(写真右)SAPジャパン 代表取締役社長 堀川 嘉朗 氏 (写真左)三井化学 常務執行役員 CDO デジタルトランスフォーメーション推進本部長 三瓶 雅夫 氏
本格的なAI時代を迎え、DXによる業務効率化の要として捉えられてきた統合基幹業務システム(ERP)の再定義が必要な時期を迎えている。7月2日に開催された「ビジネス変革フォーラム2026 変化に適応し続けるためのFit to Standard─ 基幹刷新を『経営の武器に変える』アプローチ」は、三井化学の事例紹介やパネルディスカッションを通して、企業の経営高度化を目指す基幹システム刷新のあり方を、戦略と実践の両面から探るものとなった。
オープニングセッションでは、SAPジャパン 代表取締役社長の堀川嘉朗氏が登壇。「『変革を回す企業』から『変革が回る企業』へ―Autonomous Enterprise(自律型エンタープライズ)が変える経営の姿―」と題した講演を行った。
SAPジャパン
代表取締役社長
堀川 嘉朗 氏
堀川氏は、日本企業におけるAI活用の課題として、ビジネスコンテキストの欠如、不十分なデータ連携、ガバナンス不足の3つを挙げ、「業務横断のビジネスコンテキストを理解した信頼できるデータを連携できるかどうかがカギです」と説く。
そして、「当社ではこうした課題解決のために、業務を回す仕組みだったERPを再定義し、AIの活用で自律的に変革が回る『自律型エンタープライズ』を提唱しています」と語り、その最終目的を「信頼できるAIが定型業務を担うことで、人材がより高度な価値発揮に集中でき、会議を待たずに意思決定が進む俊敏な組織を実現することです」とした。
最後に堀川氏は、自律型エンタープライズを支えるSAPの5つの仕組みを紹介し、「日本企業の変革が自律的に回る企業への進化に貢献する」との決意で講演を締めくくった。
続いて、SAPのユーザー講演「基幹刷新を『経営の武器』に変える―Clean Coreによる三井化学の経営高度化の実践―」で登壇したのは、総合化学メーカー、三井化学の常務執行役員CDOとしてDX推進の先頭に立つ三瓶雅夫氏だ。同社は今回、20年ぶりにSAPシステムの刷新に取り組んだ。
三井化学
常務執行役員 CDO
デジタルトランスフォーメーション
推進本部長
三瓶 雅夫 氏
「長期経営計画『VISION 2030』の中核にポートフォリオ変革とデータドリブン経営を位置付け、従来の素材提供型ビジネスからソリューションビジネスへの転換を目指しています。SAPシステムの刷新もこのパーパス実現のためです」と三瓶氏は説明する。
この刷新プロジェクトにあたって三瓶氏が全社に向けて宣言したのは、Clean Coreの徹底によるFit to Standardだったという。
「パッケージをパッケージのまま使い、余計なアドオンやカスタマイゼーションを加えないことは、業務の標準化やデータの共通言語化のためには必須です。また、土台となるパッケージと連携させる形でサブシステムを構築することで、業務のプロセスをベストプラクティスに合わせて高度化できると考えています」(三瓶氏)
この方針は組織面でも徹底した、と三瓶氏は語る。
「部長クラスの58人全員にClean Coreに対するコミットメント・レターに署名してもらったほか、橋本修社長(現会長)自らがFit to Standardの重要性を社内に向けて継続発信しました。また、業務領域ごとにBPO(ビジネスプロセスオーナー)を配置し、現場主導で業務標準化に取り組んだ結果、従来2000本あったアドオンを7本にまで削減できました」(三瓶氏)
さらに三瓶氏は、データドリブン経営を見据え、SAPと連動した意思決定基盤を構築したことについても言及した。
「連結財務ダッシュボードや製品別ROIC(投下資本利益率)といった標準テンプレートを100本用意し、2026年4月にサービスインしました。データの粒度・鮮度・量が向上したことにより、早くも新たなインサイトの創出や意思決定プロセスの透明化、再現性向上といった効果が出ています」(三瓶氏)
定性効果に加え、定量面でも、CCC(キャッシュ・コンバージョン・サイクル)の解析精度が向上して在庫を10日分削減できたり、原価計算の工数を25人日分削減できたりといった成果が上がっていると三瓶氏は紹介した。
「当社では今回の刷新を、単なるシステム更改ではなく、パーパスである『グローバルスペシャリティカンパニー』実現に向けた変革の一環と捉えています。攻めのデジタルで環境変化に動的に対応し、『VISION 2030』が目指すポートフォリオ変革やデータドリブン経営、業界連携といった取り組みを力強く推し進めていきます」(三瓶氏)
