「ゲーム感覚で面白そう!」
夫婦で特別な思い出を作りたかった
―なぜ新婚旅行に「サンティアゴ巡礼」を選ばれたのでしょうか。きっかけを教えてください。
神田伯山さん(以下、伯山):ある落語会で、たまたま作家の小野美由紀さんと出会い、小野さんの経験をもとに書かれた『人生に疲れたらスペイン巡礼 飲み、食べ、歩く800キロの旅』(光文社新書)を読んだのがきっかけです。純粋に「面白そうだな」と思って、妻に「サンティアゴ巡礼に行かない?」と誘いました。何日も歩き続ける過酷な旅なので、普通ならためらうと思うのですが、妻は「いいね」と二つ返事でOKしてくれました。
古舘理沙さん(以下、古舘):そのとき彼は「簡単だから」と言ったんですよ。「矢印に沿って歩くだけだから」と。
伯山:僕、かなりの方向音痴なんですよ。「そんな俺でも道に迷わないから」と言いました。僕はゲーム世代なので、矢印に沿って歩く巡礼のコースが、ゲームのようで面白いなと思ったんですよね。
新婚旅行なので、一生の思い出に残る旅行にしたいと思ったのもあります。この先何か困難に直面しても、楽しい思い出があれば、乗り切っていけるのではないかと思いました。私は、プロテスタント系の高校に通っていましたが、クリスチャンではありません。でも小野さんの本には、サンティアゴ巡礼は宗教に関係なく、どんな人でも受け入れてくれると書いてあり、その感覚もとても素敵だなと思いましたね。
古舘:スペインはまだ行ったことがなかったので、「面白そうだな」と思って賛成しました。私もクリスチャンではないのですが、伯父がカトリックの神父なんです。中学・高校とカトリック系の学校に通い、サンティアゴ巡礼についても漫画で読んで知っていました。
―サンティアゴ巡礼を決めてから、どのように準備をされたのでしょうか。
古舘:巡礼の前後を含めて2週間くらい仕事を休むことになるので、まずは日程を決めて、1年くらい前に飛行機を予約しました。
伯山:ステッキやライト、寝袋など、持っていくものの準備をしたのは直前でしたね。二人ともランニングをしたりジムに行ったりしていたので、巡礼に向けた特別な体力作りはしていません。でも、それがあだになって、旅先で膝を傷めてしまったのですが……。
―実際に巡礼したコースと日数を教えてください。
伯山:期間は(2018年の)9月4日から11日の7日間です。100km歩けば証明書がもらえるので、ゴールのサンティアゴ・デ・コンポステーラから110kmほどの地点のサリアという街からスタートする予定だったのですが、「せっかく行くなら」という妻の提案で、美食の街サン・セバスティアンを訪れた後、サリアからもう少し離れたビジャフランカ・デル・ビエルソからスタートしました。
巡礼の歩き方に、
生きざまや人生観が表れる
―巡礼された時の様子を教えてください。
伯山:9月の夏の時期だったので昼間は暑すぎて歩けません。朝5時に起きて6時前に出発し、真っ暗の中、懐中電灯を頭につけて歩き始めます。お昼までの6時間くらい、毎日20km以上をひたすら歩きました。
道中に矢印があり、次の村まで何キロと書かれてあります。それに沿ってひたすら歩いて行くだけです。「この道で合っているかな?」と不安になっていると、矢印が現れてホッとする。真っ暗な道を歩いて行くと、だんだん日が昇ってきて、その自然の美しさは格別でしたね。
古舘:道中の景色は本当にどこも美しかったですね。基本は田舎道で、どこも日本にはない景色ばかりでした。まさに中世の街に迷い込んだような感覚です。街と街の間は本当に何もなくて、突然町が現れる。都市部の景色も綺麗でした。
