不確実性が高まる中、「現場力」によって支えられてきた日本企業のサプライチェーンマネジメントが在庫過多や効率悪化のジレンマに陥っている。今求められているのは、短期的な個別最適を繰り返すやり方ではなく、データとシステムの標準化「Fit to Standard」により、全体最適のアーキテクチャを描くことだ。経営・現場・学術、それぞれの領域のキーパーソン3名を招き、次世代サプライチェーンマネジメントの在り方を議論する。
現在、サプライチェーンをめぐっては、地政学的リスクや地球規模での急速な気候変動に伴う災害の発生、あるいは人権問題への対応など、複雑な課題が絡み合っている状況だ。「今日の不確実性の時代にあって、切実なテーマとして挙げられているのが、有事を見据えたサプライチェーンにおけるレジリエンス(回復力・適応力)をいかに高めていくかという問題です」と日経BPの松井健は切り出す。
これに対しパナソニック コネクトの樋口泰行氏は「そうした有事を考える以前に、特に日本企業にとって、より重要な課題だと考えられるのが、そもそも平時からサプライチェーンマネジメントが適切に行われているかということです」と語り、サプライチェーンマネジメントが十分に機能していない場合、在庫の過多や欠品が発生し、設備利用率の低下を招くなど、経営効率に影響を及ぼす状況が多くの国内企業で見られることを指摘する。
その原因といえるのが、ビッグピクチャーを描く、つまり全体最適で考えることを日本企業が苦手にしているという事実だ。「日本では現場が非常に優秀であることから、サプライチェーンの問題が現場の問題に矮小化され、ボトムアップの改善に終始するケースも少なくありません。その結果として、非効率が生じ、リーダー層におけるITやサプライチェーンマネジメントに関する理解が十分に浸透しないまま、システムの導入などが後手に回るという状態を招いている場合もあります」と樋口氏は語る。
これに対し、鴻池運輸の鴻池忠嗣氏も賛意を示し、多くの日本企業が、倉庫や物流の現場にロボットやフォークリフトなどの機器のみを導入し、プロセスの自動化に終始している面もあると指摘。「それは第三次産業革命における自動化であって、我々が今取り組みを進めていかなければならないのは、第四次産業革命(Industry 4.0)とも言えるサプライチェーンの全体最適化です」と鴻池氏は語る。
現状のままでは、倉庫など各現場単位での最適化はできても、サプライチェーンの全体最適化には至らず、在庫過多や欠品、リードタイムの長期化が避けられない。また、システムの乱立が、サプライチェーン全体でのプロセスの可視化を困難にしてしまうという問題もある。さらに、拠点ごとにシステムの仕様が異なり、個別開発が進むと、他の拠点へのノウハウの横展開も阻害される。
「そこで、第四次産業革命の推進に重要な意味を持つのが、各倉庫や工場でバラバラなやり方で進めるのではなく、データやシステムを標準化し、どこでも同じルール、同じ仕組みで動かせるようにする、いわゆる『Fit to Standard』へと舵を切ることです」と鴻池氏は強調する。
さらに、学習院大学の河合亜矢子氏は、日本のサプライチェーンマネジメントが抱える課題について、日本企業の強みである「適応力の高さ」が、むしろ足かせになっているのではないかと指摘する。
「これまで企業は、中長期的な視点で全体のアーキテクチャを考えるのではなくということが欠如していることで生じる様々な弊害を埋めるために、その適応力の高さを活かして、短期的な課題に対してパッチを当てて対応する傾向にありました。その結果、『あぜ道がいつの間にか街を形作っていくような複雑怪奇なシステム』ができ上がっています」と河合氏は説明する。要するに、現場が優秀であるがゆえに「人力」でうまく回せてしまうことが、かえって抜本的なシステム変革を遅らせる要因となっているという指摘だ。
こうした日本企業におけるサプライチェーンが抱える課題を、いかに解消すればよいか。例えばパナソニック コネクトでは、Blue Yonderのサプライチェーン計画系ソフトウェアを活用し、自社のある事業部においてS&OP(販売・業務計画)のシステムを構築した。
「導入前には、例えば需要予測なども各販社がバラバラのシステムに対して情報を入力し、そこからExcelに抽出したうえで、電話やメールを通じて複数の部署や担当者の意思を確認しながら、1週間ぐらいかけてPSI計画を作成するという運用でした。しかし、システム導入後はデマンドを共通化されたワンデータでつなぐことが可能になり、ものの数時間で作業を完了できるようになりました」と樋口氏は紹介する。
もっとも、これまで人手で作っていたデータがワンデータにしたことで、各所で不整合が顕在化する事態にも直面したという。樋口氏は「そうした局面で、『元に戻したほうがよいのではないか』という声が出ることもあります。しかし、そこで方針を揺るがせてしまうと、結果として何も変わらない。そこでリーダーがワンデータで進めるという方針をあくまでも貫き、それに基づいて課題を一つひとつ解きほぐしていくことが重要です」と強調する。
これに対し鴻池氏も「ワンデータとなるマスターデータをしっかりと確保して、トップダウンで取り組んでいくことが肝要ですね」と賛同する。
また、今後のAI活用を見据えた際にも、そうした確たるデータ基盤の存在が不可欠である。「システムが乱立している状態では、AIの恩恵を享受することはできません。まずはWMS(倉庫管理システム)などの標準化を進めて、ERPとの自動連携を実現することが、AI活用のスタートラインになるものと考えます」と鴻池氏は語る。
さらに今回の鼎談では、国が定める「新物流2法(物流の効率化・適正化に関する法律)」などにおいて、企業に求められるCSCO(最高サプライチェーン責任者)やCLO(最高物流責任者)というポストの創設についても議論が及んだ。
これについて河合氏は「物流領域のみを最適化しても不十分であり、販売・調達から企業戦略までを一貫して設計・管理するCSCOの設置は重要です。物流は独立した問題ではなく、SKUの絞り込みや部品の共通化といった経営判断と密接に関連しています。そうした意味で、CLOに関する議論だけが加熱しても、サプライチェーンの視点が日本に根付くかどうかは、やはり疑問が残ると言えます」と指摘する。
鴻池氏は「『型を学び、応用する』という日本の武道精神にも見られるアプローチをサプライチェーンマネジメントにも適用し、まずはグローバルの標準的な型を習得するところから始めるべきだと思います。我々物流会社も、データに基づいた積極的な改革案をお客様に対して提示していくべきであると捉えています」と語る。
最後に松井は「我々日経BPでも、今後も次世代のサプライチェーンのあるべき姿についての取材をさらに進め、適時皆様に最新情報をお伝えする機会を積極的に設けていきたいと考えています」と述べ、セッションを閉じた。