と企業のニーズを正確に把握したマッチングこそが、質の高い労働移動を実現する鍵になります。

今後のジョブ産雇には、送り出し企業の社員の能力や適性を十分に把握すると共に、受け入れ企業が求める人材像を深く理解し、両者を的確につなぐ役割が期待されます。単なる書面に記された人材紹介にとどまらず、人材と企業の相互理解に基づく質の高いマッチングを実現するため、専門性をさらに高めていくことが重要です。

持続的な成長を支えるのは「人」
人を生かす経営が未来を拓く

矢野人材は一人ひとり違います。きめ細かな対応が欠かせません。ジョブ産雇では全国の都道府県に事務所を置き、個別相談に応じています。担当者は企業から出向している50~60代の経験豊富な人材が中心です。また、日本経済団体連合会や経営者協会、商工会議所などの経済団体、連合やUAゼンセンなどの労働組合、都道府県労働局、ハローワーク、自治体などの行政機関、弁護士会や社会保険労務士会などの関係機関と連携しながら支援を行っています。

樋口従来、転職は個人の責任として捉えられがちでした。しかし、産業構造や職業構造の変化によって、個人だけでは対応できない課題が増えています。これからはジョブ産雇と送り出し企業、受け入れ企業が連携し、人材の移動を「面」として支える仕組みが重要になるでしょう。

矢野さんのお話を伺い、人事の役割が大きく変わってきていることを改めて実感しました。人事はもはや単なる管理部門にとどまらず、企業の成長や変革を支える経営の中核にあります。経営戦略と人事戦略を結び付け、人材の確保や育成につなげることが求められています。変化の激しい時代には、人材育成に加え、外部の人材や知見を取り入れる視点も欠かせません。人材の流動化は単なる雇用調整ではなく、企業の競争力と成長力を高める経営課題だと感じます。

矢野企業の持続的な成長を支えるのは、結局のところ「人」だということです。

利益や業績はもちろん重要ですが、その土台にあるのは社員一人ひとりの行動であり、その積み重ねが企業の信用を築きます。

私は若い頃から、「経営の三要素はヒト・モノ・カネ」という言葉に違和感を抱いてきました。人は単なる経営資源ではなく、経営の主体です。モノやカネは人が活用する手段であり、価値を生み出し、未来を切り開くのは人にほかなりません。

人を育て、生かし、大切にすることこそ経営の原点であり、人材活用や人材育成、人材の流動化もそのための取り組みです。企業のサステナビリティの原点も、人を大切にする経営にあると考えています。

(聞き手:日経BP 総合研究所 小林 暢子)