中国・四国地方で初選出
“海業”のモデルに最適だった背景とは
愛媛県を人の横顔にたとえると、ちょうど“アゴ”の位置にある愛南町は、2004年に南宇和郡4町1村が合併して誕生した。
昔から漁業が盛んな土地であり、マダイ、ブリ、真珠母貝の養殖は全国屈指の実績を誇る。農業も盛んで、「苦みのない和製グレープフルーツ」と呼ばれる河内晩柑、生産量県内一のブロッコリーは町を代表する名産品となっている。豊かな自然に囲まれているだけに風光明媚なスポットも多く、中でも高茂(こうも)岬は絶景だ。晴れた日なら、夕陽が対岸の九州に沈む超絶に“映える”様子を拝むことができる。
2023年には水産庁が推進する「海業振興モデル地区」に選出された。海業とは当該地域が持つ独自の資源や価値を活かして“まちの活性化”を図るプロジェクトで、中国・四国地方では初の事例となった。
2025年3月には愛南町の海業をより推進させるために一般社団法人「Umidas(ウミダス)」を設立。水産プラスアルファの視点で複数の産業が協力し合い、地域全体を盛り上げることを目的としている。Umidas事務局の清水陽介氏は海業振興モデル地区選出の背景についてこう語る。
一般社団法人Umidas
清水 陽介氏
「愛南町では約20年前から『ぎょしょく』教育に取り組んできました。これは魚触、魚色、魚職、魚殖、魚飾、魚植、魚食の7つの概念であり、一連の学習プロセスを体系化したものです。ただしそこには、漁業者などとの連携が必要。例えば養殖漁場の見学では、子供たちの教育のためになるだけでなく、人に教えるためには教える側も勉強し、理解していないとダメなので、従業員の教育のためにもなるということで協力的な漁業者もおられます。最近では若い人たちが漁業に関心を持ち始めるなど良い循環が生まれつつあります。このように、海業が唱えられる前から多方面と協力して教育を充実してきた点が評価されたのだと思います」(清水氏)
一般社団法人Umidas
清水 陽介氏
この言葉通り、愛南町は垣根を超えて各ステークホルダーが手を取り合ってきた歴史を持つ。Umidas設立にあたっても、漁業者だけでなく、観光協会や商工会、農業、金融、教育関係など、さまざまな分野の人たちと議論を重ねながら進めてきた。
「いろんな自治体や漁協関係者、水産庁の関係者らが参加した講演会に呼ばれたとき、『地域全体で新しい組織を立ち上げること自体が難しい。愛南町はなぜ上手く行っているのか』と質問を受けました。ほかの地域では漁業者の力が強すぎたりして、調整がはかどらないケースもあるようです。私はもともと愛媛大学の学生として愛南町に移り住んだ人間ですが、特に自治体、漁協、漁業者との距離が非常に近く、良好な関係性を築いている印象を強く感じました。町の主幹産業である水産業の振興を重要視し、常に連携を密にしながら様々な対策や事業に挑戦し続けてきた結果生み出された関係性であり、愛南町の強みでもあると思います」(清水氏)
清水氏の水産課職員時代の功績は、「ウニッコリー」という新たな名産を生み出したことだ。愛南町沿岸には海藻を食べて藻場を荒らす「ガンガゼ」(ウニ)がいる。ガンガゼは長いトゲに毒を持ち、しかも身があまり美味しくないためほとんど捕獲もされずに増加の一途をたどり、“厄介者”として嫌われていた。
従来は駆除が唯一の対策法だったが、清水氏らはブロッコリーと河内晩柑を与えて食用に転換した。おかげで苦味や臭みが減って食べやすくなり、今では冬から春にかけてウニッコリーの名称で出荷されるまでになった。愛南町では、海の環境保全を学ぶ体験学習プログラムとしてウニッコリーの殻割体験に活用している他、町内のレストラン「ゆらり内海」などでも堪能できる。
