空気予報 空気の未来を考えよう
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カリスマシェフに聞く空気と野菜の本当の美味しさの関係
空気と野菜の美味しい関係 前編

2017.03.28

(文/佐保圭)

いま最も予約の取れないレストラン『アル・ケッチァーノ』のオーナー・シェフ、奥田政行氏は、山形県庄内地方の野菜を使って、既存のイタリアンにはなかった斬新な料理法で、国内外から高い評価を受けている。そんな奥田氏に、料理の素材となる野菜や肉にとって、生育場所の“空気”の質がどれだけ重要か、語ってもらった。

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「テロワール(Terroir)」という言葉がある。ワインの原料のブドウの品質が、気候や土壌などの生育環境に大きく影響されることを指す。このテロワールとして「空気の質」も関係してくるのか、東京・銀座のレストラン『ヤマガタ サンダンデロ』を訪れ、奥田氏に話を聞いた。 「食べ物はミネラル以外、牛も豚も魚も野菜もコーヒーもお茶も、全部生き物です。生き物が過ごしやすい環境にいれば、その遺伝子の味を最も引き立てることができます。住みやすい環境にいる生き物が美味しくなると考えたとき、空気は、料理の素材にとって大事な要素になります」

『ヤマガタ サンダンデロ』の厨房に立つ奥田政行氏

空気の質の1つに「湿度」がある。湿度のちがいで野菜の味が変わり、その結果、料理の手法もちがってくる、と奥田氏は言う。

「たとえば、陽当たりがよく、水分の少ないところにも、時々、わさびが生えているのですが、そういったところのわさびは苦い。一方、日の陰った沢の近くに生えているわさびは、苦味が少なく、甘みを感じます。湿度という生育場所の“空気”の質で、野菜の甘いか苦いかが決まるのです」 このことが、地中海沿岸で育った野菜でつくるイタリア料理と、日本で採れた野菜でつくるイタリア料理の間に、決定的なちがいを生み出すという。

「フランスやイタリアの地中海に面した地域は陽の光が強く、乾燥しているため、野菜は苦くなります。そこで、油で炒めて苦みを中和し、すべての味を平均化させてから味付けしているのです」 西洋では、ミネストローネをつくるとき、野菜を油でソテーする作業が欠かせない。しかし、日本の野菜を使うと話は変わってくる。

「日本では『天ぷら』という調理法が出てくるまで、料理に油を使いませんでした。歴史的にみれば、世界の中で日本は唯一、料理に油を使わなかった民族なのです。もし、日本の野菜が苦くて食べられなかったら、油を使っていたでしょう。しかし、日本は基本的に温暖湿潤気候なので、空気の湿度が高いため、育った野菜は苦くなく、甘い。ですから、油で炒める作業も必要なかった」 そのことに気づいた奥田氏は、フランス料理の不朽の名著『ル・ギード・キュリネール』(オーギュスト・エスコフィエ著)やイタリア料理のバイブル『シルバースプーン』で学んだ知識や技法、数々の現場で身につけた西洋料理の規則や常識をいったん捨て去ることにしたという。

美味しい料理をつくるため 庄内野菜のテロワールを学ぶ

「日本の野菜は苦くないので、油で炒めず、水で茹でてミネストローネをつくった方が合っている。ですから、昔ながらのレシピは捨てないといけなかった」

奥田氏は笑顔で語ったが、それは、決して簡単なことではなかった。

「僕がそういう料理をつくり始めたとき、イタリアやフランスの料理人から『奥田の料理はイタリアンではない』とか『あいつは西欧料理の伝統がわかっていない』など、しばらくはバッシングを受けていました。彼らは『学んだレシピ通りにやれば、まちがいない』と考えていたんです」

しかし、ミネストローネも含めて、奥田氏の料理を食べた西欧の料理人や評論家たちの評価が高まるにつれ、その哲学と調理法の賛同者は増え続け、現在に至る。

「現在まで庄内に残る伝統的な野菜は、この地域の空気や水や土にぴったり合ったものたちです。つまり、その種に関しては、全世界のどこで採れたものよりも美味しい野菜ができている。その野菜に最適な調理法で料理をつくれば、当然、世界一美味しい料理になる。そのためには、空気も、土も、水も、この土地のすべてのテロワールについて、勉強しなければならなかった。地球上の生きとしいけるものを全部つなげていく……それが料理人の仕事なんです」

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