再生医療の研究から製造までを支援する
トータルソリューションラボ施設が誕生
サーモフィッシャーは、再生医療をはじめ、ライフサイエンス分野において多岐にわたる製品や分析サービスを提供するグローバル企業である。同社は2022年10月、再生医療に特化した体験型ラボ施設「再生医療クリエイティブ・エクスペリエンス・ラボ(Thermo Fisher Scientific Creative Experience Lab for regenerative medicine、以下T-CEL)」を日本法人の本社に設置し、稼働を開始した。
T-CELは再生医療における「川上から川下まで」、すなわち研究段階から製造工程までに必要な製品やソリューションを備えている。そのコンセプトは、顧客が研究開発の早い段階で実用化に向けた課題と向き合い、解決策を見つけるための支援を提供することにある。2022年の開設以来、T-CELへの来訪件数は600件を超え、来訪者数は2300人に上るという。革新的な細胞培養技術で注目を集めているセルファイバもT-CEL活用で解決策を得た企業の1つだ。
サーモフィッシャー日本本社(東京都港区)内に設けられたトータルソリューションラボ「T-CEL」。広大なガラス張りのスペースに最新鋭の機器が設置されており、審査の上、条件を満たせばサンプル持ち込みによるデモも可能。
培養細胞をゲルに封入する革新的技術で
効率的な大量培養を実現
セルファイバは東京大学発のスタートアップ企業で2015年に創業、設立10年目を迎える。近年、様々な学会における発表などを通して認知度を高めている。
同社のコア技術は、アルギン酸ゲルをチューブ構造とし、その内部に細胞を封入するというもの。具体的には独自のマイクロ流路デバイスを用いて細胞を含む溶液の周囲にアルギン酸溶液を流しチューブ化することで、細胞をその中に閉じ込める。従来の培養方法と比較して、幅広い適用性、培養効率の最大化、簡便な細胞回収、細胞品質の維持・向上、汚染リスクの低減、コスト削減の可能性など、多くのメリットを有するという。
セルファイバ 製造技術開発部門チームリーダーの前場伊織氏は、同社の技術の特徴を次のように紹介する。
株式会社セルファイバ
製造技術開発部門チームリーダー
前場 伊織氏
「当社の技術では、浮遊系細胞だけでなく接着細胞にも対応でき、多様な培養容器で様々な細胞を培養することが可能です。また、培養効率の最大化にも貢献します。例えば、接着系の間葉系幹細胞(MSC)の培養では、従来の方法を用いた場合は増殖が接着底面積に依存し、大容量化に限界がありました。しかし、新たに実用化した技術を用いると、培養容器内に細胞を閉じ込めたチューブ状のファイバーを立体的に詰め込むことができますので、チューブ内面が接着面となり培養容器の容積を最大限に活用することが可能です。具体的には、1リットルの培養バッグ内に約800メートルのファイバーを収容でき、その接着表面積は約6400平方センチメートルに達します。これは標準的な10層の多層フラスコとほぼ同等の表面積です。これにより、生産効率を飛躍的に高めることが可能です」。
培養後の細胞の回収も容易だという。アルギン酸をベースとしたファイバーのため、酵素を用いることなく、特定の溶剤でファイバーだけを溶解させることができる。溶解後は、遠心分離機や既存の細胞回収システムを使って、簡単に細胞を回収することが可能だ。また、ファイバー内で細胞を培養するので、外部からの影響を受けにくく、細胞の品質低下を防ぐことができるという。
細胞の機能性向上にも有用と考えられており、実際、機能性の向上を示すデータも得られている。この点については、高密度に細胞が充填されることによる細胞同士の相互作用が機能性向上に寄与する可能性が示唆されている。
こうした技術を用いることで最終的な医薬品の製造コストの低減と機能性の向上も期待できるという。前場氏は、「培養時に用いる消耗品などのコストは高くなるものの、容器内の培養の効率向上が図れるため、最終生産物の1単位当たりの価格を抑えることが期待できます」と述べる。
細胞ファイバとは、ゲルでできた直径数百μmのチューブ内に細胞を封入した構造体である。
