人手不足が深刻化する中、社内人材を「資本」と捉え、その価値を最大化する「人的資本経営」の視点が不可欠だ。渋沢栄一によって1878年に設立され、大企業から中小企業まで8万6000件超の会員を擁する東京商工会議所。渋沢翁の理念を受け継ぐ同所が考える、人材投資の勘所とは。そして同所が主催する「ビジネス実務法務検定試験」には、どのような思いを込めるのか。常務理事の小林治彦氏に聞いた。

小林 治彦
東京商工会議所
常務理事

2023年12月、東京商工会議所は『これからの労働政策に関する懇談会 中間レポート』を発表。「深刻化する人手不足の中、採用のみに頼らない打ち手として“『少数精鋭の成長モデル』への自己変革”が不可欠」と提言した。

小林 治彦
東京商工会議所
常務理事

採用のみに頼らない打ち手の一つが「人材育成投資」である。東京商工会議所常務理事の小林治彦氏は説明する。

「人材への投資は単なる福利厚生の延長やコストではなく、企業が生き残るための経営戦略そのもの。『この会社は自分をプロとして育て、キャリアを守ってくれる』という社員の実感が、結果としてエンゲージメント(貢献意欲)を高め、離職防止や採用競争力の強化につながります」

少数精鋭の成長モデル(下図)を実現するには、社員一人ひとりが自律的に判断し、スピード感を持ってビジネスを推進する力を得なければならない。だが、単に背中を押すだけでは、社員はリスクを恐れて萎縮してしまう。

深刻な人手不足社会を生き抜くための3つのチャレンジを「省力化」「育成」「多様性」としてまとめた図。企業には採用のみに頼らない、様々な打ち手が求められる

必要なのは、彼らが安心してアクセルを踏むための“確かな土台”だ。小林氏は警告する。「SNSでの無意識の情報漏洩や著作権侵害など、ビジネス上の法的リスクは増えています。26年からは下請法が新たに『中小受託取引適正化法(取適法)』として施行され、企業間取引に求められるコンプライアンスのハードルも上がっています。ルールを知らないまま従来通りの発注や価格交渉を続けていれば、無自覚のうちに法に触れ、企業の社会的信用を失うリスクがあります」

ビジネス実務法務検定が
“最強の盾と矛”を授ける

東京商工会議所は「ビジネス実務法務検定試験」を主催している。法的リスクを回避し、安心安全にビジネスのアクセルを踏める。そんな組織づくりに寄与する検定だ。

検定の学習を通じ、受験者はビジネスに必要な実践的な法律知識を体系的・効率的に得られる。全ビジネスパーソンが業務上理解しておくべき基礎的な法律知識を問う3級、企業の管理職、総務・法務、コンプライアンス等の担当者などが法律の専門家に相談できるレベルの知識を問う2級、法務部門の管理職レベルの知識を問う1級と、段階的に学習できる。「契約はビジネスの基本。契約を結ぶためには法律の知識は必須です。車の運転に免許が必須のように、ビジネスの共通ルールとして3級レベルの知識は全社員が持つ必要があります。正しい判断基準の実装による全社的な法務力の底上げが、アクセルを踏む“確かな土台”となり、社員のキャリアも守り、同時に企業を不祥事から守る“最強の盾と矛”になります」(小林氏)

企業のブランド力も向上
経営トップの言葉が重要

25年の3級受験者は約2万人。個人でも団体でも受験可能だが、企業として受験を課すケースも多い。例えばある中堅企業では、3級を内定者や新入社員の必須課題に、2級を若手社員の昇格要件に組み込んでいる。段階的な育成により現場レベルでも法的なチェックが可能になり、法務部との連携が劇的にスムーズになったと高く評価されている。

「また、当所が積極的に推進する『パートナーシップ構築宣言』を掲げる企業での活用事例もあります。営業部門などの顧客と直に接する部門から総務・経理部門まで、本検定を通じて、契約締結に関する実務知識や最新の法律知識を学習することで、全社的に適正な契約条件の交渉や契約管理が円滑に進められるようになりました。結果として、仕入れ先から顧客までのサプライチェーン全体で共に成長し合う良好な関係の構築に役立ち、また『誠実でクリーンな取引ができる会社』として対外的な信用力や採用ブランドの向上という目標にも貢献できたといううれしい反響をいただいています」(小林氏)

とはいえ単に受験しろというだけでは、社員は負担に感じるばかりで効果は期待薄だ。効果を高めるには何が必要か。小林氏いわく、経営トップ自ら「なぜ今この学びが必要か」という、ストーリーを語ることだ。

「適正取引の推進は単なるリスク管理ではなく、パートナーから選ばれるための“攻めの経営基盤”であること。そして法務知識は社員が自信を持って決断を下し、自身のキャリアと会社を守るための“最強の装備”であることを、明確に伝えていただきたい。このメッセージ一つで受動的な“試験対策”が、自律的な“自己投資”へと変わります」

もう一つの重要な取り組みが、受験後の小さなアウトプット機会の創出だ。「現場の会議で『今回の法改正について、学んだ範囲で共有してほしい』と促したり、契約関連の相談があった際に『有資格者としてどう思うか?』と意見を求めたりすることから始めてください」(小林氏)。小さな成功体験の積み重ねで、検定を通じた学びが実務に役立つ知識として定着していく。学びを組織として認め、活用を後押しする姿勢こそが、人的資本経営を形骸化させないための確かな一歩となる。

最後に小林氏は強調する。「ビジネス環境がどれほどデジタル化・AI化しても、最終的に判断を下し、責任を取るのは人。ビジネスの根底には常に法律・ルールが存在します。本検定は時代の要請や法改正に合わせて常に内容をアップデートしており、現代に必須の生きた知識を提供し続けています。本検定を含め『人材投資』がエンゲージメントを高め、少数精鋭の成長モデルを実現するための駆動力となることを、私たちは強く確信しています」

2026年5月15日(金)10:00~5月26日(火)18:00

次回 「2級・3級」 申込期間

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