「製薬業界CHROラウンドテーブル2026」の冒頭では、同会を主催するPwCコンサルティングの執行役員 パートナー 組織人事コンサルティングリーダーの北崎茂氏が「これまで業種横断の形でのCHROラウンドテーブルは何回か開催してきましたが、製薬業界向けのラウンドテーブルは初めてです。事業環境変化に伴い、人的資本経営に関わる課題も各業態で多様化しており、今回は製薬業界の課題に対してより深い議論をしていきたいと考え、本ラウンドテーブルの開催を決定しました」と挨拶した。
その後、「生成AI時代における競争力の源泉となる組織カルチャーの在り方」をテーマにPwC対談講演が行われた。講演は北崎茂氏とPwCコンサルティング 執行役員 パートナー 医薬・ライフサイエンスコンサルティング リーダー ヴィリヤブパ・プルック(エディ)氏が発言する形で行われ、モデレーターを日経BP 総合研究所 チーフコンサルタント 主席研究員の小林暢子が務めた。

エディ氏は「製薬業界では、研究開発から上市までを短期間で高効率・高品質で行うことが競争優位実現のカギを握ります。AIの普及により研究領域では、RWDやより多様な治験データを活用した探索が一層加速しており、取り扱うデータ量そのものも拡大しています。併せて、開発においてもドライとウェットの融合的な活用が進むことで、開発期間の短縮が見込まれます。さらに、リッチかつ体系的に整理されたデータの利活用が進展することで、エビデンスの在り方が変わり創出スピードは加速し、情報へのアクセス障壁も低下していくと考えられます。こうした環境変化の中で、MRに求められる役割や機能も変化しており、AIを活用して医師の意見や知見を取り込みながら、新たなインサイトを提供していくことが、今後ますます重要となります」と語った。


AIで変化のスピードが圧倒的に速くなる中で、今の段階から2030年に必要な人材ポートフォリオを構想・設計する必要が出てきている。北崎氏は「2030年に人員に余剰感が出てきたとして、そこから対策を立てるのでは手遅れです。スキルの転換もいきなりできるわけではありません。事業戦略とAIによる環境変化を見据えた上で、2030年に向けた人員構成・人材ポートフォリオを決めなければいけません」と述べた。続けて「その上で、ターゲットとするスキルと現在とのギャップを見定め、必要な人材調達の戦略を早期に見極めるとともに、AI活用も含む環境変化に耐えうる、柔軟性の高い労働力の在り方も検討していく必要があります」と語った。今後は、アウトソースなどフレキシビリティの高い労働力の比率を高めていくなどの取り組みを進めていく必要性を明示している。
また、海外と日本の製薬会社ではそもそも事業の進め方が大きく異なる。海外のある大手製薬会社には優れた目利きの集団がいて、研究中の薬剤を買い入れて開発し、上市させる、商社のような動きをする。一方で、日本の製薬会社は自分たちで開発して、育てていくやり方をしていて、ビジネスモデルが全く異なる。その違いを踏まえた上で、CHROや人事部門は5年後を見据えてどこの人材ポートフォリオを強化していくのか、どこをアウトソースしていくのか、どこと共創していくのかを考えなければならない。
「ただ、これを進めていくと、必ず組織にゆがみが出てきます。そこで大事になるのは自社のカルチャーをどう守っていくのかです。そのために、会社のカルチャーを海外も含めてグループ全体に浸透させていくことが重要になります」(エディ氏)。
どの会社も組織カルチャーは重要だという認識は持っている。ただ、それをマネジメントしていく責任を誰が持っているのかはっきりしていないケースが多い。組織カルチャーは意識・無意識に行われる行動の集合体なので、行動だけではなく、仕事のやり方をデザインし、コントロールしていくセクションの役割が重要になる。「特にグローバル展開している企業では、多様なバックグラウンドを持ったメンバーが共同して仕事に取り組むことが多く、仕事の進め方を含めた共通言語の醸成は、生産性やコラボレーションの観点からも重要です。こうした動きの中で、CHROや人事部門がどのような役割を果たしていくかが、今後の企業競争力の向上に対してもそうですし、人事部門そのものものの価値という観点からも重要な論点になると考えています」と北崎氏は指摘する。
どこの企業でも人事部門は非常に忙しく、日々の仕事に対処していくだけで精一杯だというのが現実だ。それに対して、AIが業務の一部を担うことで、こうした状況が変わる可能性が生まれている。
日本企業の人事領域における生成AIの活用はこの2年ほどの間に大きく進んでいて、すでにいくつかの日本企業では、何千人もの定期異動のドラフトをAIに任せる動きが出始めている。こうした中で、CoE、HRBP、HRSSから成る3ピラー・モデル(注)で見ると、定型業務の効率化・高度化を担う役割であるHRSSは今後、AIによる効率化等によりスリム化が進んでいく。その一方で、事業環境が複雑化する中、各事業や部門で求められる人材ポートフォリオや人材の調達戦略も複雑化し、HRBPに求められる期待値・役割も拡大する傾向にあり、より大きな遠心力が働き、人事部門から離れていく可能性が大きい。そして、人的資本開示やDEIB、HR Techなど全社最適の観点で取り組むべきアジェンダも加速的に増える中、CoEが対応すべき役割もまた拡大する傾向にある。
北崎氏はこの点について「HRBPはより事業サイドへの遠心力が働き、一方でCoEは人事部門の中で対応すべきアジェンダに対応し続けるため、人事機能全体としては、大きな分散傾向が生まれ、人事全体の活動を把握するのが困難になっていきます。それに対応するために、PMO的な役割も含めたハブ機能を中心に置くことにより、人事機能全体のバランスを取ることがより求められるようになります。CHRO室的な組織がこれに近いかもしれないですが、こうした機能は全体統制だけでなく、変化の激しい人事アジェンダの中で、人事機能を持続的に変革していく『人事機能を持続的に変革するための企画機能』を取ることも同時に求められるようになってきます」と述べる。
また、北崎氏はこれに加えて、AIの普及によって人事データの扱いについても変化があると話した。「データが意思決定におけるアセットであるのは今後も変わらないです」と前置きしつつ、「昨今ではデータを基幹人事システムに無理やり物理的に統合させることのこだわりは希薄化してきており、むしろ多様なHR Techを扱う中で、組織人事データを分散化させて管理しながらも、相互接続によるバーチャルに統合化をさせたり、人事向けのデータレークを構築する傾向にあります。また、データの中身も評価や異動歴などだけでなく、人事以外の部門がビジネス運営上で活用しているデータ、例えばプロジェクトデータや、営業訪問データ、技術情報などの中で人材に関わるデータを活用する流れも生まれてきており、人事データの概念が変わってきています」と述べた。
「人事部門は経営戦略と社員をつなぐ非常に重要な役割を担っていますが、苦労も多いと思います。その中で、今までの枠組みを超えた新たな役割と機能を担うことになっていくので、CHROの皆さんと積極的に意見交換をしていきたいと考えています」とエディ氏は結んだ。
(注)3ピラーモデル:HR(人的資源)を研究するDavid Urlich氏が提唱した組織モデルで、人事組織を3つの柱に再編し、高付加価値な戦略人事を実現する。3つの柱とは、CoE(Center of Excellence;法や制度など、専門性が高い業務を担当する専門家集団の役割を担う部門)、HRBP(Human Resource Business Partner;事業部門のリーダーのパートナーとして、戦略立案や組織・人材課題の解決を支援する戦略人事)、HRSS(Human Resource Shared Service;給与計算、勤怠管理、福利厚生手続きなどの定型業務・運用業務を専門的に扱う部門)

