消費行動の変化、物流の人手不足、地政学リスク、環境規制など、小売・流通のサプライチェーンを取り巻く環境は激変している。そうした中で、リアル店舗や電子商取引(EC)、物流からメーカーまでを含めてデータをつなぎ、需要起点でサプライチェーンを再構築していく取り組みが不可欠になってきた。米国で先行した小売・流通業界のサプライチェーン変革は、日本でどのように進展しているのか。現状と課題、今後の取り組みを見ていく。
消費財の小売・流通産業では、サプライチェーン革命が米国から起こり、大きな成果を挙げた。一方で日本の小売・流通産業はその波に乗り切れていない。単に小売とメーカーを結ぶ在庫最適化のための販売時点情報(POS)の共有だけでなく、小売・卸とメーカーが、対等なパートナーとして店舗別の商圏分析を協働で行い「当該商圏での需要創造方針」「商品計画」「販促計画」「発注から分割出荷、入荷の際の検品業務」などを動的に効率的に管理していく、業界で共通の標準化された協働活動が普及し進化を遂げた。いわゆるカテゴリマネジメントや「CPFR(Collaborative Planning, Forecasting and Replenishment)」、GS1-SSCC-ASNである。欧米の消費財流通産業(メーカーを含む)だけでなくアジア先進企業でも日本より先行して普及してきた経緯がある。
モデレーターを務める日経BP 経営メディアユニット長補佐の山崎良兵は、「米国で起きたサプライチェーン革命と日本の現状、AIなどのテクノロジーによる変化について、議論を深めていきたいと思います」と口火を切った。
野村総合研究所の藤野直明氏は、「米国ではウォルマートがリーダーとなって取引先の製造業だけでなく、競争相手の小売業をも巻き込み、いわば消費財流通産業全体でサプライチェーンマネジメントの高度化を推進するというパラダイムの転換が起きました。標準の業務モデルを確立し、取引交渉の体制も変革しました。例えば、従来は小売バイヤーとメーカー営業だけの接点しかありませんでしたが、ロジスティクス(物流)、マーケティング、販売、財務、経営管理、そしてITといった多様な部門が各社でチームを形成し、“チーム対チーム”で企業間での協働活動を行う、いわゆるダイヤモンド型の取引業務モデルに変わりました。具体的にはカテゴリマネジメントやCPFR、GS1-SSCC-ASNなどの標準の業務モデルが広く普及しました。消費財流通産業全体が最終消費者に対してベクトルを合わせ、一体となった動きを、ムリムダムラなく行うための構造改革です。在庫をめぐって腹の探り合いを行うという文化は無くなりました」と歴史を振り返る。1990年代後半のことだ。
「第二の波がオムニ(=全)チャネルリテイリングです。2000年代に入り、アマゾンの成長とスマートフォンの拡大など、小売業では従来の店舗チャネルだけではなく、ECチャネル、スマートフォン、コールセンターなど多様な顧客接点が生まれました。この時、全チャネルで同じ商品を取り扱い、かつチャネル横断で在庫が引き当てられるのか、顧客の購買履歴やプロモーションは統合的に行えるのかという課題が生じました。消費者にとっては便利ですが、実は企業側の適応は容易ではありませんでした。『IT構造』ではチャネル別に開発されてきたシステムの統合、『組織構造』ではチャネル別のマーケティング組織の統合、『物流構造』では、分散管理された在庫のオーダー引き当て業務の統合などの変革が必要となったのです。2010年代のことです。さらに、2020年代に入り小売業が広告産業に本格的に進出し成功し始めました。広告が実際に商品の販売につながったのかどうかを検証できるのは小売業だけだからです。これがRMN(リテイルメディアネットワーク)です。RMNは過去の『構造改革』を前提としているため、広告主である製造業と小売業の協働が可能である点が極めて重要です」(藤野氏)
米国ではこうした小売業の発展のステップを踏んでいる一方で、日本とはどのような差異があるのか。日清食品の深井雅裕氏は、「1つは根本的に商流や物流が違うこと。卸がない米国だから実現できた部分があります。もう1つは、ウォルマートやアマゾンといった小売の力が圧倒的に強く、彼らが主導して改革が進められたことでしょう」と語る。こうした点が、日本で本質的な変革に至らない要因と深井氏は指摘している。
一方で、米国で先行したCPFRと呼ばれる、メーカーや卸、小売が協力して需要予測や在庫補充計画を共同で行い、サプライチェーン全体の効率化と在庫削減、欠品防止を目指す取り組みも、日本で始まりつつある。日清食品の深井氏は、「日本でも現代版CPFRの素地が生まれ始めています」という。その1つの取り組みを主導するのがRetail-CIXだ。SCM最適化を手掛けるRetail-CIXは、NTTグループのNTT AI-CIXと、ディスカウントストア「トライアル」などを運営し、「西友」の買収で脚光を浴びるトライアルホールディングス傘下のRetail AIの合弁企業である。
