世界的に「ネイチャーポジティブ」の機運が高まっている。持続可能な社会を未来に引き継ぐために、今を生きる私たちは何をすべきか。サントリーホールディングスが主催した「ネイチャーポジティブ フォーラム」から、アクションのヒントを探っていきたい。
“水と生きる”サントリーが実践
「天然水の森」が教えてくれること
日本語で「自然再興」と訳されるネイチャーポジティブ。生物多様性の損失を食い止め、自然回復を促していく取り組みを指す。
これは単なる理想論ではない。2022年12月の「COP15」では生物多様性の新たな国際基準である「昆明・モントリオール生物多様性枠組」が採択され、グローバルターゲットに「30by30」(2030年までに陸と海の30%以上を健全な生態系として効果的に保全する目標)を盛り込んだ。つまりネイチャーポジティブは、カーボンニュートラルと並ぶ持続可能な仕組みとして位置付けられているのだ。
●あづみの公園内を流れる戸沢川。渓流のせせらぎに心が洗われる
2025年8月25日には、サントリーホールディングスが「ネイチャーポジティブ フォーラム~サントリー 天然水の森~」を開催した。「天然水の森」は2003年から始めた水源保全活動で、これまでに全国16都府県26カ所、1万2000ヘクタールを超える規模で、国内工場で汲み上げる地下水量の2倍以上の水を涵養している。
活動を立ち上げ、推進してきたキーパーソンであるサステナビリティ経営推進本部 シニアアドバイザーの山田健氏は「サントリーにとって地下水は事業の生命線であり、我々は天然水の森活動を基幹事業として捉えています」と語る。
「天然水の森」では徹底した調査と課題抽出から始まる「R-PDCAサイクル」を軸に、40名以上の専門家が協力して活動体制を整備。生い茂った人工林に日光を与えるために適切な間伐を行うなど、地元の林業事業体と連携しながら、20年超にわたってネイチャーポジティブを体現してきた。その結果、スポンジ状の“フカフカな土”が各地で再生され、健全な森林土壌の維持に貢献している。「自然界の複雑さは強さであり、それを可能にするのが生物多様性にほかならない。これからも豊かな森を育むために活動を続けていきたい」と山田氏。まさに“水と生きる”企業ならではの実践例である。
●「サントリー 天然水の森 北アルプス」のフカフカな土。手で押すとスポンジのような柔らかな感触がある
●アカマツ林。2024年には新たに約3000本のアカマツを植樹している
当事者たちが語る
企業がネイチャーポジティブに取り組む意義
イベントでは「企業がネイチャーポジティブに取り組む意義」、そして「ネイチャーポジティブにおける教育の重要性」をテーマに2つのパネルディスカッションが開かれ、ネイチャーポジティブを次世代に引き継ぐためにできる、国・自治体・企業の枠を超えた連携や実現可能な施策について議論を深めた。双方ともファシリテーターは東北大学グリーン未来創造機構・大学院生命科学研究科教授の藤田香氏が務めた。
第一部にはトヨタ自動車、サントリーホールディングス、環境省が参加。トヨタ自動車の大塚友美氏は「2015年から推進してきた統合的な『トヨタ環境チャレンジ2050』、グループや取引先との連携によるインパクトの最大化、『町いちばん』の精神で地域コミュニティと一緒に取り組むことが3つのポイントです」と同社のネイチャーポジティブ戦略について説明した。
サントリーは創業時から自然と共に歩んできただけに、サステナビリティへの思いは強い。先に触れた「天然水の森」活動もさることながら、1973年に開始した愛鳥活動、業界に先駆けて取り組んできたペットボトルのリサイクルなど、様々な領域で経営の基盤と一体化した活動を進めている。
その上でサントリーホールディングスの藤原正明氏は、この場で改めて「サントリーグループ ネイチャーポジティブ宣言」を発表。「エンゲージメント、水源涵養/生物多様性の再生、最適な土地利用、循環経済に関する活動、愛鳥活動の5つを柱にネイチャーポジティブを推進していきます」と力強く語った。
環境省の奥田青州氏は、2025年度に設立された「地域ネイチャーポジティブ推進室」の室長を務める。同推進室は30by30の達成に向けて「自然共生サイト」(民間によって生物多様性の保全が図られている区域)の認定を進めている。奥田氏は「地域の思いや宝物を重視し、地域の目標や戦略設定を支援していきます」と抱負を述べた。
後半のディスカッションでは企業の姿勢を深掘りした。トヨタ自動車では自然共生を重要課題と捉えており、社内外のステークホルダーからネイチャーポジティブに期待する声は高い。大塚氏は「自動車製造で培ったセンサー関連技術を生かした自然の見える化、サプライヤーとのサステナブルな調達ガイドの共有などを通じ、科学的データに基づいて取り組んでいきたい」と語った。
サントリーは2025年2月、熊本県を舞台に産学金協働の「熊本ウォーターポジティブ・アクション」を立ち上げた。地下水涵養量などの価値をクレジット化する金融手法の開発も進めており、藤原氏は「ネイチャーポジティブを経済活動につなげることで地域の活性化を図るのが狙い」と説明した。