伯山:それでお昼になると、お店に入ってパエリアを食べて、ビールを飲んで……。
古舘:ご飯はどれもおいしかったですね。タコにオリーブオイルとパプリカパウダーをかけて食べる「タコのガリシア風」が印象に残っています。
伯山:一定区間ごとに巡礼者が泊まるための「アルベルゲ」と呼ばれる宿があって、夜はそこに他の巡礼者たちと一緒に泊まります。日中歩いて疲れているので、夜6時くらいに寝袋に入り、ぐっすり眠れましたね。造りや色味がすごくかわいいアルベルゲもあり、街ごとにまったく違っていました。
古舘:綺麗だったり汚かったり、金額も違いましたね。当時で1泊6~10ユーロ(注:当時の換算レートで約770~1280円)くらいだったと思います。
その手前にはぶどう畑が広がる。この村からサンティアゴ・デ・コンポステーラまでの距離は約630km(徒歩で約4週間)
どの標識も黄色の放射線状の模様が記されており、これは巡礼の象徴であるホタテ貝をデザインしたもの。
(写真右)巡礼者は、この白いホタテ貝を身に着けることで、自身が巡礼者であることを認識してもらえる。写真のホタテ貝は古舘さんが実際に身に着けていたもの。
―さきほど、伯山さんは途中で膝を痛めたとおっしゃっていましたが、大丈夫でしたか。
古舘:旅の序盤に山があって、彼がはしゃいで走ったんですよ。それで膝を痛めてしまって、サリアでマッサージに行きました。
伯山:本当に痛かったですね……。人間が追い込まれたときの弱さを感じました。僕はその場を楽しみたくて、何も考えずにわんぱくに走っていたのですが、彼女は一歩一歩、修行僧のように歩いていましたよ。巡礼の旅は、その人の人柄や人生観が出るなと思いました。
古舘:日本にいたときは、ここまでダメな人だとは思っていませんでした(苦笑)。この旅に行く前にも、私は20kmくらいは歩いたことがあったので、自分の体力的には大丈夫だろうと思っていたんですが、相手にその体力がないかもしれないことを忘れていましたね。
伯山:いま思えば、サポーターも付けずによく歩いたと思います。靴ずれやお尻ずれの対策としてワセリンは持って行きましたが、それは正解でしたね。僕たちは毎日20km以上歩きましたが、日数を多くすれば1日の距離を短くできます。そうすれば、もう少し楽に歩けたと思います。実際、現地ではご高齢の巡礼者もたくさんいました。
―言葉が通じない中での人々との触れ合いはいかがでしたか。
伯山:印象に残っているのは、ピンク色の髪の毛でお酒のマグナムボトル(約1.5リットル)を下げているおばあさんですね。その方は筋骨隆々で、とてもカッコ良かったんですよ。
古舘:写真を頼まれた女性を「アンナさん」と呼んでたよね。
伯山:名前を聞く機会はないから、勝手に名付けて(笑)。みんな同じようなペースで歩いているので、途中で何度か顔を合わせるんですよ。特に言葉を交わすことはないけれど、おのおのの人生があるんだろうなと想像するのが楽しかったですね。お互い長距離を歩き、大変な苦労をしているからか、不思議な連帯感がありました。
言葉は、「(Wi-fiの)パスワードを教えてください」という意味の「ケ・エス・コディゴ」というスペイン語だけ覚えました。妻はもともと語学が堪能で、現地でどんどん話せるようになっていたんですよ。「なんでしゃべってるの?!」と、改めて異国での彼女のサバイバル能力の高さに驚きました。キラキラしていましたよ。

日常から離れ、
自分と向き合いながら歩く旅
―旅の終着地である「サンティアゴ・デ・コンポステーラ大聖堂」にたどり着いたときの気持ちはいかがでしたか?
