vol.3 潜水士

渋谷 正信Masanobu Shibuya

一般社団法人海洋エネルギー漁業共生センター理事。渋谷潜水工業代表取締役。1949年、北海道生まれ。メーカー勤務後、プロ潜水士として世界の海中工事に携わる。東京湾アクアライン工事に参画するなかで、海洋生態系と人工物の調和の可能性を実感。状況に即して構造物の形状や配置を決める手法を確立。

海中にそびえる洋上風力発電設備を、タカベの群れが取り巻く。

小魚を抱いて茂るホンダワラが根づいているのは、鉄鋼スラグとコンクリートの岩だ。

温暖化などの環境変化により、日本中の沿岸域で「磯焼け」と呼ばれる藻場の消失が深刻化している。海洋開発はそれに拍車をかけるものではないかと思いきや、渋谷正信さんが手がけた海の魚影は濃い。

「その海域に即した形状、素材、配置で人工構造物を設置すれば、構造物に藻が生え、生き物が集まる。デザイン次第で、海洋開発と生態系の再生を同時に達成することが可能です」

本業は、水中工事や水中調査を請け負う渋谷潜水工業代表取締役。藻場再生の第一人者としても著名で、国内外の研究機関と共同研究も行う。

海との出合いは、40年以上前。初めて潜った三浦半島の海に魅せられたという。勤めていた会社を辞め、資格を取り、プロ潜水士として活動を始めた。

「当時の仕事は、主に海中工事。ちょうど高度経済成長期で、岸壁や防波堤を造るためにあちこちの磯をダイナマイトで吹き飛ばしていた。そのダイナマイトを仕掛けるのが潜水士の仕事。得意でしたね」

深度60mや70mでも楽々と潜り、確実に作業を遂行する。「渋谷にできない作業は諦めるしかない」が、業界の常識となるほどの腕利きだった。

転機は1990年頃。森林破壊に関するテレビ番組を見て、誇りをもって行っている自分の仕事が、環境破壊にほかならないのではないかと気づき、衝撃を受けた。以降、潜水の仕事を通して海を守ろうという発想に変わり、人工物と生態系の共生という着想を得た。そして、それを実現させるために、全国の海の状況を知るべく、手弁当で沿岸生態系調査を開始。大学教授に話を聞くなど、海藻の勉強も始めた。

その努力を支えたのは、海に恩返ししたいという想い。「再生には、技術だけでなく、海の気持ちになることが大切。その基になるのが海への感謝」だという。

これまで、延べ4万時間を海中で過ごし、70歳を迎える今も、時間を見つけては潜る。順調に育つ藻を見ると、「うれしくて海中で藻を抱きしめてしまう。ありがたくて、涙が出る」と、照れながら話す。

そんな渋谷さんは、セイコーが1978年に発売した世界初のクオーツ式600m飽和潜水用ダイバーズウオッチを、長く愛用していたそうだ。

▲セイコーダイバーズウオッチ黎明期の逸品、1978年に発売された世界初クオーツ式600m飽和潜水用ダイバーズウオッチのデザイン復刻版。「機能はもちろんですが、この目を引くデザインが気に入っていました。当時、私のは傷だらけでしたが、またそのほうがいいんですよ。すごい仕事をしている感じが出る(笑)。みんな、ダイバーのステータスシンボルのように感じていましたね」

◀︎セイコーダイバーズウオッチ黎明期の逸品、1978年に発売された世界初クオーツ式600m飽和潜水用ダイバーズウオッチのデザイン復刻版。「機能はもちろんですが、この目を引くデザインが気に入っていました。当時、私のは傷だらけでしたが、またそのほうがいいんですよ。すごい仕事をしている感じが出る(笑)。みんな、ダイバーのステータスシンボルのように感じていましたね」

「ダイバーズコンピューターがなかった当時、深海で工事をする私たちにとっては命綱でした。ダイバーの証しという感覚で、陸でも着けていましたよ」

この8月、防水性と耐久性を向上させたデザイン復刻版が発売される。デザインはオリジナルのディテールを随所に盛り込んでいる。時代を経ても色あせないスタイリッシュさと進化する機能は、第一人者となってなお、人と海との新たな関わりを探り続けるフロントランナーにふさわしい。

1978 クオーツダイバーズ 復刻デザイン
SBBN040

SPEC 歴史的なモデルを現代の技術でスペックアップ。「しんかい2000」による潜航実験で1062mまで潜航したオリジナル版に比べ、防水性を600mから1000mに向上。プロテクターにセラミックスを採用し耐傷性能もアップ。数量限定1,978本
 
PRICE 240,000円+税

商品に関するお問い合わせは、セイコーウオッチお客様相談室まで。

通話料無料:0120-061-012

(9:30~17:30、土日祝日を除く)

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