Retail-CIXの社家一平氏は「日本でCPFRなどの共同計画が進まない理由の1つは様々あるデータの価値が正確にわからないことです。このためすべてのデータを抱え込んだり、闇雲に価格を釣り上げたりしてしまって、データ流通がうまくいきません。もう1つは、データを提供して共通化するために情報の取得や整理の負荷がかかる小売と、共通化データにより効率化したものづくりができるメリットを得られるメーカーのギャップです。このような課題をパートナーシップで乗り越えられるようにする必要があります」と語る。
そうした中でRetail-CIXでは、トライアルホールディングスとNTTの技術を活用し、発注・物流・補充・在庫などのプロセスをAIで一体最適化するプラットフォームを構築した。日清食品の深井氏は、「日清食品とトライアルホールディングス、Retail-CIXのチームで、サプライチェーンの中でどのように情報が伝達していくかを明らかにしています。そこからムリ・ムダを発見して相互に歩み寄れば、サプライチェーン全体をどこまで効率化できるか検証しています」と語る。メーカーと小売の間では、価格や数量などの条件交渉がやり取りの中心になりがち。それをサプライチェーン全体の業務プロセスまで可視化し、困りごとの共通認識を持った上で最適化していこうという取り組みだ。
野村総合研究所の藤野氏は、「素晴らしい取り組みです。ダイヤモンド型への変革は言うのは簡単ですが、日本で具体化することは容易ではなかったです。旗を振る経営者がいなかったのです。日清食品とトライアルホールディングスなどの取り組みにより、海外とも勝負する土俵ができてきていると感じます」と評価する。
実際、センターから店舗までの業務プロセスをモデル化し、発注により物流や補充までの負荷がどう変わるかを可視化できるようにした。実証実験では補充作業人員の23%削減など、大きな効果が現れ始めている。
山崎は「企業の壁を越えたパートナーとして、これまで見せたくなかったデータまで見せられるようになったということが大きいと感じました。なぜそうした関係が実現できたのでしょうか」と問いかける。
Retail-CIXの社家氏は、「データは、出てしまったら何が起こるかわからないから出せないと考える企業が多くあります。それならどのデータをどの粒度で出せば何が起こるかを仮説検証することが必要だと考えました。データを共有してウィンウィンの関係ができることを実証することが大切で、その一歩を踏み出したところです。同時に、トライアルホールディングスが、情報を提供してでも世の中を変えていきたいというマインドを持っていたことが後押ししました」と実証の背景を語る。
Retail-CIXではメーカー、卸、小売など、これまで独立して動いていた作業を、サプライチェーン全体でつないで同期させるSCMプラットフォームを構築している。「何をすると何が減るかの最適化ができる発注システムができました。トライアルホールディングスの実証でもポテンシャルとして数十億円規模の削減が見込まれています」(社家氏)。さらに、プラットフォームとAIを活用することで、物流の偏りの平準化も支援する。店の中に商品がなくならない程度にAIが商品を寄せて発注することで、余剰在庫の削減や発注の平準化を実現する。
野村総合研究所の藤野氏は、「日本では、SCM変革はともすると“絵に描いた餅”と言われてきました。日本の商取引は欧米とは異なる進化を遂げてきた、と。しかしながら、こうしたプラットフォームが誰でも合理的な料金で提供されるようになると、日本でもSCM変革が具体化できそうですね」と語る。日清食品とトライアルホールディングスの実証が1つの型になれば、数年後には特定のカテゴリーでの横展開も期待できる。このような取り組みに、2社だけではなく多数の企業が参加すれば、サプライチェーン全体でムリ、ムダ、ムラを減らして効率を大幅に高めることにつながる。
日清食品の深井氏は、「徐々に一緒にやろうという雰囲気が醸成されています。サプライチェーンでも、競争領域と非競争領域を明確にして、新しい価値を作っていけるようになると、日本でも変化が進むでしょう」と語る。野村総合研究所の藤野氏は、「日本の現場は優秀で熱心で真面目に努力しています。しかしながら、現場は部分でしかなく部分での改善には限界があります。現場の努力が流通システム全体の生産性向上に繋がるように、サプライチェーン全体を見据えた改革が必要です。それには各社の経営層のリーダーシップと相互の信頼が必要です。CLOやCSCOが重要な理由がここにあります」と、俯瞰的な視座での経営層の役割の重要性を強調した。
山崎は、「変わろうといいながら変われない30年が日本では続いてきました。変化への意思と勇気を持って力を合わせて推進する取り組みが、業界全体の効率改善につながることに期待しています」とサプライチェーン変革の実現にエールを送った。