AI活用の効果の創出は、個人業務の効率化だけではない。業務プロセスを理解したAIエージェントが、人に代わって自律的に業務を進める組織への転換だ。では、AIを前提に業務プロセスや組織を再設計し、生産性や企業価値の向上につなげるには何が必要なのか。SAPは、「Autonomous Finance(自律型ファイナンス)」を提唱し、SAP自身が、その実現基盤である「SAP Business AI Platform」を活用し、財務・経理領域からグローバルな変革を進めている。AI時代に求められる企業変革の姿と、CFOの役割の変化を聞いた。
個人の生産性向上だけではない
企業そのものの運営モデルを変える
今日の経営者に問われているのは、「AIを導入するかどうか」ではない。「AIを前提に、個人の生産性向上だけではなく、企業そのものの運営モデルを変えること」だ。
AIによる個人業務の効率化は、その端緒に過ぎない。真に競争優位を生み出すのは、AIを自律的なエージェントとして業務プロセスの中で働かせ、人が担ってきた業務を自動化することにある。AIを前提に、組織構造や役割分担を再構築できる企業こそが、次世代の競争力を獲得し、高い企業価値の基盤を作り出せる。
代表取締役 常務執行役員 CFO
大倉 裕史氏
SAPは「SAP Runs SAP(SAP自身がファーストユーザーとなり、変革・実践を行う)」のコンセプトのもと、その第一歩として「Autonomous Finance(自律型ファイナンス)」をグローバル組織で確立しつつある。「AIエージェントが財務・経理の業務を自律的に進めます。これにより、ファイナンス部門は、実績を振り返る立場から経営のかじ取りを担う立場へと変わっていきます」と語るのは、SAPジャパン 代表取締役 常務執行役員 CFOの大倉裕史氏だ。
Autonomous Finance(自律型ファイナンス)では、AIが業務の文脈を理解し、定型処理や情報収集、分析などを自律的に実行する。これにより、人は最終的な判断や承認、例外対応など、人にしか担えない業務に集中できるようになる。従来のRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)と決定的に異なる点は、あらかじめ定められた処理を繰り返すのではなく、AIが企業のルールやガバナンスに基づいて状況を分析し、適切に判断しながら業務を遂行することだ。
「CFOの本来の使命は、企業価値の最大化です。そのためには、変化する経営環境を的確に捉え、経営判断に必要な情報をタイムリーに届けられる、リーン(無駄を排除し、生産性の高い)な組織が必要です。Autonomous Finance(自律型ファイナンス)は、その実現に向けた具体的な道筋です」(大倉氏)
SAPは、AIを活用して企業運営全般を自律化する「Autonomous Enterprise(自律型エンタープライズ)」を目指している。そこで最初に着手したのが、財務・経理領域だ。財務・経理には企業活動のあらゆる情報が数値として集約され、正しく蓄えられている。AIエージェントを適用しやすく、組織やルール、業務プロセスの見直しを伴う変革にも着手しやすい。
現在SAPは、グローバルなロードマップに沿って財務・経理プロセスへのAI実装を進めている。例えば、「計画から着地」「見積から受注」「請求から入金」「運転資本管理」「単体から連結決算」といった一連の業務に、AIエージェントとそれらを統括するAIアシスタントを配置し、AIを前提とした業務プロセスや組織モデルの見直しを進めている。
AIアシスタント「Joule(ジュール)」が、人とのインターフェイスとなり、AIエージェントとやりとりを行う。これにより、定型業務の多くをAIが担い、人は最終的な判断、承認やリスク評価、例外対応、事業部門との対話といった、より付加価値の高い業務に集中できるようになる。
「Fit to Standard」で業務を標準化
ルールが明確な領域から段階的に推進
Autonomous Financeの実現には、業務プロセスやデータの標準化が欠かせない。SAPでは、「SAP S/4HANA Cloud」を「Fit to Standard(業界標準のプロセスをベースに業務を標準化する手法)」で運用し、データやルールを統一することで、AIエージェントが働きやすい環境を作り上げている。
Business AI Platform 事業部 事業部長
高橋 佳希氏
また、AIと人の役割分担を定めるガバナンスや、組織設計も重要だ。財務・経理は内部統制や監査の観点が特に重視される領域であり、AI活用においても承認フローや監査証跡を含めた業務プロセスの再設計が必要になる。SAPでは、業務プロセス全体を見据えた設計を前提に、ルールや判断基準が明確な業務領域から優先的にAI活用に着手し、対象範囲を広げていく方針だ。