「SDGsの観点から、海の環境を守りながら持続可能な漁業を目指す必要があると思ったのが発端です。ただ、ガンガゼは増えすぎて厄介な存在になっているものの、決して悪い生き物ではないんです。そこで単に駆除するのではなく、未利用資源として活用できないかと考えました。ブロッコリーと河内晩柑の端材は農協などから提供してもらいますが、本来は捨てていた部分です。農業と漁業の交差によってサステナビリティを実現し、資源化につながったモデルだと捉えています」(清水氏)
超新鮮な魚を求めて観光客が殺到
伝統ある“石垣の里”も名所の一つ
愛南漁業協同組合の敷地内にある「市場食堂」には、全国各地から観光客が足を運ぶ。運が良ければ超新鮮な「日戻りびやかつお」の刺身定食にありつける。取材時、鯛めし定食を食する機会に恵まれたが、身はぷりぷりと引き締まって大層おいしい。なるほど、遠方から多くの人が駆けつけるのもうなずける。
愛南漁協 販売促進部長の岡田孝洋氏は「かつおや牡蠣などが観光客誘致の強み。並行して養殖の真鯛は国内外への販路を拡大しています」と話す。とりわけ米国への輸出に注力しており、「BAP認証」や「MEL認証」などのエコラベルを取得して環境配慮型漁業をアピール。BAPの日本国内取得例は少ないため、愛南漁協の差別化を実現できているという。
愛南漁業協同組合
販売促進部長
岡田 孝洋氏
マーケティングも的確で、米国の大手スーパーや日系寿司チェーンなどと組んで積極展開を図っている。「市場調査をしたところ、生臭さが少なく淡白な味わいの真鯛が現地の米国人、特に白人層に好まれることがわかりました。将来的に“愛南メイド”のように地域名を冠したプロモーションやインバウンド誘致も視野に入れています」と意欲を見せる。
愛南漁業協同組合
販売促進部長
岡田 孝洋氏
また、2021年に大手ハンバーガーチェーンとコラボした「真鯛カツバーガー」はわずか2週間で約60万食を売り上げる大ヒット商品となった。「コロナ禍で魚価が低迷している折り、在庫過多の真鯛を提供することで成功しました。愛南ロゴも表示され、地域ブランドPRに貢献したと自負しています」と岡田氏は言う。
愛南漁協は環境問題にも熱心で、養殖用ブイの廃プラスチックをペレット化してリサイクルしたり、愛媛大学と連携して赤潮のモニタリングや水質調査を実施したりしている。未利用資源を商品化したウニッコリーも環境循環の1つである。特産品の新規開拓とともに、次々と挑戦を続ける理由を岡田氏はこう話してくれた。
「どこでも同じだと思いますが、漁業の町は後継者や人材不足に悩んでいます。だからこそ、これまでと同じやり方では生き残れないとの危機感を持って変化に挑んでいるのです。地元の若者たちに愛南町の漁業を愛してもらうためにも、漁協と行政の距離の近さを活かして、地域一体での取り組みを加速していくつもりです」(岡田氏)
漁業以外のコンテンツも見逃せない。町内の外泊(そとどまり)地区には「石垣の里」と呼ばれる集落があり、芸術的とも言える石垣の風景に圧倒される。2007年には、財団法人 古都保存財団による「美しい日本の歴史的風土100選」にも選ばれている。
外泊地区は周辺の人口増加に伴い、幕末~明治初期に形成された比較的若い集落だ。「外泊いしがき守ろう会」の会長を務める吉田幸稔氏は「強風や大雨から住居を守るために石垣を築く伝統があります。しかし防護機能にとどまらず、住居のデザインや風土に根ざした美学を体現しているのが特徴です」と語る。
昭和40年代以降は国立公園の指定をきっかけに、外泊地区の石垣が観光客の注目を集めるようになった。高茂岬に向かう道すがらにあり、車を停めて集落内を散策する人たちも少なくない。2024年には『サザエさん』のオープニングアニメに石垣の里が登場し、ドラマ『笑うマトリョーシカ』のロケ地としても名を馳せた。