チューブの端は閉じており、細胞が漏れることはない。
ゲルの透過性を利用して細胞が産生する物質のみをチューブ外に取り出し、回収することも可能である。
閉鎖系での細胞回収をT-CELで実証、
機材導入につながる
セルファイバがT-CELを利用することになったのは、ある展示会での出会いがきっかけだった。当時、同社ではチューブ培養技術による細胞の大量培養を目指す中で、閉鎖系での細胞回収が課題となっていた。従来の細胞回収は、安全キャビネット内での開放系、すなわち外気に触れた状態での作業が主流であり、閉鎖系で培養していても、細胞を取り出す際に容器を開放することで汚染リスクが生じていた。安全な再生医療の実現には、外部の空気に触れない閉鎖系での細胞回収が不可欠だった。
サーモフィッシャーサイエンティフィック
ラボプロダクツ 営業
星野 正明氏
サーモフィッシャーでラボプロダクツ 営業を務める星野正明氏は、「セルファイバ様の閉鎖系培養プロセスについての課題をお聞きしてT-CELをご紹介しました。T-CELには、サーモフィッシャーの閉鎖系遠心分離バッグ『Thermo Scientific™ CentriPAK™』と、それに対応する大容量冷却遠心機『Thermo Scientific™ Sorvall™ BIOS 16』を設置しています。セルファイバ様が培養された細胞を持ち込み、CentriPAKによる細胞回収の実証実験を行いました。その結果、100%近い回収率を確認でき、閉鎖系を維持したまま大量の細胞回収が可能であることが立証されました」と当時の成果を語る。この実証実験の成功を受け、セルファイバはサーモフィッシャー製品の導入に踏み切った。
セルファイバ社の前場伊織氏(右)らは、導入に先立って、T-CELにおいて細胞回収率や異物混入の有無などを確認した。左は閉鎖系遠心分離バッグ『CentriPAK』を掲げるサーモフィッシャーの星野正明氏。大容量冷却遠心機『Sorvall BIOS 16』の前で撮影。
単なるショールームではなく
総合的な学習・サポートを提供
「T-CELは単なるショールームではない」。サーモフィッシャーのカスタマーエクスペリエンスセンター ラボマネージャーの前田礼男氏はT-CELの特長を次のように述べる。
サーモフィッシャーサイエンティフィック
カスタマーエクスペリエンスセンター
ラボマネージャー
前田 礼男氏
「T-CELには当社の製品をワークフロー単位で展示しています。単なる展示にとどまらず、事前に相談した上で、お客様がサンプルなどを持ち込み、実際の操作や評価を行うことも可能です。また、研究経験を持つ人材が多数在籍しており、お客様が抱える課題に対して解決策を検討・提案を行うことができます。営業担当者だけでなく、技術担当者も同席し、幅広い視点からサポートを提供しています」。
T-CELには、製薬企業、バイオベンチャー、大学・研究機関の研究者に加え、素材メーカーや機械装置メーカーといった異業種から再生医療分野への参入を検討している企業、さらにはベンチャーキャピタルなどのビジネスサイドの関係者も多数来場しているという。
キーワードは知っていても実物を見たことがない来場者も多く、現場の課題を学ぶ場として活用されている。また、様々なプレイヤーが集まることで、新たな交流や協力が生まれ、ビジネスの創出につながる可能性も秘めている。
前田氏は「サーモフィッシャーは米国に本社を置くグローバル企業ですが、再生医療に特化したT-CELのようなラボが設置されたのは東京が初めてです。再生医療分野における日本への期待がいかに大きいかが分かります」と強調する。
再生医療の未来を拓く
新たな連携に期待
再生医療の実用化は単独のプレイヤーでは達成が難しく、「総力戦」が必要となる。サーモフィッシャーのT-CELは、再生医療に特化して、研究開発段階から実用化まで包括的に支援するプラットフォームとして機能することから、バイオ関連企業だけではなく、異業種との出会いの場としても期待できる。様々な疾患に苦しむ患者が、安全で有効な再生医療を享受できる未来の実現に向けた貢献に期待したい。

