対談 住友商事株式会社 代表取締役 社長執行役員CEO 上野真吾氏 × 元スピードスケート日本代表 髙木美帆氏

現状維持は退化髙木美帆氏と語る、成長し続ける個と組織の条件

変化の中で成長し続けるには、何を磨くべきか。髙木美帆氏は「現状維持は退化」という経験から、日々の更新と「なりたい姿」を語る。上野真吾社長は、住友商事のチーム文化を前提に「局面では個が担う」現実と、自責・対話の積み重ねを示す。余白の時間が人の幅をつくり、AIは便利でも判断は人が引き受ける——競技と経営の共通点から、個と組織の伸ばし方をひもとく。

「時間の質を上げる」 引退直前に住友商事の入社式で語ったこととは

上野真吾(以下、上野) 今年4月の住友商事入社式では、ご講演いただきありがとうございました。

髙木美帆(以下、髙木) 講演という形で企業に関わらせていただくのは初めてでした。私自身もスケート人生の区切りのタイミングだったので、自分の強みや、これからの人生でも大事にしたいことを考えていく中で、「時間」という言葉が出てきました。他の選手との差別化を図るうえで、競技生活を通じて、練習時間の質を上げること、食事や睡眠など練習以外の時間でどう過ごすかを意識していたので、それを伝えたいと思いました。

上野 とても印象的なお話でした。私が今、従業員に伝えているのは、「時間の使い方」です。遅くまで仕事をしていた人が定時に帰れるようになったら、残りの時間を有効に使える。全く仕事と関係なくていい。むしろ関係ないほうがいい。そういう時間が、人間的な魅力を高めることになると思っています。

チームとしての一体感がベース その上で局面では個が問われる

上野 早速ですが、髙木さんはナショナルチームに所属されたり、多国籍メンバーとのチームを立ち上げたりしていましたよね。スピードスケートは個人競技ですが、チームという側面もあったのですね。

髙木 スケートをやるうえで必要なサポートは、コーチだけではなく、マネージャーや体のケアをしてくれるトレーナーなど、選手1人に対して4~5人のスタッフをつけるので、費用面でも、人材確保の面でも厳しい。だからこそ、個の力を伸ばすためにも、チームとして集まり、交流し合うのが大事だと強く感じていました。

上野 チームの中での個の力ということですね。チームと言えば、住友商事は戦略や方向性を決め、チーム一丸となって進めることをカルチャーとして大事にしています。さらに、私が社長になってからは、「個の力が実は大事だ」と伝えています。お客様と交渉する時は、チーム全員で行くわけじゃなくて、担当者が1人で行く場合もある。その局面でどうするかは個人の力です。チームの意識が強く根付いているからこそ、チーム力を高めるために個の力を高めることが重要だと伝えたいのです。

髙木 他にも、1人だと自分の成長率というか、自分基準でしか判断できないですよね。チームだと差が生まれたときに「足りないものは何だろう」って思考を巡らせて改善策を探しにいけるけど、1人だと甘さが出てしまう感覚があります。

上野 会社だと、入社同期という絆はずっと続くし、刺激になります。チームメイトの存在が自分を高めていくのに似ていますね。

髙木 自分を引き上げてくれる、刺激し合える、そういう存在は必要だなって、入社同期の話を伺って思います。一方で、ナショナルチームの時に感じた課題ですが、気持ちや熱量がそれぞれ違う中で後輩たちに何を伝えたらよかったのかなと考えます。企業は規模が大きいのでどう伝えるのかなと。

上野真吾氏

競争相手も社会も進化していく以上、企業もそれに合わせて進化していかなければダメ。だから私は「常に高みを目指す」と言い続けています

上野 私は、全社員と話をするのを目標にしています。演台に立って上から話すのではなくて、30人くらいの社員と、同じ目線で座って「今どう感じているか」を直接聞くSHINGO CAFÉという場を設けて、70回ほど実施しています。実際、上から下に伝達するうちに全然違う受け止め方になっていることがある。現場に降りて話を聞くと「私の想いと違う」というのが如実にわかる。分かり合った上で、会社を成長させていくために、どのような戦略、仕組み、考え方を導入したらいいのかと考えながらやっています。

髙木 社長はお忙しいじゃないですか、絶対。そういった時間を作ること自体がすごいなと思います。

AI時代の構想力 考えることの面白さ

髙木 これまでのスケート人生の中で得た私の強みとして思考力があったと思っているのですが、引退後にやりたいこととして、考えることの面白さを子どもたちに伝えたいなと。AIが普及していく中で、「考えること」の必要性が増していくと思っています。