「Autonomous Financeでは、標準業務プロセスに沿って11のAIアシスタントと、各業務のエキスパートとして54のAIエージェントを提供予定です」と話すのは、SAPジャパン Business AI Platform 事業部 事業部長の高橋佳希氏だ。
例えば、売掛金回収業務では「売掛回収AIアシスタント」が売掛金管理やクレーム管理、回収管理などを担う複数のAIエージェントを統括する。これにより、回収優先度の判定や入金消込、督促案件の管理を自動化し、売掛金回収期間(DSO)の短縮や業務負荷の軽減を支援する。
また決算業務では、「決算処理AIアシスタント」の配下で複数のAIエージェントが会社間取引の照合や仕訳作成、財務諸表作成を支援する。さらに決算後には主要KPIを分析し、担当者の意思決定をサポートする。
高橋氏は、「AIエージェントを単なる効率化ツールとして捉えず、標準化した業務プロセス全体にAIアシスタントとAIエージェントを組み込み、全体最適の観点で業務を再設計していくことが重要です」と強調した。
ビジネス文脈を理解し、
AIを正しく実行させるための「SAP Business AI Platform」
「多くの企業では、AIエージェントの実証実験(PoC)や一部業務への導入は進んでいるものの、全社レベルでの活用には至っていません」(高橋氏)。その背景には、「ビジネスや業務プロセスの文脈がAIに十分に反映されていない」「必要なデータとの接続や連携が不十分」「ガバナンスや信頼性を確保できていない」といった課題がある。
こうした課題の解決に向けてSAPが提供するのが「SAP Business AI Platform」だ。SAPには、50年以上にわたって基幹業務システムを提供してきた実績がある。その過程で、業界ごとの業務プロセスに関する知見を蓄積し、正規化されたマスターデータやトランザクションデータの活用ノウハウを“One fact, One place”として提供しており、企業利用に求められるセキュリティーやガバナンスの知見を積み上げてきた。ERPの構造そのものにも精通している。
SAP Business AI Platformは、このベースの上に、AIエージェントが業務上の意味やデータ同士の関係性、プロセスの文脈を理解するためのセマンティックなデータ管理機能を備える。また、企業利用に耐え得るAIの実行・運用基盤を整え、エージェント型AIの開発から運用まで、ライフサイクル全体を管理できる環境を提供する。
「SAP Business AI Platformは、市場にある汎用的なAIプラットフォームとは基本的に異なります。企業が業務の中でAIを責任をもって安心かつ安全に、そしてスケールして活用するための基盤です」(高橋氏)
「3つの強み」でAI変革を支援
未来像を描き、経営主導で推進
高橋氏は、SAPならではの強みとして、3つのポイントを挙げる。
1つ目は、業務プロセスやビジネス文脈に関する膨大なデータだ。SAPは企業活動に関わるデータの関係性を720万項目以上の「Knowledge Graph(ナレッジグラフ)」として構造化し、AIが業務の意味や文脈を正確に理解できる基盤を整備している。また、データ基盤上にセマンティックレイヤーを「Snowflake」や「Databricks」など主要なデータレイクハウスとのゼロコピー連携(データを移動・複製せずに活用できる仕組み)にも対応し、企業内外のデータ活用を容易にしている。
2つ目は、AIエージェントによる業務の自律実行だ。現在の生成AI活用は、質問応答や資料作成、分析支援といった業務支援にとどまるケースが多い。一方、SAPは分析結果に基づく対策案の提示に加え、その後のERPへの入力や業務実行まで一貫して支援が可能である。
3つ目は、ガバナンスとセキュリティーだ。企業では部門ごとに導入されたAIの管理や統制が課題となる一方、本番運用に向けたセキュリティー対策に悩むケースも少なくない。SAPはSAP Business AI Platformを通じて、企業全体で利用されるAIの管理・監督機能や、AIが業務プロセスで生み出した結果を可視化する機能を提供している。
大倉氏は、「自律型のAIの導入が進めば、CFOの役割も大きく変わります」と話す。財務責任者の中心的な役割は業績や資金を管理することだったが、今後は業績や資金の管理にAIを活用しながら、将来を見据えて経営を導く「ステアリング(経営のかじ取り)」と、AIを含む組織変革を設計する「アーキテクト(組織の設計)」の役割を担うようになる。
高橋氏は「自律型AIの導入は、ファイナンス領域のような標準化しやすい業務領域を定義し、信頼できるデータ基盤を整備し、ビジネスプロセスに組み込んでいくことが大切です。SAP Business AI Platformは、自律型AIを実行するために、改革を実行可能な形にするための基盤です。ぜひ一緒に、次世代に向けた日本企業の競争力をつくっていきましょう」と呼びかけた。
