特別鼎談

経営戦略ありきの人事変革 データとAIが切り拓く「脱JTC」への道

  • ワークデイ株式会社
    古市 力

  • 株式会社三井住友
    フィナンシャルグループ
    三井住友カード株式会社
    林 貴子

  • PayPay株式会社
    萩原 佑一

人事、財務とエージェントを一元管理するエンタープライズ向けAIプラットフォームを提供するワークデイでは、日本企業の戦略人事機能の現状を把握するために「HRモダナイゼーション実態調査」を実施した。そこから見えてきたのは、多くが外部環境の変化があっても伝統的なやり方に固執し変革をしない状態にとどまっている実態だ。AIの活用の必要性も指摘される中で、日本企業の人事の課題はどこにあり、どう変革に臨むべきなのだろうか。日本における人事の現状や戦略人事の進展に課題意識を持ち、その変革を牽引している企業・リーダーを招き、意見を交わした。(文中敬称略) ※調査方法:インターネットリサーチ 調査期間:2025/5/29-6/2 対象地域:日本国内(全国) 調査対象:従業員1,000名以上の企業の経営者、役員、会社員(課長職以上)の人事業務関係者 回答者:517名

経営戦略と連動した
人事戦略が必須になる

ワークデイ 古市力 「HRモダナイゼーション実態調査」で日本企業の戦略人事の成熟度を「JTC(Japanese Traditional Company)」「脱JTC(変革に着手)」「ワールドクラス(グローバル先進企業と同等)」「AI-ready(人とデジタルの融合)」の4つのステージに定義して、自社の現状に関する意識調査を実施しました。結果は、約7割がJTCで、脱JTCが2割、ワールドクラスは1割に過ぎませんでした。どう思われますか。

日本企業の成熟度ステージ別に変革成果及び目指すべき状態の実現状況を検証

図:日本企業の成熟度ステージ別に変革成果及び 目指すべき状態の実現状況を検証
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三井住友フィナンシャルグループ/三井住友カード 林貴子 脱JTCは、私の実感では2割に達していないのではないかと思います。ジョブ型人事を導入したという企業でも、実態はまだまだ旧態依然とした運用が残っているのが現状ではないでしょうか。脱JTCが少ないのは目指すゴールが曖昧な企業が多いからです。

 JTCの企業では昭和、平成を生き抜いた生え抜きの経営者が同質性の高い組織を率いるケースが多く、価値観が硬直化しがちです。特に現状のビジネスが成果を上げている場合、人事戦略を見直す切迫感が生まれにくいのです。

林 貴子 氏

株式会社三井住友フィナンシャルグループ
執行役員 グループCHRO補佐
三井住友カード株式会社
常務執行役員 戦略人事部
林 貴子

古市 たとえ今は業績が好調でも、今後は労働人口の減少など、構造的な変化や課題がすでに見えています。だからこそ視座を高く持ってワールドクラスを目指していただきたいところです。

PayPay 萩原佑一 人事戦略は経営戦略に連動すべきです。経営戦略として、戦うドメインと競争優位をどこでポジショニングするか、それを受けて組織のケイパビリティとして、実行する組織をどう設計するかが重要です。

 当社の場合は、決済の市場で第一想起をとり、グローバルでデジタル金融プラットフォーマーになることを目標にしています。そのために世界中から優秀なエンジニアを採用し、人事制度・ポリシーを最初からグローバル水準で整える、つまり図にある「ワールドクラス」を目指していました。

 萩原 佑一 氏

PayPay株式会社
コーポレート統括本部
HR本部 本部長
萩原 佑一

 経営戦略に人事戦略が連動すべきとは、まさにその通りですね。今うまくいっているからと経営戦略自体を変える必要がないと考える企業では、変わりゆく未来像を想定して現状を見直す視点が欠けるため、人事戦略の変革も進まないのは当然です。

経営のパートナーとして
事業の成長を最優先する

古市 調査では戦略人事の変革を推進中の企業で「成果なし」と回答した企業の多くが「変革を推進する人材の不足」「マネジメントの強いリーダーシップの不足」を課題に挙げています。今の企業の人事にはどのような課題があると思われますか。

古市 力 氏

ワークデイ株式会社
エグゼクティブ・プレジデント 兼 日本代表
古市 力

 JTCでは人事は人材を「管理」することが仕事でした。経営戦略の実現のために人的資源の活用を最大化するというステージでは、人事自身が変革の阻害要因になっているケースもあると思います。また、CHRO(最高人事責任者)は本来CEO(最高経営責任者)のパートナーとして意見具申する立場だと思いますが、CEOの意向を人事分野で実現するだけの役割になっているケースも多く見受けられます。

