PHOTOGRAPH BY YOSHI OTSUKA

おおつか よしふみ。オーロラガイド。1971年、大阪生まれ。
美術専門学校を卒業後、デザイン事務所に就職。阪神淡路大震災を機に退職し、1996年ワーキングホリデーでカナダへ。一冬をイエローナイフで犬ぞり師の家族と共に暮らし、各地のレースに同行。97年カナダ各地や北極圏を旅行後、帰国。2001年10月よりオーロラガイドとしてイエローナイフへ移住。2009年8月、個人ガイド会社Nanook Aurora Tours (ナヌック・オーロラツアーズ)をスタート。経験とデータをもとにオーロラと天気を予測しながら移動して観測する“オーロラを追いかけるツアー”を催行。

オーロラの観測に最適な場所として、世界にその名を知られるイエローナイフ。自然の美しさや人の温かさに魅せられたリピート客も多い。だが、新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、同地は一時的に観光客の受け入れ停止を決断する。この2年間で、何が変わり、また変わらなかったのか。イエローナイフ在住のオーロラガイド・大塚佳文氏に訊いた。

人が来られなくても、
オーロラは変わらずそこにある

新型コロナウイルス感染拡大の影響で、イエローナイフがあるノースウエスト準州への州外からの立ち入りが難しい状況が長らく続いていました。私が主催するツアーも、ここ2年ほどは休止したままです。コロナ禍以前のイエローナイフは、国内外からたくさんの観光客が訪れる人気の観光地でした。それがこんなふうに静まり返ってしまうなんて。ツアーを主催する人の中には、全く違う仕事で生計を立て始める人も出てきました。それでもいつかオーロラツアーが再開できる日を夢見て、今できることをそれぞれ模索した2年間でした。

ノースウエスト準州からオンライン取材に応じれくれた、オーロラガイドの大塚佳文氏。前回の取材時とは少し異なるイエローナイフの様子について語ってくれた。

オーロラの観測拠点として利用されていた施設では、お客さんがいない間に清掃や修繕を徹底的にやっていたと聞きます。また、郊外のロッジなどでは汲み取り式のお手洗いを水洗式に替えたという話もあったようです。いつか戻って来てくれるお客さんに安心して気持ちよく過ごしてもらいたい。そんな思いからです。

私は個人ガイドとして、車で移動しながらオーロラ観光をするツアーを主催しています。何組かの乗合になるため、一台の車に何人のゲストが乗車可能か、感染防止のためのアクリルパネルの設置や毎回の消毒方法などを検討してきました。そんな作業を続けながら、ふと空を見上げると、そこにはいつもと同じようにオーロラがあります。人は来られなくても、オーロラは変わらない。この美しさを遠くにいる人たちにも見てもらいたいと考えて、YouTubeでのオーロラ、イエローナイフや旅行に関する動画配信を始めました。

YouTubeSNSでの配信も精力的に行っている。なかでもバーチャルオーロラツアーや、世界中のツアーガイドとの対談企画は好評だという。

オーロラには不思議な癒し効果があると感じています。以前お客さんとして、親しい人を亡くして辛い思いを抱えている方がいらっしゃいました。悲しい現実を受け止められず、泣くことすらできなかったけれど、オーロラを見た途端、涙があふれたそうです。一緒に来る予定だった家族を亡くしてしまい、写真を持って来た方もいました。

一見似ているようなオーロラでも、じっと眺めていると一つとして同じものがないことに気づきます。静かにそこにたたずんでいると思ったら、いきなり形を変えたり動いたり。一人で空を眺めているうちに、仕事に夢中で振り返る時間があまり持てていなかった自分に気づきました。オーロラとこれまで来てくれたお客さんたちの顔を重ね合わせているうちに、気がつけばあっという間に何時間も経っていたこともあります。

どんな時も、オーロラはただそこにある。「ここ2年ほどで、地元でもオーロラの写真を撮ってSNSにアップする人が増えたような気がする。この美しさを誰かに見てもらいたいのでは」と大塚氏は話す。

PHOTOGRAPH BY YOSHI OTSUKA

自然や犬ぞり、お祭り……
大切にしてきたものが与えてくれる癒し

オーロラ以外にも変わらないものはたくさんあります。例えば犬ぞりの犬たちは、相変わらず元気に生活しています。イエローナイフでは3月に本格的な犬ぞりレースの国際大会があり、例年アラスカや北米からも人が集まります。でも、昨年は州内の参加者のみ。さみしい大会になるのではないかと不安もありましたが、ふたを開けてみれば大盛り上がりでした。

また、イエローナイフの3月の風物詩として、 Snowking's Winter Festivalというお祭りも欠かせません。雪で作った巨大な宮殿で、中には滑り台やイグルーと呼ばれるかまくらもあり、大人も子どもも楽しめます。「さっぽろ雪まつり」のようなものだと思ってもらえればイメージしやすいかもしれません。25年ほど前に地元に住む男性が一人で始めたのですが、手伝う人がどんどん増えて年々規模が大きくなっています。オーロラを見に訪れた観光客の中にも、Snowking's Winter Festivalを楽しみにしているという人もいるほどです。

犬ぞりレース同様、去年は地元住民しか訪れることはできませんでしたが、あちこちで楽しそうな笑顔を見かけました。今まで自分たちの手で大切に守ってきたものが、今度は自分たちの心を癒してくれる。誰もがそう感じたのではないでしょうか。

イエローナイフで毎年3月に開催される「Snowking's Winter Festival」。年を追うごとに雪の宮殿作りに参加する人は増え、ここで結婚式を行うカップルもいるという。

PHOTOGRAPH BY NORTHWEST TERRITORIES TOURISM

観光で経済を支えてきたイエローナイフが州境を閉めた背景には、「先住民たちの暮らしを守りたい」という想いがありました。イエローナイフの中心地から少し離れた場所には先住民が暮らす集落がいくつもあり、仕事をするために街に通ってきている人もたくさんいます。しかし、集落には十分な医療設備がないため、先住民たちに感染が広がってしまうことを避けなければなりません。そのため、人の出入りを抑えなければならないと判断されたのでしょう。

イエローナイフはもともとは先住民たちの土地です。鉱山として栄えた歴史もあるため、街中にはアジアや南米、アフリカからの移民も多いですが、移民たちの間にも「先住民の土地を使わせてもらっている」という感覚が浸透しています。だから何をおいても彼らを守らなければならない。それが自然を守るということにつながってきます。観光はいちばん後についてくるのです。

私自身、この2年間大変な時期もありましたが、イエローナイフの助け合いの精神を励みに頑張ってきました。何より、つらいときに寄り添ってくれるオーロラがあったから、私は今もイエローナイフにいるのかもしれません。

ノースウエスト準州観光局

Email:info@spectacularnwt.jpn.com