上野 本質を突いたご指摘だと思います。AIはかなり進化していて私もいつも使っているのですが、効率化のために使うのは良いけれど、正しい答えはその中にはないと思っています。判断するのはどこまでいっても人間。仕事がうまくいかなかった時にAIが言いましたからと言い訳する世界が来るのは怖い。思考力とおっしゃっていましたが、私は、「構想力」と言っています。まずは夢でもいい、夢想するところから始めて、それをビジネスの構想にして、現実にしていく。新しいものを生み出すときには構想力が欠かせないと思っています。

髙木 「学び」というのは模範から始まって、その掛け算で新しいアイデアが出てくる。しかしそのアイデアの良し悪しの判断は、身体を操って行うスポーツという現場において、アスリートは他でもない自分自身が実行しなければいけない。自分の中に知識や経験を積み上げ、記憶していく大切さがここにある。だからこそ、思考や判断をしなくなると大きな差として表れて、成長も止まってしまうと感じています。

髙木美帆氏

スポーツは日々状態の変わる身体が資本なので、同じことを続けても現状維持にならない。つまり、現状維持をしたいという思考では退化するということ

現状維持は退化 常に高みを目指そう

髙木 私は約12年前、一度、日本の代表メンバーから落選したことがあります。大学に進学して環境がガラっと変わったときに、自分のスケートに対する取り組み方だけは変えない、コーチが教えることも受け取らないと決めて自分のスタイルを貫くみたいな感じでした。でも、それは現状維持ですらなく、退化でした。スポーツは日々状態の変わる身体が資本なので、同じことを続けても現状維持にならない。つまり、現状維持をしたいという思考では退化するということです。

上野 企業もまさに同じことです。競争相手も社会も進化していく以上、企業もそれに合わせて進化していかなければダメ。だから私は「常に高みを目指す」と言い続けています。「このままでいいよね」と現状に甘んじると、周りの進化に追いつけなくて退化してしまいます。

他責から自責へ 自責のとき人は集まってくる

髙木 うまくいってない時期、他責にしていることがありました。「あの人ができないから私もうまくいかない」みたいに捉えてしまう。でも結局、自分の中に問題があるのに目を向けずに他人に転嫁していたり、コーチに意見を求めてばかりで自分で判断しなくなったり……そういうとき、伸び悩んでいたなと思います。

上野 私は自責という言葉を使っています。自責と先ほどの個の力の話はパッケージ。チームで「みんなでやったのだから自分の責任じゃない」と考えてしまい、それで終わってしまったら何の進歩もない。その局面でどう対応すればよかったのか、自分に欠けていたものは何だったのか、議論しながら個の力を伸ばしていく。そうして初めてチーム力も伸びるのです。

髙木 面白いことに、自責のときって助けてくれる方がたくさんいるなって感じます。うまくいっていないときに、フォローしてくれる方が自然と増えます。他責にしているときは人が離れていってしまっていました。だから自責になることを怖がらなくてもいいのかなと。

上野 なるほど。その通りですね。私もどこかで使わせてもらいます。

社会的価値を高めることが持続的な成長に繋がる

髙木 加えて、自分の心の中の声を聞くことも大切にしてきました。「自分の心の中で何をやりたいのか」を確認するようにして、その時に出てきた答えが、自分の本当の願いだったり思いだったりする。それを大切にしていると、自分がなりたいものを見失わずにいられました。

上野 その観点で、住友商事にとって何が一番大切かといえば、今も昔も社会にいかに貢献できるか。経済的価値だけに集中すると、社会的価値を損ねてでも儲けていいのか、という話になる。社会の要請に応えられていないビジネスというのは、すぐにしぼんでしまいます。社会的意義、社会的貢献も含めて事業の価値を上げていくことが、持続的な成長を生むと思っています。社会的価値を生み出しているのかという視点は、経営会議などで事業案件を議論する際に常に考えています。

髙木 今日、上野さんとお話させていただいて、住友商事という会社に対して、今まで持っていた大手企業としてのイメージが取り払われたというか。世界の変化、社会の変化に対応するためにも、社長自身も社員の方々もフレキシブルに動いているのだなと感じました。大きい企業ほど変化に時間がかかり、守りに入る印象があったので、勉強になりましたし、刺激も受けました。

髙木美帆氏

Profile

左より上野真吾氏、髙木美帆氏

上野真吾(写真左)
1982年住友商事入社。欧州での鋼管部門長や北米での鋼管グループ長を経て、2013年執行役員エネルギー本部長。2017年常務 米州総支配人、2019年専務 資源・化学品事業部門長などを経て2021年に副社長。2024年から現職。

髙木美帆
1994年北海道生まれ。5歳からスピードスケートを始め、15歳でバンクーバー五輪に初出場。平昌大会では金・銀・銅メダルを獲得し、世界オールラウンド選手権で日本人初の総合優勝。北京大会では主将として1大会4メダルを獲得、2026年ミラノ大会でも3個の銅メダルを加え、日本女子最多となる五輪通算10個のメダルを達成。1500m世界記録保持者で、紫綬褒章など受賞歴多数。同年4月に現役引退。

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