
創薬の入り口である「ドッキング」が、新世代AIの登場により劇的な進化を遂げている。最新のAIモデル「Boltz-2」とNVIDIAの計算プラットフォームを組み合わせることで、従来手法が抱えていた精度と候補化合物数の限界を打破できると期待されている。本稿では、この分野の第一人者である理化学研究所の本間光貴氏に、最新動向や今後の進化、日本の創薬力強化に不可欠なデータ連携について話を伺った。
創薬研究において、病気の原因となるタンパク質に薬剤候補となる化合物がどのように結合するかを予測する手法である「ドッキング」は、探索の成否を分ける重要な工程である。しかし、従来用いられてきたドッキング手法は精度が不十分だったと本間氏は指摘する。「これまで20年間ほどは、GlideやAutodockなどのドッキングソフトが用いられてきました。これらは数千個程度の少数の学習データで従来型の回帰モデルを構築していましたが、十分な精度が得られませんでした」と振り返る。
この状況を変えたのが、2024年に公開されたAIドッキングソフト「Boltz-2」である。2024年にノーベル化学賞を受賞した米Google DeepMindが開発した「AlphaFold 3」と同じ拡散モデルを採用しており、創薬の世界にパラダイムシフトをもたらそうとしている。最大の特徴は圧倒的な学習データ量にある。Boltz-2は約500万件ものデータに基づいて学習しており、「予測精度は段違いで汎用性も高い」(本間氏)だという。
国立研究開発法人理化学研究所
生命医科学研究センター
制御分子設計研究チーム
創薬分子設計基盤ユニット
本間光貴氏
チューニングなしに高精度を得られるのもBoltz-2の利点だという。本間氏は「従来型のドッキングソフトでも、病気の原因のターゲットに合わせて設定を調整すると精度を上げることができましたが、Boltz-2はチューニングなしで従来型を上回る精度が得られます」という。
Boltz-2の優位点は、精度向上によって、薬剤候補を正確かつ効率良く同定できるようになっただけではない。「チャンスを逃すことが少なくなりました」と本間氏は指摘する。「数十万から数百万もの化合物から候補を絞る初期探索の過程で予測精度が低く適用範囲が狭いと、候補になり得る化合物を誤って振り落としてしまうリスクが高まってしまいます。AIドッキングの導入により、有望な化合物を逃さず、成功率を上げることが可能になりました」
AI予測モデルの実用化には高速・大容量の計算資源が欠かせない。特に製薬企業などが保有する大規模な化合物ライブラリをスクリーニングする場合、計算時間は大きな壁となる。
今回、本間氏らは、国内の製薬企業9社が共有する化合物ライブラリ「J-PUBLIC」に登録されている44万件の化合物を対象として検証を実施した。計算資源として、NVIDIAのA100 GPU4基と、AI演算の高速化に有効なソフトウエア群をパッケージした推論マイクロサービス「NIM(NVIDIA Inference Microservices)」を用い、Boltz-2でドッキングを実施したところ、16日間で全化合物のスクリーニングを完了できた。
本間氏によれば、NVIDIAがチューニングしたNIMの併用により、計算スピードはNIM版ではないオリジナルのBoltz-2の場合に比べて3〜5倍に向上したという。同氏は、NVIDIAのGPUの性能とBoltz-2の性能が、創薬の現場で活用する上でちょうど良いバランスに達したと評価する。「ほんの2〜3年前には、これほど大規模なライブラリに対して高精度なドッキングができるとは考えられませんでした」(本間氏)と、今こそAI創薬導入の好機だと強調した。
なお、Boltz-2は生成AIとの相性も良いという。本間氏らは、生成AIが出力した候補物質の構造式をBoltz-2で評価し、結合の強い候補を抽出するといった連携も検証している。
欧米のメガファーマは、1社で日本の全製薬企業分に迫る膨大な研究開発費とデータを保有している。これに対抗するために日本が取るべき道は「オールジャパンでの連携」だと本間氏は説く。「製薬企業が持つフェノタイプ(表現型)のデータと、アカデミアが得意とするゲノムやプロテオームなどのオミックスデータを統合し、日本全体でAIを育てる仕組み作りが必要です」(同氏)。
同時に、AI時代の創薬研究者には新たな専門性が求められる。本間氏は「AIにすべてを任せるのではなく、AIと自身の専門性を組み合わせるスキルが不可欠になるでしょう」と指摘する。また、予測手法としてのAIとシミュレーションは相互補完的な関係にあり、両方を使いこなすことが次世代の創薬研究における勝機になるという。
こうした変化の中で重要になるのが、高度なAIモデルを支える計算基盤である。NVIDIAの国内一次代理店でもあるマクニカは、NVIDIA GPU + NIM上で Boltz-2 をはじめとするオープンソース創薬モデルを活用できるソリューションを提供している。ハードウェア選定から Boltz-2をはじめとするNIMとして展開されるモデルのセットアップとデプロイ、実運用を見据えた性能チューニングまでを一気通貫で支援し、「計算基盤の準備と運用がハードルになってAIモデルを活用できない」という課題の解消を通じて、AI創薬時代を足元から支えている。
本パッケージは、NVIDIA NIM と NVIDIA「RTX PRO 6000 Blackwell」を搭載した AI ワークステーション DeepLearningSTATION II をセットでご利用いただける構成です。NVIDIA NIM は、業界標準 API に対応した即利用可能なコンテナを提供し、高性能な AI 推論モデルを迅速にデプロイできます。本パッケージでは、NVIDIA NIMを “すぐに試せる”環境として提供しており、導入直後から最新AIモデルの実力を体験いただけます。また注目の先進 AI モデル Boltz‑2 をはじめ、AI 創薬分野で広く活用されているOpenFold‑3(分子複合体構造予測モデル)、Evo2(ゲノム基盤モデル)、RFdiffusion(タンパク質デノボ設計モデル)などの主要モデルもご利用いただけます。特に Boltz‑2 は、タンパク質-リガンドの構造予測と結合親和性予測を同時に実行できるAIモデルであり、大規模な仮想スクリーニングやリード最適化を効率化し、創薬探索のスピードと成功率向上に貢献することが期待されています。
株式会社マクニカ クラビス カンパニー NVIDIA製品担当
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