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生命の謎を解き明かす

明治大学の化学者が、生きもののようなふるまいを示す
人工的なシステムを創り出すことで、
生命現象を解き明かそうとしている

ベロウソフ・ジャボチンスキー(BZ)反応がシャーレ―内で起こっている様子
photograph courtesy meiji university

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「生命とは一体何か、そして生命でないものとの違いは何なのか?」このようなことを考えた経験はあるだろうか?明治大学の末松 J. 信彦准教授は約20年間、ひたすらこの問いに向き合い続けている。だが、先生は生物学者ではない。化学者として生体物質を使わずに、生物のようなパターンや行動を再現しようとしているのだ。そして興味深いことに、この研究は進めば進むほど、生きているものとそうでないものの境界線を曖昧にしていく。

自律運動を再現するための液滴を作る準備をしている末松先生photograph by daisuke miyagi

末松先生の研究分野は「人工生命」にあたるが、先生が目指すのは、新たに生命をつくることや、無生物に生命を与えるといったことではない。「生物を生物たらしめている基本的なメカニズム」を解明したいという思いから、可能な限りシンプルで制御できる実験を設計している。

巨大な岩や風になびく葉っぱとは違い、生物は自力で動くことができる。そう、動き回ることは生物の特徴の1つである。この「自律運動」が末松先生の主要な研究テーマとなっている。

末松先生は3人の研究者とチームを組んで、長い間追い求めていたある現象を発見して、2016年に論文を発表した。先生たちは、油と水といったありふれたものと、ベロウソフ・ジャボチンスキー(BZ)反応と呼ばれる化学反応を利用して、生き物のような動きを再現することに成功したのだ。このBZ反応は非線形化学反応に分類される。「非線形」とは、システムがすぐに平衡状態、つまり釣り合った状態にならないことを意味する。そのため、異なる2つの化学状態の間をくり返し往来することができる。この振動現象こそが、生き物のようなふるまいを示す正体なのだ。そして、生き物に餌を与え、排泄物を処理して世話するように、このシステムに新しい反応物を供給したり、生成物を取り除いたりすることで、その振動はいつまでも持続できる。ここで思い返してみてほしい。ニューロンの発火、心臓の鼓動、さらには蛍の明滅など、これらはすべて「振動」なのだ。振動はありふれた現象でありながら、生命の重要な鍵を握っている。つまり、化学振動反応というアプローチは「生物のようなふるまいを再現したい」という末松先生の狙いに対し、うってつけの手法であったのだ。

BZ反応を起こすため臭素酸ナトリウム、臭化ナトリウム、硫酸、マロン酸、フェロインを混合するphotograph by daisuke miyagi

先生の研究チームは、臭素、金属イオン、基質、酸などのさまざまな化学物質を加えた水滴を油の中に浮かべる実験を行った。

この油には「界面活性剤」を混ぜてある。これは、臭素と化学反応を起こすことで「界面張力」、つまり油水界面の分子間に働く力に変化が起こる。界面張力は本来どの点においても均一であるのだが、この変化によって不均衡が生じ、液滴に力が加わる。この力こそが、自律運動の源になっているのだ。BZ反応を通して臭素の濃度が振動すると、液滴に加わる力の大きさも振動するため、液滴は加速と減速を交互に繰り返すようになる。

自律運動のようすを顕微鏡で観察する末松先生photograph by daisuke miyagi

油に浸かった水滴の自律運動を顕微鏡で観察した動画。これらの運動は、2つの異なる化学状態の間で振動するBZ反応の影響を受けている。そのため、化学状態の振動に応じて、水滴は動いたり止まったり、速くなったり遅くなったり、急に方向が変わったりと、まるで生命体のような動きをしている

もちろん生物とは単に動き回るだけのものではない。あらゆる場面で、しばしば互いに影響を与え合っているものだ。そのため、末松先生はさまざまな集団運動の研究も行っている。

先生が集団運動を研究する際に使うシンプルなものがある。「しょうのう円板」だ。これは、「しょうのう」というワックス状の物質を薄く円形に形づくったものである。しょうのう円板を水に浮かべると、しょうのうの分子はゆっくり水に溶け出すが、溶ける速さにはゆらぎがある。そのため、最初は円板の周りに一定の大きさで働いていた表面張力も次第に不均一になり、円板が移動してしまう。これは、自律運動のもう1つの例である。

ここで、複数の円板を水に浮かべると、さらに面白い現象が起こると末松先生は気づいた。低密度の場合、円板は連続的に動いていくが、これが高密度の場合だと異なる。その動きは「止まった!」と思ったら次の瞬間、急発進する、といった具合で断続的に速さが振動するのだ。末松先生はこの数密度による運動の変化を「自己駆動粒子のクオラムセンシング」と呼んでいる。

クオラムセンシングは多くの生物で見られる現象だ。個体が集まり、密の状態になることで、それぞれの個体自体の性格が変わり、個が協調的な役割を発揮することがある。そして各々の個体がアンテナを張るように感知能力を持っており、これが働くことで、集団全体が協調的に活動するようになる。同じような現象が、生き物でもない「しょうのう円板」で観察できたことが大変興味深い。さらに、末松先生たちは現象を発見しただけでなく、数理モデルを構築し、「速度の変化」や「運動モードの切り替え」が起こるメカニズムを特定することにも成功した。

実験に必要な薬品を準備する末松先生photograph by daisuke miyagi

末松先生は、さまざまな無生物系で現れる自律運動の仕組みの解明や、集団運動の研究を続けている。多くの生物が周囲の変化を感知し、それに適応する能力を持っているように、人工的に創り出したシステムにおいても、環境と相互に影響を与え合う。そのような相互作用を見つけ出し、その役割を明らかにすることが、先生のもっともやりたいことのひとつである。

マイクロピペットを使用し実験を行っている末松先生photograph by daisuke miyagi

生物の設計原理や生命現象の動作原理のすべてを解き明かすことが、末松先生の研究のゴールとなる。そこに辿りつくための道のりは果てしなく遠い。だが、研究に励めば励むほど、先生の好奇心は一層掻き立てられるという。

「BZ液滴の振動運動を初めて確認できた時は、まさか実現できるとは思っていなかったのでとても興奮しました」と振り返る末松先生。この成功体験が、さらなる難題に挑むためのモチベーションに繋がっているのだ。

末松先生の研究室がある明治大学中野キャンパス(総合数理学部)photograph by daisuke miyagi

文=スティーブ・ナディス