このように、ネイチャーポジティブは地域価値と企業価値を高める効果も見込まれている。藤田氏は「経営層の方々も、CSRではなく本業であることが理解できたのではないでしょうか」と結んだ。
●企業により様々な取り組みがなされているネイチャーポジティブの活動。取り組みの意義や今後の抱負を力強く語った
未来へバトンを渡すために
次世代環境教育は欠かせない
第二部にはソニーグループのSynecO(シネコ)、一般社団法人のChefs for the Blue、群馬県立勢多農林高等学校、サントリーホールディングスが参加。教育の重要性をテーマに、まずはそれぞれの取り組みを紹介した。
SynecOは生物多様性を高める協生農法の「Synecoculture™」を提供するベンチャー。SynecOの江尻健氏はアフリカのセネガル、カメルーンで実践したネイチャーポジティブ教育に触れ、「農村部の人々にとっては『今日をどう生きるか』が最優先。アフリカでネイチャーポジティブを実現するには、外から新しい仕組みを持ち込むだけでは不十分です。現地の文化や知識を尊重し、まずそこから学ぶ姿勢が重要になります」と指摘した。
Chefs for the Blueはフードジャーナリストの佐々木ひろこ氏が代表理事を務め、東京のトップシェフ約40名を構成メンバーとする料理人の団体で、漁業者や自治体と協力して水産物の持続性向上プロジェクトに取り組んでいる。佐々木氏は「日本は奇跡の海を持ち、豊かな環境の中で精巧な生態系ピラミッドが築かれています。この多様性を守り抜くことが不可欠です」と語った。
サントリーホールディングスの市田智之氏は、スペシャリストとして「天然水の森」活動を牽引している。市田氏が訴えたのは、増え過ぎた鹿による深刻な食害だ。現在は生物多様性を可視化するシンク・ネイチャー社の技術を活用して、より効果的な防御策を検討中。「現場の知見とデータを組み合わせながら活動を進めていきます」と市田氏は話す。
勢多農林高校は2009年に「天然水の森 赤城」で「社会貢献の森」の協定を結んで以降、サントリーとの関係を深めてきた。2024年6月には同校の演習林を「天然水の森 勢多農林高校の森プロジェクト」に定め、共に森林整備活動を行っている。
生徒によるサクラソウの保全活動や演習林での実習内容発表に続き、校長の後藤希美子氏がコメント。「サントリーとの連携は生徒が身近な課題に向き合い、具体的な行動を通じて学べる教育活動として非常に意義深いもの。生徒たちが“演習林は美しい水を次世代に引き継ぐ場所”という長期的な視点を持つようになったことは大きな成果です」と述べ、ネイチャーポジティブにおける“生きた教育”の大切さを示した。
Chefs for the Blueでは大学生や専門学校生を対象として、学びと実践の融合プログラム「THE BLUE CAMP」を開催している。「海の課題解決が進まないのは、多様なステークホルダーの意見がかみ合わないことが大きな要因です。そこで教育の場で同じ状況を再現し、水産、政治、情報、栄養、教育など多様な立場の学生が議論し合う環境をつくろうと企画しました」と佐々木氏。プログラムは約5カ月間に及び、座学やフィールドワークを経て最終的には期間限定でレストランをオープンするなど実に本格的だ。本取り組みは「サステナアワード2024」において農林水産大臣賞を受賞している。
アフリカでの教育の難しさを実感しているSynecOだが、それでも江尻氏は希望があると言う。「例えばカメルーンでは多くの在来樹種が残されていて、理由を聞くと『樹液がマラリア予防に役立つ』『屋根材として使う』など伝統的な知識や生活利用に基づくものでした。経済的な価値は見えにくいものの、暮らしを支える多くの恩恵が存在していることへの理解を深めていければ」と展望を述べた。
サントリーは2004年から次世代環境教育の「水育(みずいく)」を展開してきた。市田氏は「昨年の20周年記念では、20年前に小学生として水育に参加した人にも『大人の水育』に参加いただきました。長年の活動が世代を超えてつながりを生んでいることが感慨深いですね」と語る。これまでは主に小学生を対象として水に関する啓発活動を行ってきたが今後は中学生以上にも拡大し、幅広い世代に環境や水の大切さを伝えていくという。
藤田氏はまとめの言葉として「本日の議論を通じて強く感じたのは『連携の重要性』です。これからの企業には、地域と価値を共創する姿勢が求められます。そして最終的な目標は生態系の回復だけでなく、地域のウェルビーイングを高めることです」と締めくくった。古くから日本は自然と共生する文化があり、ネイチャーポジティブとは相性が良いはずだ。今回のイベントを機に、社会に自然再興の意識が広がることを望みたい。
●サントリーが展開する次世代環境教育「水育」。子どもたちが自然の価値を実感し、水を育む森の役割を学ぶ
●社会科等の単元として担任の先生や水育講師で行う出張授業。未来へ水をつなぐためにできることを考えるプログラム