外泊いしがき守ろう会
会長
吉田 幸稔氏
吉田氏は貴重な観光資源を守る立場にあるが、人手不足による維持管理の課題は大きい。石垣の修復やメンテナンスは想像以上に過酷で、重なり合うパズルのように積み上げる技術も必要だ。
外泊いしがき守ろう会
会長
吉田 幸稔氏
「地域の伝統技術を後世に継承するため、地元の小学生向けの石積み体験教室を実施しています。石積みの技術は修復作業を通して前会長から継承中で、SNSなどからも他の技術を収集している。若手に技能を伝承して、ここにしかない景色を守っていく。それが私の役目です」(吉田氏)
東京からの移住者が積極的に関与
自然だけではない愛南町の魅力
愛南町の魅力に取りつかれ、東京から移住したのが髙橋翔氏だ。現在はダイビング事業や観光船事業を運営する傍ら、愛南町海業推進会議委員にも名を連ねるなど、活発に愛南町の振興にコミットしている。
西海観光船(合同会社SeaWest)
代表社員
髙橋 翔氏
「2013年に旅行で愛南町を訪れ、生まれて初めてダイビングを経験したらすっかりハマってしまったんです。それから毎年のように愛南町にやってきて、2016年に移住しました。ここは交通の便が悪く都市部から来るのは苦労しますが、まだまだ知られていない魅力がたくさんあります。例えば沖縄などと比較しても魚影の濃さ、サンゴの豊かさは圧倒的です」(髙橋氏)
西海観光船(合同会社SeaWest)
代表社員
髙橋 翔氏
髙橋氏が運営する「西海観光船」は、“海中が見える船”として人気を博している。夏場にはヘルメットを装着して海底を歩くことができる「シーウォーカー」も楽しめる。事業所職員の多くは移住者。髙橋氏は地元住民との橋渡し役を買って出ている。「移住は大きなハードルではありません。働く場所と住む場所があれば大丈夫です。先日、東京から来た夫婦に子どもが産まれましたが、その集落では10年ぶりとなるめでたい出来事になりました」と話す。
サンゴの保全活動もライフワークの1つ。水産庁の補助事業を引き継ぎ、10年以上にわたって定点観測やサンゴ被度のモニタリング、オニヒトデや巻貝など食害生物の駆除活動を継続している。
「とくにオニヒトデの食害は深刻で、一時期は5人で1時間に500匹駆除しても追いつかず、サンゴが壊滅したエリアもあったほど。駆除活動は徹底的に行なう必要があり、中途半端な間引きは逆効果の可能性もあります。それでも環境保護と同時に、ダイビングスポットとしての魅力維持のためには欠かせない活動なのです」(髙橋氏)
話していると、まるでこの町で育ったかのような印象さえ受ける。それだけ地域に溶け込んでいる証拠だろう。だが、より一層愛南町を盛り上げるための熱い気持ちは年々高まっているようだ。
「僕は外から来た移住者の視点で愛南町のブランド力を高める発信に努めています。でも今以上に住民が本気になって取り組むためには、子どもたちだけではなく『大人の教育』が不可欠です。町のみんなを啓発して巻き込んでいく――こうした地道な活動こそが、持続可能な地域モデルにつながると考えています。今後はUmidasとも連携し、地域全体で観光客を受け入れる体制づくりに貢献していきたいですね」(高橋氏)
Umidasの清水氏も岡山県の出身だが、今では「本当のふるさと」と感じるほど愛着があると語る。そのうえで、最後にこんなメッセージを寄せた。
「来た当初から変わらず感じているのは、美しい景色や美味しい食べ物、そして人の温かさです。皆さんもぜひ、この素晴らしいまちに足を運んでみてください」(清水氏)




































