
カナダ極東にあるフォーゴ島はかつてタラ漁で栄えたものの、一度は存亡の危機に瀕した島だった。だがそんな島を目指して、いまや世界中から旅人が集まってくるという。その島にはいったい何があるのか──カナダ観光局の半藤将代氏、HISの吉武昭博氏に聞く。
吉武 昭博 氏
株式会社エイチ・アイ・エス
2007年HIS入社。コールセンター、新宿本社営業所で北米方面の専門店にて旅行コンサルタントを担当。2014年に北米企画チームに着任して約10年間、カナダの旅行商品の開発・造成に携わり、現在は、カナダの「とっておき」を体験する旅『Legendary Experience』商品の造成に取り組む。
半藤 将代 氏
カナダ観光局
1999年カナダ観光局に入局後、メディア広報やコンテンツ・マーケティングに取り組んだ。2015年カナダ観光局日本地区代表に就任。カナダ観光の通年化や新たなデスティネーション開発に取り組み、現在はニューノーマルにおける新しい観光のあり方を追求する。21年11月に『観光の力(日経ナショナルジオグラフィック社)』を上梓
半藤 フォーゴ島を含むニューファンドランド島は、ヨーロッパから最も近いこともあり、カナダのなかでも古い歴史があります。ニューファンドランド島には、コロンブスよりはるか昔、ヴァイキングたちが来ていたという痕跡があり、それが世界遺産になってもいます。
大航海時代になると、ジョン・カボットというイタリア人の航海者が1497年に、いまのニューファンドランド島に到達しています。カボットはその付近がおそろしく豊かなタラの漁場であることを発見します。タラの数が多すぎて船の速度を緩めざるを得なかったとか、人がタラの背を渡って歩けるほどだったという伝承があります。
フォーゴ島を照らす美しい夕日
タラは保存に適した魚だったので大航海時代には欠かせない食料でした。それから、もうひとつ、カトリック教徒には毎週金曜日に獣の肉を食べないという習慣があり、代わりに魚を食べたのですが、それがタラであることが多かったのです。
最初は漁の季節にだけ、ヨーロッパから来ていた漁民たちが、18世紀になってフォーゴ島にも定住していった。その多くはアイルランドやスコットランドからやってきた人たちでした。
話は一気に20世紀後半になりますが、昔ながらのタラ漁を400年近く続けていたこの海に、ロシアや日本から遠洋漁業で大型船がやってきては、近海で大量にタラを獲っていってしまいます。それで島の沿岸ではまったくタラが獲れなくなり、そのうちにカナダ政府によって禁漁にまでされてしまいます。さらに、フォーゴ島民は島からの退去まで迫られることになります。
島の危機に際して、「フォーゴ・プロセス」というドキュメンタリー映画が大きな役割を果たしました。歴史も宗教も異なり、バラバラだった島内の10の村をそれぞれ取材したものですが、それを観た島民たちがじつはみな同じ問題に直面しているのだということを初めて知り、そこから島としての連帯が生まれ、再生への足がかりになりました。
そうした経緯もあり、フォーゴ島の人たちはアートの力を体験的に知っています。だから、島の再生の象徴である「フォーゴ・アイランド・イン」にも本格的なシアターがありますし、島の絶景スポット4ヵ所には現代的なスタジオがあります。そこに世界中からプロのアーティストたちを招き、ときには数ヵ月間も制作に集中してもらうという取り組みもなされています。そんなわけで、昔ながらの漁師の島だったところで、新進気鋭のアートまで楽しめるという、非常にユニークな経験ができます。
フォーゴ・アイランド・インのシアター
吉武 そんな一度は無人になりかけたフォーゴ島になぜ世界中から旅人が集まってくるのか、ということで弊社の「カナダ・スペシャリスト」たちがその理由を徹底的に調べてみたのです。
そうすると、旅人たちはもっぱら、半藤さんが言及されたフォーゴ・アイランド・インに滞在するために島を訪れていることがわかりました。
ではなぜ、旅人たちはこの宿に泊まりたがるのか?
