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味を記録して再現するという「新体験」

明治大学の宮下芳明教授、
味覚を記録して再現する方法を開発

photograph by oleksandra naumenko / shutterstock

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味ディスプレイ制御部分photograph by daisuke miyagi

マスク型の味ディスプレイをテストする明治大学の宮下先生photograph by daisuke miyagi

1877年、トーマス・エジソンは蓄音機を発明し、自分の声を録音して再生した世界初の人物となった。そして1895年、エジソン社は映像と音を同期させた最初期の映画を生み出した。

これは、男性がバイオリンを演奏し、他の2人が近くで踊る17秒の作品だ。このように、映像と音を記録して高い再現度で再生することは、125年前から可能だった。しかし、食べ物や飲み物の味を記録して再現する方法は、明治大学 総合数理学部の宮下芳明先生が開発した「味ディスプレイ」が登場する昨年まで、これまでの人類史上存在しなかった。宮下先生の発明は「21世紀の蓄音機」にあたるものだろう。

宮下先生は昔から食べ物や味に興味を抱いていた。母親が料理研究家としてレシピ本を書いていたこともあり、幼い頃から食材や味について好奇心が刺激される環境で育ったからである。宮下先生は、明治大学 総合数理学部 先端メディアサイエンス学科の創設者のひとりである。それは、テクノロジーと人間の感性を解き明かし、新しい体験を提供するメディアの創出を追求する学科である。

2012年、宮下先生と当時博士課程の学生であった中村裕美氏(現在は東京大学特任准教授)は、薄味の病院食の味を強めることで減塩に貢献する電気味覚フォークを開発した。実際に塩を足さなくても、食べ物の味を強くできるため、食を楽しみながら、健康への悪影響を回避できるのだ。

だがこれは、宮下先生にとっては最初の一歩にすぎなかった。電気味覚フォークは食べ物の味の強さを変えられるものだったが、今回の味ディスプレイは、どんな味でも生み出せる装置なのである。その原理を説明していこう。

そもそも人間の舌には、甘味・酸味・苦味・塩味・旨味の基本五味を感知する個別の受容体が存在する。宮下先生の味ディスプレイには電解質を溶かした5種類のゲルがあり、舌が接触するとこれらの味を感知する。それぞれのゲルは電極と繋がっており、微弱な電流によって電解質を舌から離してゆき、各味を弱める仕組みになっている。

これによって基本五味の強さのバランスを簡単に調整できるのだ。なお、もうひとつ味のないゲルも加わっているが、これは舌への刺激を一定に保つ緩衝材としての役割を果たしている。

味ディスプレイの内側に設置された、舌に味を伝える6種類のゲル(無味のものを含む)photograph by daisuke miyagi

味ディスプレイでは、全6種のゲルの電流の強さを調整することで、例えばチョコレートシェイクやサーロインステーキ、他にも食べたい物の味をなんでも、もちろんカロリーを摂取することなく体験できる。

タッチペンで味ディスプレイが出力する味を調整できるphotograph by daisuke miyagi

味ディスプレイは当初、手で握って先端を舐める形状をしていた。しかし、宮下先生はこれをマスク型に改良し、持続的に味を感じ取れるVR(バーチャルリアリティ)システムへと姿を変えている。他にも「舐められるスクリーン」を開発中であり、携帯電話などに組み込んでいくことも可能だという。今後は、スマートフォンで料理番組を見ながら、その料理を味見したり比較したりできるようになるだろう。

「WEBサイトでレシピを見ながら、その過程がどんな味になるのかをつくる前に知ることができる」と語る宮下先生。「スマートフォンにはカメラとディスプレイ、マイクとスピーカーが付いていて、視覚と聴覚の記録と再生ができます。同じように私たちが味覚体験をアップロードしたり、ダウンロードしたりできる日も遠くないでしょう。」

ここまで、味を記録して再現する技術について簡単に紹介したが、その先の未来には何があるのだろうか?現状のシステムでは、市販の「味センサー」を使って食べ物の味を定量的に測定している。宮下先生が導いた方程式によって、その味センサーからの測定値を、各味に対応した電流の強さに変換することができる。

味の強さを再現するため、必要な電流レベルに変換する公式を説明する宮下先生photograph by daisuke miyagi

しかし現在の味センサーは大きな機械であり、結果が出るのにやや時間がかかる。これが体温計のようなサイズになり、それぞれの味の成分を素早く読み取れるようになるべきだと考え、宮下先生はそのための方法を模索している。実際、携帯可能な「塩分計」はすでに存在しているので、他の味の測定にも応用できるはずである。このように味覚情報を即座に記録し再現できるようになるのに、10年かからないかもしれないと宮下先生は予測する。

もっとも、食べるという行為は、単に基本五味を組み合わせて感じるものではないはずだ。匂いも食体験の重要な部分であるので、宮下先生は「嗅覚ディスプレイ」に関する実験にも着手している。また、触覚にも注目しており、特定の食べ物が口の中でどのような食感になるのかも調査している。また、宮下先生は3Dプリンタの研究も行っているので、プラスチックでなく可食素材を用い、さまざまな固さ・やわらかさの表現にも思いを馳せる。

「ゆくゆくは、味の研究と組み合わせることで、食べている時の食感を再現したいと思っています」と先生は語る。

明治大学の研究室で実験を行う宮下先生photograph by daisuke miyagi

「ただそれでも、バーチャルで体験できることには限界があります」と宮下先生は認める。「海外の風景を動画を見ても、旅への願望は消えないですよね。また、高音質の音源を聴いても、ライブで音楽を聴きたい衝動が満たされるわけではありません。」

味についても同じことが言えるのだ。

たしかに、新しいテクノロジーによって、これまでになく素晴らしいことができるようになる。宮下先生の研究室がその最たる象徴だ。だが、本当の体験には、テクノロジーで代えがたい何かが存在する。例えば、家庭料理という体験を形づくるものの正体は、まだ母のレシピ本に書かれたままかもしれない、と宮下先生は語る。

(左)明治大学 総合数理学部 先端メディアサイエンス学科の学生が学ぶ明治大学中野キャンパス。
(右)犬ロボットを操作する宮下先生。研究分野はエンタテインメントコンピューティング、ヒューマンコンピュータインタラクションから、多くの先端技術にまで及ぶphotograph by daisuke miyagi

文=スティーブ・ナディス