最後に開催されたのは、「継続的な変化対応を実現するClean Core戦略―三井化学が明かす経営高度化の実践」と題したパネルディスカッションだ。パネリストは堀川氏と三瓶氏、モデレーターは日経クロステック/日経コンピュータ発行人の森重和春が務めた。
冒頭、堀川氏は、三井化学の基幹システム刷新について、「データを共通言語として活用する姿勢は、私の講演でAI活用のポイントとして挙げたデータのコンテキストにもつながる話として共感しました」と評価した。
モデレーターの森重が、三瓶氏に対して「やらない選択肢はなかったのでしょうか?」と訊くと、三瓶氏は即座に「ありませんでした」と回答。「20年前に構築した旧システムでは事業部横断が困難で、新規市場開拓や顧客獲得の足かせとなっていました。また、古いテクノロジーを使い続けるリスクもあります。グローバルスペシャリティカンパニーへと生まれ変わるベストタイミングだったと思います」と続けた。
パネルディスカッションモデレーター
日経BP 常務執行役員
技術メディア担当
日経クロステック/
日経コンピュータ発行人
森重 和春
続いて話題に挙がったのが、Fit to Standardの壁だ。従来のFit & Gapでは、システムと現行業務のギャップを埋めるためにアドオンを活用するが、Fit to Standardは業務をパッケージ標準に合わせる。「その違いを現場に理解してもらうことが最初のハードルでした」と三瓶氏は述懐する。
「当初は操作性の変更に対する現場からの反発もありましたが、これはデータの整合性や対外的なデータ連携を担保するためのトレードオフです。企業を経営する上で必須だという理解を得るための働きかけも並行して進めました」(三瓶氏)
当時の社長の橋本氏自らがFit to Standardの重要性を社内に呼びかけたり、部長クラスのコミットメントを取ったりして社内の意識合わせを進めたことは、ユーザー講演で三瓶氏が語った通りだ。加えて、「未知への不安を取り除くために、刷新後の姿を5つのシーンとして可視化し、心理的安全性を高めたのも効果があったと思います」と三瓶氏はその取り組みを紹介した。
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Fit to Standardを浸透させ、大規模プロジェクトを「経営マター」として完遂するには、社内の理解が必須だった、と語る三瓶氏。その取り組みの一つとして、同社では刷新後の業務イメージを可視化する資料を作成。心理的安全性を高めることにつながったという
三井化学のこうした取り組みについて堀川氏は、「使い慣れたシステムを大きく更改する際、社内に反発があるのは自然な反応です。その中で、目的を共有し、表現を工夫しながらコミュニケーションを重ねたことが成功の要因になったのだと思います」と分析した。
また、同パネルディスカッションでは、AI経営についても意見交換が行われた。堀川氏は、AI経営の根幹は精度の高いデータをいかに集めるかだとした上で、「企業のシステム環境はSAPのソリューションだけで完結するものではないため、三井化学様がオープンAPIと連携されているように、複数のシステムを横断的につなぎ、データの意味付けを行うことが重要です」と説く。
「AIはシステムの導入やテスト、データ連携も短期間で効率的に進めることができます。当社が提唱する自律型エンタープライズは、こうしたシナリオをベースとしたものです」(堀川氏)
これを受けて三瓶氏も、データの整備状況がAIの精度やパフォーマンスを左右する点を指摘。「今回の刷新においても、SAPをコアとするデータ基盤の整備を進めています。その結果、AIと人間とアプリケーションが共通の言語で連携できる環境が実現すれば、それがすなわちグローバルスペシャリティカンパニーの目指す姿なのだと考えています」と語る。
「基幹刷新に大切なのは、HowではなくWhyです。当社の場合は、パーパス実現のためにポートフォリオを変革し、新たな事業領域に挑戦するという明確な理由付けがプロジェクトの推進力になりました。ツール論のようなITマターではなく、何のためにやるのかを重視することが成功への近道だと考えます」(三瓶氏)
最後に堀川氏が、「私が社長に就任する際、和魂洋才をビジョンに掲げました。グローバルの実績に基づく知見を集約し、今後も日本企業の変革を伴走支援するというミッションにまい進します」との決意を述べ、パネルディスカッションを締めくくった。
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