萩原 事業成長を第一に考えて、経営戦略から人事戦略を考えないと変革は起こせません。人事が事業の成長を阻むようなことはあってはならないことです。現状の人事体制がこうだからと逆流させてはいけません。 世界で勝つためには、全社員が事業に「夢中」になれる環境構築が必要です。「努力」は「夢中」には勝てませんから。人事は、従業員にとって居心地が良い会社を作るのではなく、全社の心拍数を上げる、つまり社会にとって良い事業、株主にとって良い会社を作るべきです。事業成長に寄与しない優しさは、単なるコストでしかありません。そのための人事制度を最初から設計しました。

 人事を変えるきっかけになるのはデータです。組織が大きくなれば人間が把握できる情報だけでは限界があります。昔は「人事部員は3000人のデータを頭の中に入れろ」と言われ、異動やキャリアパスを考えていましたが、事業の多角化、人材の多様化が進む中で、実は把握しているのは嫌われ者と人気者とスーパースターと落ちこぼれだけ。その他の真面目に働く多くの社員一人ひとりの個性やスキル、課題、思考まで十分に把握できていないのが現実ではないでしょうか。

古市 私も同感です。人の記憶や印象に頼る人事では、把握できるのは一部の社員に限られます。たとえばスキルベース組織を実現するには、スキルを可視化し共通の評価指標を持つことが不可欠で、その出発点がデータ基盤の整備だと考えています。

社内のデータを統一して
ファクトベースで考える

古市 今はAI活用が経営アジェンダになっています。人事領域でAIエージェントなどAIを活用するためにどのような備えが必要になるのでしょうか。

萩原 当社ではディープラーニングの時代から一貫して、人事領域においても工学的なアプローチでデータドリブンな意思決定を行ってきました。AIエージェントが自律的に価値を発揮するためには、正確で高解像度なデータ基盤が不可欠であり、所属組織や社員コードといった静的な人事データに加え、コミュニケーションや行動ログといった動的データを統合しています。過去や未来を分析・シミュレーションするだけでなく、AIとともに「未来を創る」段階に入ったと考えています。

ワークデイ 古市力、三井住友フィナンシャルグループ/三井住友カード 林貴子、PayPay 萩原佑一

 SMBCグループでもAIの活用を始めています。AIネイティブ世代ではない中堅社員層で、最初は抵抗感を持っていても、AIの方が効果的に業務ができるというように考えが変わってきます。一方で、AIの実装については、金融機関で内製化することは難しいので外部の専門業者との連携が不可欠です。AI導入の効果測定をどう考えるか、セキュリティやコストの問題など、導入の範囲やステップは十分に検討する必要があります。グループ内でもAIを活用できる人材を育成していかなければならないという意識は高いです。

古市 人材をどう育てるのかは今後ますます大切になってきますね。社内には抵抗勢力もあるでしょうし、内製化と外注化のバランスも必要です。

 そこがまさに悩んでいるところです。社内人材のAIのスキルやナレッジを可視化し、学習を支援するために資格制度をつくったりしていますが、制度のメンテナンスが大変です。しかも日々の業務が忙しいなかで、たとえスキルをもっていても資格を取る余裕がない人もいます。

萩原 内製化すべきかどうかの判断軸は、それが競争優位の源泉になるかどうかです。戦略的な意思決定やコアとなるアルゴリズムは内製化しつつ、開発コード生成などコモディティ化する領域は外部サービスを活用すべきです。AIエージェントについても、ワークフロー全体をオーケストレーションし、企業のバリューチェーン全体の生産性向上につながる領域は内製化すべきだと考えています。そのため当社ではHR部全員がエージェントを開発・活用できる環境を整え、約2週間で6000個のエージェントを開発しました。

 一般に、人事は、評価、異動歴、資格情報、面談記録、自己申告書など膨大な情報をもっていますが、異なるシステムで保存されていたり、記録の様式がばらばらだったりで一覧性に劣ります。また人材ポートフォリオや人員数管理をする際に、ソースによって出てくるデータに齟齬が生じることもあり非効率です。人事戦略を推進するためには、集める情報の質の高度化も必要ですが、前提としてまず、すべての情報を正確に記録し、容易に引き出せるプラットフォームが必要だと思います。

萩原 不正確なデータを与えれば、AIは高速で間違った結論を出します。だからこそ、正確かつ高解像度なデータ基盤は「未来への投資」というより、AI時代の「生存条件」です。 Workdayのような統合基盤を入れる本質的な意義は、情報の透明性を極限まで高め、中間管理職や人事の「翻訳」を不要にすることにあります。人事・財務を含め経営戦略のデータプールを構築、社長が生のデータを直接見て即断即決できる。人の介在というノイズを減らし、純粋なデータに基づいて経営のアクセルを踏み込むために、こうした基盤が必要なのです。

古市 データが整備されていてこそ、スムーズにAIを活用できます。戦略人事の変革にあたっては経営戦略に必要な一元的なデータ基盤の整備を意識することが重要ですね。

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