空気予報 空気の未来を考えよう
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太陽が司る日本の気候の今昔を知る
桜の開花日が解き明かした中世の気温編

2017.03.24

(文・写真/杉山元洋)

空気と切っても切れない関係にあるのが日本の四季。近年は地球温暖化やゲリラ豪雨など、急激に季節感を変えてしまうような環境の変化が起こっている。そこで今回は、桜の開花の研究がきっかけで地球全体の環境の変化の分野にも貢献した、大阪府立大学の生態気象学研究グループで「古気候学」の研究をする青野靖之准教授に話を伺った。

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——もともとはどういった研究をされていたのでしょうか。

農学部の出身で、桜の開花を予想するための計算モデルの研究から出発しました。桜は冬の間、「休眠」と言って、枝が寝ているような状態にあります。それがある一定の温度を超えると花芽が生育可能になります。生育可能になった日から、単純計算では一日の平均温度が15℃の環境で24日間経過したら開花します。

——毎日の気温がきっかり15℃というのはありえませんよね。

温室のように15℃に保てる環境でなら「開花は24日後」と予測できますが、実際にはそうはいきませんよね。ですから開花日までの気温を15℃に対する割合に置き換えて予測するわけです。そういった開花日を数式で解き明かす方法を「温度変換日数法」と呼びます。選挙の票読みの仕組みと同じようなものです。

——気象庁が発表する桜の開花予想も同じ仕組みでしょうか?

基本的に同じです。1955年から気象庁が「さくらの開花予想」を発表していましたが、民間の気象会社が「温度変換日数法」に独自の微調整を加えて開花予想を発表するように。気象庁の本来の役目である観測は続けていますが、発表は2009年で終了しました。民間企業の多くが利用しているということは、「温度変換日数法」の信頼性が高いということ。そこで、気温から開花日を推定できるなら、開花日を突き止めれば気温を逆算することができる。それで桜の開花日から昔の気温を探る「古気候学」の研究を始めたんです。

——昔の桜の開花日をどうやって知るのですか?

和歌にも桜の開花や花見の様子が歌われていますし、今も昔も日本人はとにかく記録が好き。とくに平安時代から日記などが爆発的に増え、古いものでは「日本後記」の西暦812年の4月1日の記録として「花宴」という記述が登場します。平安時代の初期の記述では、花といえば梅が多かった。それが平安に入ると桜が急激に増えた。桜と言っても、現在の桜の代名詞である「ソメイヨシノ」は江戸時代末期に登場した園芸種なので、当時の日本人に親しまれてきた「ヤマザクラ」について調査しました。

——我々の祖先もお花見が待ち遠しかったんですね。

当時の書物には、「明日の花見の宴会が楽しみだ」とか「どこそこの桜が今日満開になった」、「天皇陛下に桜の枝を献上した」といった、桜に関する情報がたくさん残されています。藤原定家の日記「明月記」(鎌倉時代)には、1180年の4月7日に「近日花盛」とありますので、娯楽の少ない時代には桜の開花ほどの楽しみもなかったのかもしれません。古典文学は学生時代苦手でしたが、必死に独学しました(笑)。

——近代ではどのような資料を参考にしていますか?

テレビが普及していない第2次大戦前にも、今日新聞で見られる「桜便り」というものがあった。花見の名所に駅を持つ鉄道会社が満開日に出していた速報で、例えば京都の嵐山の桜が満開になった当日に駅などに掲出されたり、ラジオでも放送されたりしていたそうです。

そうやって時代ごとに異なったメディアを参照しながら、今日までデータを取得し続けてきました。近年では都市温暖化の影響も出ているので、あえて戦前のデータと照らし合わせて修正を加えるといった工夫もしながら、開花の日付を元にこの1200年間の3月の気温を算出したんです。こういった研究論文を発表したある日、太陽の研究をしている物理学者から「話を聞かせてほしい」と連絡がきたんです。

——なぜ太陽の専門家が興味を持ったのでしょうか?

太陽の表面には、黒点と呼ばれる温度が低い部分があって、磁場の影響で9〜13年周期で増えたり減ったりします。太陽物理学者は黒点の少ない「極小期」には、地球の気温が下がると予測。私の算出した気温の変化と太陽の黒点活動がシンクロしていたので、彼らの説を裏付けるエビデンスになったというわけなんです。

極小期はこの1200年間で5回くらい起きています。ヤマザクラの開花をもとに算出した3月の気温と、太陽の黒点活動のグラフを重ねると、極小期の出現に合わせて気温が下がっているのがわかると思います。太陽の研究家によると、とくに日本を含むアジアは太陽活動の影響を受けやすいとのこと。同じ緯度でも出にくいエリアもあるので、まだはっきりした理由はわかっていないのだそうです。

ーー気温の変動が歴史や文化に影響を及ぼすこともあるのでしょうか?

家屋の建築様式が、寝殿造りから武家造りに変わったという事実はありますが、気候の影響だけではなさそうです。ただ、政情不安が起きているタイミングと気温が下がるタイミングは見事に重なっている。例えば、ウォルフ極小のときに鎌倉幕府が崩壊。直接の原因かはわかりませんが、東日本で冷夏が起きて蜂起が起きたというのが一因だと考えています。シュペラ極小期は戦国時代のまっただなかに当たります。雨が増えたらしく、濃尾平野で度々起きた洪水も少なからず人々の生活に影響を与えただろうと推察します。気候の変化は、歴史さえ動かす影響力を持ってるのかもしれません。

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