グローバル・サプライチェーンを巡る企業オペレーションは、新たな局面を迎えている。従来の効率化に加え、レジリエンス(強靭性)やトレーサビリティの向上、さらには脱炭素への対応を含めた全体最適が求められるようになり、サプライチェーンそのものを経営戦略の中核として再定義する必要性が高まっている。こうした状況を踏まえ、「次世代グローバル・サプライチェーンをいかに実現するか」をテーマに、産業用機械、素材、計測制御、物流といった各分野の企業が集い、実現に向けた課題とそのアプローチについて議論した。
このセッションでパネリストとして登壇したのは、工作機械事業を展開するDMG森精機の太田圭一氏、計測・制御技術を基盤に産業インフラを支える横河電機の永井博氏、先端素材・化学材料を提供するレゾナックホールディングスの井深栄治氏、海運を中核にグローバルな物流網を展開する日本郵船の林光一郎氏の4名。進行役は日経BP総合研究所の三好敏が務め、議論は大きく3つのテーマに沿って進められた。最初のテーマは「グローバル・サプライチェーン再構築の現状を探る」。続いて「サプライチェーン・マネジメント改革の実現を阻む壁は何か」。最後のテーマは、「次世代サプライチェーン実現に向けたアプローチはどうあるべきか」である。
最初のテーマでは、企業におけるグローバル・サプライチェーンの変革が、どのような領域で、どこまで進んでいるのかを俯瞰することを目的に、各社が現状認識と具体的な取り組みを紹介した。
DMG森精機の太田氏は、工作機械という輸出管理対象製品を扱う産業特性を踏まえ、拠点の地域分散と、同時に高度な統制が不可欠であることが、変革の前提になると指摘した。拠点が分散すればするほど、各地域での判断や運用のばらつきが生じやすくなり、全体最適とリスク管理を両立させるための統制の重要性が高まるためだ。その上で、製造現場とIT(情報通信技術)を一体化した「MX(Machining Transformation)」による生産革新が、同社のグローバル展開を支える基盤になっていると述べた。さらに、国・地域ごとに異なる法規制に対応した体制作りにも継続的に取り組んできたという。「生産拠点の約半数がドイツを中心とする欧州に集中しているため、欧州を起点とした課題に直面することが少なくありません。例えば、ドイツではサプライチェーン・デューデリジェンス法が成立しました。現在、17の工場を7カ国に展開していますが、こうした法規制には、あらゆる国や地域のパートナーやサプライヤーにも同じ水準で対応してもらう必要があります」と太田氏は現状を説明した。
12カ国に17の生産拠点という広範な生産ネットワークを持つ横河電機は、各工場を有機的につなぎ、グローバルな規模での需要予測と生産の最適化に取り組み、在庫削減、キャッシュフロー改善、納期精度向上などの成果を上げている。一方で、多様化する要求に応えるため、仕組みのさらなる高度化に挑戦していると永井氏は現状を語り、地域特性や商習慣を超えた連携強化を次のステップとして推進していると強調した。
レゾナックホールディングスの井深氏は、半導体材料においては、市場変化のスピードそのものが最大のリスクになっていると指摘した。「AI半導体市場では技術革新の進展が極めて速く、需要構造も短期間で大きく変化します。そのため、個々の事業や工場といった限定的な単位での検討では、変化への対応が後手に回りかねません。グローバルな規模のサプライチェーン・マネジメント・システム(SCM)を駆使して、世界全体の需要変化を迅速かつ的確に分析する必要があります」(井深氏)。
日本郵船の林氏は、世界的なコロナ禍を経て、国際輸送が「ニューノーマル」の時代に突入したと物流業界の変化を説明した。港湾作業者不足、運河の通行制限、武装勢力による商船攻撃などが相次ぎ、運賃は下落基調から大きく変化する局面に移っているという。「こうした状況下でも社会的に求められる輸送責任と持続的な利益を両立させるために、地政学リスクをいち早く把握して、配船やサービスネットワーク、ロジスティクスの運営を柔軟に見直せる体制の準備をしています」(林氏)。
第2のテーマ、「サプライチェーン・マネジメント改革の実現を阻む壁は何か」では、サプライチェーン変革を進める中で各社が直面している課題に焦点を当て、改革を阻む要因を掘り下げた。
DMG森精機では、複数工程の集約によるリードタイム短縮、太陽光発電や鋳物リサイクルによるCO2削減など、サプライチェーンの改革につながる社内の改善を多面的に推進している。一方で、法規制対応や情報セキュリティの強化といった課題も浮上している。「規制対応では、パートナーやサプライヤーにも同じ基準で対応してもらうために、サプライチェーンのリスク管理とサステナビリティを支援するプラットフォーム『IntegrityNext』を導入しました。ただし、各社の情報システムの連携が進むほど、セキュリティリスクも高まります。対策の強化はサプライチェーン全体で取り組む必要があります」(太田氏)。
横河電機では、グローバル全拠点を対象とした情報システムを構築し、需要予測や在庫の統合管理を実現。既存の個別最適を超え、グローバル連携のさらなる強化に挑戦している。「これを乗り越えるには、従業員の意識や組織文化そのものを変えていく必要があります。現場が自律的に変革を進められるマインドセットを育てることが重要です」と永井氏は指摘した。
レゾナックホールディングスの井深氏は、「レジリエンス強化には、サプライヤーの動向だけでなく、素材の由来を把握することも欠かせません」と指摘した。こうした考えのもと、同社ではサプライヤーの需給情報に加え、素材産地や採掘地情報など調達原料に関するデータを一元管理できる体制構築を進めている。
日本郵船の林氏は、物流の立場から、リスクの所在が不明確な契約慣行が変革の障壁になっていると指摘する。「リスクの所在が不明確なままでは対応が遅れます。荷主と物流事業者の間で、リスクやコストを可視化し、共有する仕組みが必要です」と述べた。
最後のテーマ、「次世代サプライチェーン実現に向けたアプローチはどうあるべきか」では、これまでに挙がった課題を踏まえ、次世代グローバル・サプライチェーンのあるべき姿と、その実現に向けた考え方が示された。
DMG森精機の太田氏は、QCD(品質・コスト・納期)を軸にした単線的な最適化では限界があるとし、「デジタル技術を活用し、すべてのパートナーやサプライヤーと連携して変革に取り組む体制が不可欠だ」と強調した。横河電機の永井氏は、人材と企業文化の重要性に触れ、「多様化するサステナビリティ要求に対応するには、技術だけでなく、適切なマインドセットを備えた人材の育成が欠かせない」と改めて強調した。
レゾナックホールディングスの井深氏は、産業や国境を越えた連携の必要性を指摘した。「米欧中が産業政策を強化し、それぞれの思惑でサプライチェーンを再編する動きが進んでいます。こうした変化に柔軟かつ迅速に対応するには、企業や業界の枠を超えた協力が重要になります」。
日本郵船の林氏は、リスクを金額として可視化し、サプライチェーン内で共有することで全体としての負担を最小化する、そういう仕組みを協力して作っていくことの重要性を強調した。「金銭的リスクという機微な情報を共有するからこそ、これまで以上に信頼関係が問われるでしょう」(林氏)。