サッカーボール、バスケットボール、バレーボール、ハンドボールなどの公式球のサプライヤーとして知られ、幅広い分野のゴム・樹脂製品を製造しているモルテン。同社は1958年にモルテンゴム工業として広島に創業した後、翌年の1959年2月に第一号となるドッジボールを生産。これが現在のスポーツ用品事業へとつながっている。また、同年には同じ広島の地で自動車を生産していた東洋工業(現マツダ)との取引も始まり、自動車用のゴム部品を手掛けるようになった。
現在は、スポーツ用品事業と自動車部品事業に加え、車椅子やマットレスなどの医療・福祉機器事業、浮桟橋や橋梁用ゴム支承などのマリン・産業用品事業の4事業を展開している。売上高は699億円(2025年9月・連結)。日本国内のほか、米国やタイ、中国、メキシコなどに生産拠点を持つ。
モルテンが展開する4事業、スポーツ用品事業、自動車部品事業、医療・福祉機器事業、マリン・産業用品事業
モルテンが2024年夏から取り組んでいるのが、データドリブン経営へのシフトを目的にした経営基盤の刷新である。「持続可能な経営によって成長を図っていくには、データに基づいて意思決定を進めることが重要です。その基礎として、ERPやデータ基盤を導入していくべきと考えました」と、代表取締役社長を務める民秋清史氏は話す。
データドリブン経営を実現するのは簡単ではなく、少なくとも全社のデータ形式を統一するとともに、いつでも使える状態に管理しなければならない。しかし、モルテンではデータの整備が遅れていたという。
「従来のITシステムは、その時々の流行であったり、担当者の考えであったり、あるいは予算の制限だったりによって、いわばパッチワーク的に構築されてきました。そのため、データもそれぞれのシステムに格納されていました」(民秋氏)
また、民秋氏がデータ基盤の整備を進めようと考えたもう一つの理由が、生成AIの存在だった。生成AIアプリケーションやエージェントを使って社内データの活用を進めていくには、社内に蓄積されたデータを参照できる形にして、かつ一元的に管理しておくことが望ましいとの考えからだ。
モルテン
代表取締役社長
最高経営責任者
民秋 清史 氏
現状のITシステムの課題を踏まえつつ、将来の成長やデータ活用を図っていくために、モルテンは2024年初めにアーキテクチャーの検討やソリューションを選定。ERPの「SAP Cloud ERP」とデータ基盤の「SAP Datasphere」を中心としたSAPを活用するシステムの構築を決定した。
SAPを選定した理由について、民秋氏は次のように述べる。「モルテンは海外にも拠点がありますので、グローバルスタンダードなソリューションを選ぶべきと考えました。また、これまでのITシステムは作り込みをしたがためにメンテナンスが困難になっていたという課題を踏まえ、カスタマイズは極力避けたいと考えていました。SAPには世界中のリーディングカンパニーで蓄積された業界や業務の知識が反映された標準プロセスに、企業側の業務を合わせる『Fit-to-Standard』という考え方があることを知り、当社のニーズに最適と判断して選定しました」。
民秋氏は2010年に代表取締役社長に就任して以来、「オンリーワン・ナンバーワンの企業」になることを目指して様々な施策を進めてきた。その一つがIT環境の整備である。自動車部品サプライヤーの米国法人で勤務した経験を持つ同氏は、モルテンに入社したときにIT環境の彼我の差に大きな課題を感じたという。
「当時のメーラーにはアドレス帳がなく、メールを社外から読むこともできず、また、導入していたグループウェアは機能もユーザーインターフェースも、とても使いにくいものでした」と、民秋氏は振り返る。
「まずは、『普通の会社になろう』と考えて取り組みを進めました」(民秋氏)
まず、メーラーやグループウェアを当時リリースされたばかりのクラウドサービスに刷新し、使い勝手の改善を図った。また、社内に設置していたサーバーをデータセンターに移すとともに、データバックアップの運用も改めた。さらに、エンジニアに対して1人1台のパソコン(ワークステーション)を支給した。それまでは一部が共用だったという。
IT環境において「普通の会社」になった後に、同氏が取り組んだのが、事業ごとに分散していた開発拠点の集約だった。第二の創業期と捉え、2022年11月、製品開発機能と本社機能を集約した「テクニカルセンター molten [the Box]」を広島西飛行場跡地に開設。フルサイズのバスケットコートを設けたり、建屋の外でひつじを飼育したりと、「エンジニアの創造性を引き出すために様々な仕掛けを取り入れた」(民秋氏)。
molten [the Box]を象徴する入口正面の大階段(写真上左)。エンジニアがアイデアをすぐに試作品として形にできる、工作室「the Studio」を建物の中心に設置(写真下右)
これらの施策の次に取り組んだのが、データドリブン経営へのシフトだった。そのプロジェクトは「Project DIVE into DATA DRIVEN(P3D)」と名付けられた。
