コーポレートメッセージに「水と生きるSUNTORY」を掲げるサントリーグループ。この言葉を体現する活動が、2003年から始まった「サントリー 天然水の森」である。地域の自然に溶け込んだ長期的なプロジェクトは、一体どのように進められているのか。長野県大町市にある「天然水の森 北アルプス」を訪ね、ネイチャーポジティブをはじめとする取り組みの全貌を明らかにしていく。

良い水はサントリーの生命線
森を守ることは必然だった

良い水がなければウイスキーもビールも清涼飲料もつくることができない。サントリーにとって、良質な地下水は“生命線”とも言える存在だ。そしておいしい地下水は豊かな森によって育まれる。こうしたシンプルな理由から、2003年に「天然水の森」活動はスタートした。

自然豊かな「サントリー 天然水の森」
耳を澄ますと葉のそよぐ音、虫や鳥たちの声、自然の豊かさが五感を通じて押し寄せてくる。専門家・多くのステークホルダーとともにこの豊かさを守り続けている

サントリーホールディングス(株)
サステナビリティ経営推進本部
天然水の森グループ スペシャリスト
市田 智之氏

「天然水の森」は、サントリー国内工場の水源エリアにおける森林を対象とする。地域の森を専門家と一緒に整備することによって高い水源涵養機能の維持、生物多様性の確保、洪水・土砂災害に強い環境を目指す。開始から22年が経過した2025年現在、全国16都府県で26カ所に拡大し、総面積は1万2000ヘクタールを超えた。すでに国内工場でくみ上げる地下水量の約2倍以上の水が育まれている。

サントリーホールディングス(株)
サステナビリティ経営推進本部
天然水の森グループ スペシャリスト
市田 智之氏

プロジェクトは緻密なR-PDCA(調査、計画、実行、検証、改善)のサイクルで進む。中でも徹底した調査が特徴だ。サステナビリティ経営推進本部 天然水の森グループ スペシャリストの市田智之氏は「まずは現状の森林状態を精査し、30〜100年後の理想的な森の姿を予測することから始まります」と語る。具体的にはレーザー測量による地形データの取得、モデリングシステムによる地下水の見える化、植生・鳥類調査、ゾーニングなどになる。この調査結果を踏まえた上で専門家とともにビジョンと課題を策定し、各地の状況に合わせた森づくりを展開している。

適切な間伐で健全な森をつくる
鍵を握るのは“フカフカな土”

今回訪問した「天然水の森 北アルプス」は、長野県大町市の大町市有林、国営アルプスあづみの公園にまたがる約441ヘクタールの広大な敷地で、それぞれ2019年3月、11月に30年間の協定を結んだ。

最初に市田氏が案内してくれたのは、大町市有林の西戸沢エリア。約80メートル四方を植生保護柵で囲み、本数5割、本数3割、非間伐の3パターンでカラマツ人工林の間伐実験を行っている。「人の手を入れないと暗い森のまま。間伐することで太陽光が差し込んで森の下層植生が豊かになり、生物多様性につながります」と市田氏は言う。

植生保護柵はニホンジカの食害を防ぐストッパーでもある。ニホンジカは多くの森で片っ端から地表の植物を食べ尽くし、その植物に依存する動物、虫、鳥などがいなくなる生態系の異常を引き起こす。いよいよ食べるものがなくなると毒草のトリカブトまで口にする。落ち葉などと一緒に分解菌を取り込んで消化能力が変化し、食べられる植物の種類が増えているそうだ。

西戸沢エリアでは、ニホンジカが好む笹の植生が減少していることが分かった。監視カメラにはニホンザルが笹の新芽を食べる様子が映っており、ニホンザルによって生態系が調整されている可能性が出てきたという。「以前からニホンジカと異なる笹の食べ方があるとの仮説がありましたが、映像によって裏付けられました。これにより少しでもニホンジカの食害を防ぐことができれば」と市田氏は期待を寄せる。

次に訪れたのは、あづみの公園内にある「フカフカな土」のコース。フカフカな土は良質な地下水を育む鍵であり、市田氏はその特性をこう説明する。

フカフカな土を触っている様子。手で押すとスポンジのような柔らかな感触がある

「砂や粘土だけの硬い土は雨水が染み込まずに土壌流出が起きてしまいます。一方で様々な種類の木が生えた森では多様な落ち葉が堆積し、土壌生物や微生物の力で土が団粒化することで雨水が浸透しやすくなります。だからこそ、適切な間伐によって“健全な森”にすることが大切なのです」(市田氏)