まず、宿自体に魅力があるからです。島には獲れたタラを塩干しにする昔ながらの高床式の小屋がありますが、その小屋を支えるスティルツ(竹馬)工法を模したデザインが独特な外観を生み出しています。最果ての島でタラ漁の伝統文化を反映したラグジュアリーなホテルという、このギャップが大きな魅力ではないかと思います。
世界中から旅人が集まるフォーゴ・アイランド・イン
フォーゴ・アイランド・インの独特な外観を支えるスティルツ工法
なかはモダンで明るく、窓の外には、太平洋とも日本海とも違う北大西洋の絶景が広がっています。ここにゆっくり滞在し、島の名産であるタラなど獲れたてのシーフードに舌鼓を打てば、わざわざアジア極東の島から、カナダ極東の島まで旅する価値があると頷けるはずです。
部屋の窓から一望できる北大西洋は圧巻だ
フォーゴ・アイランド・インで提供されるシーフード料理は、世界中から訪れる旅人を虜にする
ここでの滞在そのものが癒やしと内省の時間になると思いますが、さらにこの宿にしかないユニークなプログラムがあります。それがもうひとつの理由です。
「コミュニティ・ホスト・プログラム」といって、宿泊者のリクエストに応えて、島民がホストになってくれるんです。たとえば、ハイキングがしたいとなればこの人に、絶景を撮りたいとなればあの人にとマッチングしてくれる。
住民と一緒に時間を過ごすことで、地元のリアルな文化を体験でき、顔の見える個人的なつながりも生まれるとなれば、島はもはや一度きりの旅先ではなく、友の住むところになるのです。日本からいちばん遠いカナダの島に、また戻りたい場所ができるなんて素敵ではないですか!
とはいえ、こうした旅体験を求めるのはおそらく、ただの名所観光や絶景を見て回る旅ではもはや満たされない方たちだろうと思います。だから、これまで日本からフォーゴ島まで行くツアーもほとんどなかったわけです。
しかし、これからの旅を考えるなら、フォーゴ島は究極のモデルとなる旅先と言えるでしょう。カナダ・スペシャリストたちの一推しで今回のツアーを企画した背景には、そんな考えもあります。
半藤 島に電気が通じたのが1960年代、電話が通じたのが80年代です。つまり、島の暮らしぶりは、20世紀後半になるまで19世紀と変わらない暮らしだった。だからなかには、この半世紀のあいだに3世紀を生きたみたいなものだ、という人もいます。
1960年代になり、島が外界に対して開かれるまで、1年に17もの季節があったそうです。でも季節が4つしかない外界に合わせるために、次の7つにまで減らしたというのです。
【冬(Winter)】12月1日から2月28日まで。小屋の中でわいわいやったり春に備えて道具を繕ったりする雪深い冬。
【流氷(Pack Ice)】3月1日から31日まで。すべての海岸が流氷に覆われる。
【春(Spring)】4月1日から5月31日まで。ボートで沖合に出られるようになり、エビやカニ漁がはじまる。水平線には氷山が現れる。
【タラ漁のわな(Trap Berth)】6月1日から30日まで。タラ漁のわなを仕掛ける。
【夏(Summer)】7月1日から8月31日まで。暖かく、野生の花々に覆われる。
【ベリー(Berry)】9月1日から10月31日まで。住民も訪問者もみんなが日の出から日没までベリー摘みをする。
9月から10月にかけて、フォーゴ島で行われるベリー摘みの様子
【晩秋(Late Fall)】11月1日から30日まで。地平線に初霜が降り、荒々しい波が岩の海岸に砕ける。冬に備え、ベリージャムや保存食を作り、薪の準備をする。
私はフォーゴ島を2度訪れたことがあります。1度目が「ベリー」の季節である9月、2度目が「タラ漁のわな」の季節である6月です。
9月の訪問では、コミュニティーホストが野生のベリーを摘んで口に放り込みながら、お気に入りの場所に案内してくれました。島の主婦たちの手仕事を見せてもらったり、漁師からタラ漁の歴史について聞いたりするうちに、フォーゴ島が私にとって大切な場所になりました。
二度目の6月の訪問では、氷山をよく見ようと漁師のボートに乗せてもらって近寄ると、壁のようにそそり立つ氷の巨大さに驚き、氷山の荘厳な美しさと秘めた青い光に言葉が出ないほど感動しました。浜辺にあがるとピクニック・ランチを用意してくれ、そこで食べたタラやジャガイモの美味しさに思わず顔がほころんだのを覚えています。夜は満点の星空の下、焚き火を見つめながらいつまでも語り合いました。
HISさんの企画ではその9月と6月に行くというではないですか!
フォーゴ・アイランド・インにゆったり宿泊し、地の果てのような島で海や星を眺め、島の人たちの暮らしぶりを体験したりと、これはもうどうしたって哲学的な滞在になると思います。ひとりで参加するのもよさそうです。
私自身もフォーゴ島に旅して、価値観がガラリと変わりました。こんな最果ての島で、波乱に満ちた歴史や伝統から断絶することなく、大量消費主義の大波に飲み込まれもせず、非常に洗練されたソーシャルビジネスを確立し、持続可能な共同体の姿を見せてくれているわけですから。ますます混迷を深める現代世界で、灯台のような島だと思います。
半藤氏(写真左)と吉武氏(写真右)