空気予報 空気の未来を考えよう
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カリスマシェフに聞く空気と野菜の本当の美味しさの関係
空気と野菜の美味しい関係 後編

2017.03.28

(文/佐保圭)

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イタリア料理の新たな魅力を開拓し続ける奥田政行氏は、野菜の苦味や甘みが空気の湿度によって左右されることを指摘した。さらに、奥田氏は、空気中の「水蒸気密度」が野菜の味に与える影響について語り始めた。

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「日本全国の畑を一番回っているのは、僕か、『KIHACHI』の熊谷喜八さんだと思います。それこそ、何万件という農家を回ってきましたが、いい畑ではその作物に適した水蒸気密度や空気の香りの良さを感じます」

奥田氏と熊谷氏は親交が深く、奥田料理哲学の集大成『食べもの時鑑』(フレーベル館発行)の帯には熊谷氏が推薦の言葉を寄せている。同著は、グルマン世界料理本大賞 2016アワード「HISTORICAL RECIPES」部門で日本No.1に選出された。

この空気の質が、野菜の生育に少なからず影響を及ぼすと奥田氏は言う。

「たとえば、東北の日本海側では、北東の風が吹くところがいい。北東から来る風は山林地帯を通ってくるので、葉っぱの下を通った空気の香りがします。ちなみに、新幹線に乗ったら、駅に停車してドアが開いたとき、空気を思い切り吸ってみてください。白河山地を越えると、関東と東北で空気の質が変わります。」

空気の質は、なぜ、野菜の味に影響するのだろう。

「土壌が痩せていても水蒸気密度が適した場所で育つと、野菜の葉はゆっくり成長していくので、細胞のきめが細かくなり、保水力が高まります。乾いた畑で育った野菜は、細胞のメッシュが粗くなり、スカスカで、水は持っていますが、つかむ力が弱いため、切ってしばらく経つと、水分が出てパサパサになってしまうんです」

さらに、もう1つ、野菜の出来、不出来に関わる空気の質があるという。それは「風」だ。

いい風が吹く場所では チャンピオン牛も出る

「野菜の生育には、風も関係あります。そよ風が吹くと、葉っぱはゆるやかに踊ります。ゆったりとしたリズムで揺れると、植物は刺激され、成長ホルモンを分泌して、根がいっぱい伸びてきます」 奥田氏は、畑や牧場など、料理の素材に関する庄内のマップをつくるとき、「風」についても細かくチェックしたという。

「冬の間、庄内を車で走っていて、道路が凍った場所があれば、マップに印をつけました。そこは冷たい風の通り道だからです。夏になってその場所に行くと、思った通り、ちょうどいい風が吹いている。『きっと、ここらは、いい畑だろうな』と思って調べてみると、そこで採れた野菜は、甘くて美味しいんです」

風の通り道には虫もわきづらいため、無農薬、あるいは、農薬が少なくてすむというメリットもあるという。

「実際、標高550mの地域など、扇風機の『そよ風モード』くらいのちょうどいい風が吹くところでは、チャンピオン牛がよく出るんですよ」と奥田氏は微笑んだ。牧草の質が良くなるほかにも、風で羽虫がいづらくなるため、蚊に刺されることによるストレスが軽減されるので、牛の肉質が向上するのだという。

奥田氏が空気に留意するのは、生産地だけではない。当然、「店」の空気の質にもこだわっている。空気の通り道や動きなどもコントロールしている。

「いいお店は、ちゃんと、いい香りがします。悪いお店は、空気がこもっているので『この店、たいへんだな』と思います。空気の質を改善しようと、植物を置いている店もありますが、本当に悪い空気だと、植物は枯れてしまう。」

「食べ物は生き物なので、その生態を勉強すれば、どんな料理をつくればいいか、わかります。それにそった料理をつくったら、評価していただけたということです」

では、どうすれば、いい空気か、悪い空気か、調べられるのかと尋ねると、奥田氏は「その場で大きく息を吸ってみてください」と答えた。

「清浄で適度な空気の水分量がある空気は、すうっと入ってきます。農薬を撒いている畑の近くでは、深呼吸が途中で止まってしまう。人間の鼻や口にはたくさんの関所があって、害のあるものは体に入れないように反応するからです。そういうことを人間は自然とやっていますが、みなさんは普段からあまり自分の身体と対話していないので、気付かないだけだと思います」

空気の良し悪しも含めた庄内のテロワールを深く理解し、空気の質のいい場所で採れた野菜を選んで使っているからこそ、奥田氏は、世界が驚嘆するイタリア料理をつくりあげられたのだろう。