あづみの公園内を流れる戸沢川。渓流のせせらぎに心が洗われる

さらに「サントリー天然水 北アルプス信濃の森工場」に隣接する、あづみの公園の保全ゾーンへと移動。もともとこの地にはオオタカ、ノスリなどが生息しているが、巣を営むアカマツ林の下層に広葉樹が生い茂って林内での飛行が困難になり、姿を消してしまっていた。

そこで鳥類専門家の協力を仰いで営巣に適した木を複数選定し、周囲の中低木を刈り払って飛びやすい環境に整備。2022年初夏には、選定木に設置した人工巣台でオオタカのつがいが3羽のヒナを育て、無事に巣立っていった。この他、フクロウ用の人工巣箱も設置し、営巣が確認されている。

信濃の森工場内「みずのわ広場」上空を飛んでいたノスリのペア

最後は信濃の森工場内の森林に行き、工場従業員がアカマツを植樹した現場を見学した。ぽっかりと空いたスペースに驚くが、実はマツを死に追いやる“マツ枯れ”対策のためにアカマツ林を小面積で皆伐(特定エリアの樹木をすべて一度に伐採すること)し、マツ林を更新しているのだという。

「マツ枯れは年々深刻化し、工場周辺でもかなりの被害が見つかったといいます。ここでは皆伐した約1ヘクタールの土地に、約3000本のアカマツを新たに植樹しています。植えたのは長野県が開発したマツ枯れに強い抵抗性のアカマツです」と市田氏。まずは自社の敷地をモデルケースとし、知見を蓄積しながら他のエリアに広げていく。

2024年に植樹した新たなアカマツ。間違って伐採しないようにリボンを付けてある

マニュアル化できない活動内容
専門家の助力を得て解決を図る

自然が相手だけに、全国26カ所もあれば課題もバラバラだ。例えば「天然水の森 南アルプス」(山梨県)は山の風化、「天然水の森 奥大山」(鳥取県)はナラ枯れ、「天然水の森 天王山」(京都府)は拡大竹林といった難題に直面している。市田氏は「マニュアル化したくてもできないのが現実。じっくりと向き合って解決していきたい」と話す。

無論、これらの活動はサントリー単独でできるものではない。「天然水の森」には行政のほか、自然環境に精通した専門家、地元の森林事業体など数多くのステークホルダーが関わる。

「現場では専門家の方々や植生コンサルタントの意見を取り入れて方針を決定し、管理や施業の体制を確立しています。なぜこんなに多くのステークホルダーの力を借りてまで取り組むのか。それは企業理念を凝縮した言葉として『水と生きる』を掲げているように、『天然水の森』そのものがサントリーの基幹事業に連なる大事な活動だからです」(市田氏)

“水”を起点とした活動には、次世代環境教育の「水育®(みずいく)」もある。「天然水の森」に続いて2004年から始まったもので、未来を担う子どもたちに向けて水の大切さを啓発してきた。国内のみならず海外にも展開しており、その輪は世界9カ国まで広がった。2024年度末までにグローバルで約119万人が参加。2030年までに、水育をはじめとする水の啓発・安全な水の提供活動の展開人数を500万人以上にすることを目標としている。

「次世代の教育は我々にとって大きなテーマです。『天然水の森』でも群馬県前橋市の勢多農林高校との共同プロジェクトを進めていて、生徒へのアンケートでは『自分たちの活動が社会の役に立っていることを実感した』との回答がありました。この感想は本当に励みになりましたね」(市田氏)

同志を増やしてさらに森づくりを磨き上げたい

次世代に向けた社内の啓発も活発である。サントリーグループでは入社2年目が参加するバリュー研修にて、「天然水の森」での森林整備体験を実施している。「自然との触れ合いを通じて自社製品の背景にあるストーリーを体感することで、より一層“自分ごと”として捉えているようです」(市田氏)

企業にとってサステナビリティ推進が義務となった昨今、「天然水の森」はベンチマークとすべき活動だろう。「おかげさまでいろいろなご相談を受けますが、我々は同志を増やしたい。ニホンジカの問題などは広域で協力しないと根本的な解決は難しいですから。仲間が増えれば、さらに森づくりは磨かれ、日本の森林環境が良くなっていくはずです」と市田氏は語った。

雨水が地中に浸透してから地下水になってくみ上げられるまで約20年。私たちはようやく今、「天然水の森」一期生とも言える“自然の恵み”を享受している。そしてこれからも、貴重な一滴を生み出す真摯な活動は続く。

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