伯山:実は、大聖堂まで残り20kmのところで痛めた膝がさらに痛くなって歩けなくなってしまって、最後はタクシーに乗ってゴールしたんですよ。正規のルールでは、OKなのは自転車とロバと馬だけで、車はダメなんです。
大聖堂は美しかったですね。旅の途中から、「これだけ歩いた先にあるゴールとはどんなものなんだろう」とずっと気になっていたんです。せっかく頑張っても、イマイチだとがっかりするじゃないですか。大聖堂はゴールにふさわしくきらびやかで、晴れやかな気持ちになりましたね。幸せなゴール地点だなと思いました。
古舘:私は少し感じ方が違っていて、大聖堂のきらびやかさが、日本の「侘び寂び」の文化とはやっぱり違うな、と興味深く見ていました。日本の禅の精神では、ゴールはまた新たな始まりという円環の思想なので、ここが終着地であるという中世ヨーロッパの感覚とは違うんですよね。
伯山:宗教的にとらえるとそうかもしれないね。
僕はエンタメだと思っていたので、エンタメのゴールとしては最高でした。ただ、歩いてゴールできていれば、もっと感動しただろうなと思うと、本当に妻に申し訳ない気持ちです。
今度は子どもが成人したくらいに3人でまた一緒に行きたいですね。その旅は絶対楽しいと思うし、それを味わえるのは、僕が膝を痛めたおかげなんですよ、と美談にすり替えてみる(笑)。
でも、振り返ってみて、仕事のことを考えず、ただ矢印に沿って歩くことだけに集中する時間はとても貴重なものでした。同志のような関係で妻と2人で目的地に向かうという行為そのものが、僕は楽しかったですね。自分の人生を整理することもできたので、10年近く経った今、改めて思い返して「行って良かったな」と思っています。
(写真右)サンティアゴ・デ・コンポステーラ大聖堂の主祭壇に鎮座する聖ヤコブ像。巡礼者たちは、大聖堂内の聖ヤコブ像に感謝を捧げ、地下の棺に敬意を表して旅を締めくくる。
―2027年は5年ぶりに「サンティアゴ大祭年(聖年)」を迎えます。サンティアゴ巡礼の旅に挑戦する方にメッセージをお願いします。
伯山:素直に、めちゃくちゃ楽しいので、おすすめしたいです。歩くことは自分自身と向き合う行為でもあります。何かを考えながら歩くこともあれば、「無」になる時間もある。そんなふうに自分と向き合い、ただ歩く1~2週間という時間は、人生の中でもなかなか確保できるものではありません。一生の思い出になると思いますよ。
古舘:サンティアゴ巡礼の道は、フラメンコや闘牛など、スペインと聞いて一般的にイメージするような場所ではありません。だからこそ、「スペインにこんな一面もあるんだな」と新たな発見がありますし、まさに中世の世界観を味わえます。昔ならではの手段で、人々が何百年も同じ道をこうして辿っている。それだけで感動ですよね。
サンティアゴ巡礼の予備知識
●目的と主要ルート:最終目的地はサンティアゴ・デ・コンポステーラ。「フランスの道」が最も人気だが、他にもポルトガルの道、北の道など複数のルートがある
●期間と距離:「フランスの道」全行程は約800kmあり、徒歩で約30~40日を要する。どこから歩き始めても良いが、コンポステーラ(巡礼証明書)の取得には最低でも最後の100km以上を歩くことが必要
●おすすめの季節:5月~6月、9月~10月は気候が穏やかなため最適。夏(7月~8月)は非常に暑く、冬は雪で通行不能になる道もある
●装備:履き慣れた靴と高品質なレインウェア、全身を覆うポンチョを用意すること
●荷物:可能な限り軽量化し、着替えは最小限が望ましい
●通信・支払:eSIMや現地のSIMを準備しておく。クレジットカードと現金(ATM)を併用すること
●習慣:夜間に歩くのを避けるため、早寝早起きがベスト(6時起床・8時出発が目安)。挨拶は「ブエン・カミーノ(良い巡礼を)」
●健康・安全:足のマメ対策、膝を保護するサポーターなど、脚部への負担を減らす準備を万全に。貴重品の管理、冬場の極寒・悪天候には注意する
●宿泊:「アルベルゲ」と呼ばれる巡礼者専用の安価な宿が利用可能。基本は二段ベッドのドミトリー形式。Cタイプの変換プラグと耳栓は必須
●ルート:道標の「黄色い矢印」と「ホタテ貝」のマークを辿る。17km以上町がない区間もあるため水と食料を確保しておくこと
●巡礼手帳:クレデンシアル(巡礼手帳)は巡礼者の身分証明書のようなもの。アルベルゲでの宿泊や、スタンプ(セージョ)を収集するために必須。出発地や巡礼事務所で入手できる
●巡礼証明書:コンポステーラ(巡礼証明書)はサンティアゴに到着し、100km以上歩いた証明をクレデンシアルで示すと授与される
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