50年におよぶ「塩の旅」
写真家 片平孝が捉えた
世界の現場

地球の「塩の風景」をライフワークの一つとして、50年以上にわたり世界中を撮り歩いてきた写真家・片平孝氏。東京・墨田の「たばこと塩の博物館」では、2026年4月5日まで、膨大な数の作品から厳選した約80点を紹介する「片平孝 写真展『塩の旅 ~地球の塩の現場に立つ~』」を開催中だ。5大陸20カ国の、想像をはるかに超える光景との出合いが待っている。

唯一、世界中の塩の現場を
追い続けた写真家

炎熱の太陽が照り付ける中、塩を運ぶラクダが隊列を組むアフリカの砂漠に、まるで月面のようにゴツゴツとした塩原が広がる南米の風景──。撮影したのは、片平孝氏(1943年~2025年)。塩湖、塩原、塩田など、人の命に欠かせない塩の風景をライフワークの一つとして撮影に挑んできた写真家だ。「有名な南米ボリビアのウユニ塩湖のように、限られた地域の塩を撮影する写真家はいても、片平さんほど塩をテーマに各地の塩の現場に迫った人は、世界的にもいないでしょう」と同館主任学芸員の高梨浩樹氏は話す。ウユニ塩湖も、片平氏は世に知られるはるか前から、塩の切り出し作業をはじめとする多様な光景をカメラに収めてきた。

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ウユニ塩湖 家畜用の塩ブロックの切り出し ボリビア 1986年(撮影:片平孝 ※以下、塩の写真すべて)

片平孝 写真展「塩の旅 ~地球の塩の現場に立つ~」

  • 会期:開催中~2026年4月5日(日)
  • 休館日:月曜日
  • 会場:たばこと塩の博物館(東京・墨田)
  • 開館時間:10時~17時(入館は16時30分まで)

1970年代初頭から「塩」を大きなテーマの一つとして活動をしてきた写真家・片平孝氏の作品約80点を紹介。アフリカを皮切りに、世界各地の塩湖・塩原・岩塩坑・天日塩田などを取材し、日本と大きく異なる世界の塩事情を克明に伝える。世界各地の貴重な情報、資料を提供し、「たばこと塩の博物館」の活動の支えともなってきた片平氏による、各現場の詳しい解説も見どころ。会期中には、講演会やトークイベントも開催(記事末参照)。

写真展内観

地球を股にかけた撮影

会場では、アフリカ、南米、オセアニア、ヨーロッパ、アジア、北米と6つの地域に分けて「塩の現場」を紹介。片平氏は、塩といえば海塩をイメージしやすい日本人には想像もつかない大地の様子や、塩作りに携わる人々の営みなどをカメラに収めてきた。大地に塩が噴出するような場所は乾燥地で、水蒸気が少なく人もいない。夜は漆黒の闇に包まれるため、星空がすさまじいほどに美しいという。星も、塩を追う中で彼のもう一つのライフワークとなり、本展ではその一端も紹介される。

地図
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本展で紹介する「塩の現場」

アフリカ

──すべての始まりは、偶然の出会いから

塩はこんなに大切なものなのか──。片平氏が、最初にそう気付いたのは、1970年1月、西アフリカの国マリだった。地理や地学、地球科学に関心を持つ彼が、サハラ砂漠を撮影するため同国を移動する中でたどり着いたニジェール川のほとりに、塩を運ぶキャラバンがいた。30頭近いラクダの背には板状の岩塩が積まれ、片平氏は彼らがどのような旅をするのか、塩はどのように大地から姿を現すのかなど、産地への思いが募ったという。その2年後に、約700キロにわたり、西アフリカ・ニジェールの塩キャラバンの旅に同行する機会を得た。

太古には海だった北アフリカのサハラ砂漠には、塩の生産地が点在する。砂漠のただ中にあるニジェールのビルマ村では塩害で作物が育たないため、塩を作り、キャラバンが運ぶ生活必需品と物々交換する。片平氏は塩キャラバンが、そこから約700キロ離れた西の町・アガデスに移動する行程を共にした。止まるとラクダが座り込んでしまうため、朝から夜中まで休むことなく移動が続く。携帯できる水の量は限られ、井戸から次の井戸まで最短の日程で進まなければならない。途中、力尽きたラクダは死んでいく。町にもたらされるのは、命の重みを持つ塩なのだ。

片平氏はアフリカに幾度となく渡り、現場を訪れた。エチオピアもその一つ。ケニアと国境を接するサバンナに暮らすボラナ族の採塩場「チュベット」(塩の家の意味)があるのだ。黒い塩の池で、底の泥に塩のほか、様々なミネラルが含まれ、命の糧となっている。

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砂丘を越えるハウサ族の塩キャラバン ニジェール 1972年
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チュベットの塩の池で底の泥を採る エチオピア 1992年

戦闘機のような小型機で撮影した石灰の塔

さらに驚く光景が、東アフリカの大地を3000キロにわたり切り裂く大地溝帯。プレートの裂け目が南北に走る地帯である。「プレートの境界は普通、海の底にあって見えないのですが、ここではそれが地表にあり、大地が裂けて陥没している。地殻が薄く、地中の物質が噴出し表面に現れる。その中に塩も含まれるのです」(高梨氏)

大地溝帯のうちエチオピアとジブチの国境に位置するアッベ湖を写した片平氏の作品には、夕日を背景に、石灰が堆積することでできたトラバーチン(石灰華)が、塔のように並ぶ。辺りを薄っすら白く塩が覆うが、片平氏は上空からこの作品を撮影した。「撮影のために飛行機をチャーターしたら、飛行場にあったのは戦闘機のような小型機だった。国境付近を飛ぶため、セスナのような遅い飛行機では撃ち落とされると言われこれに乗り、急旋回したときに捉えた風景だそうです」(高梨氏)。彼の「塩の旅」は、目的のためなら危険地帯にも赴く旅であった。

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夕日のアッベ湖に立ち上がる石灰の塔のシルエット ジブチ/エチオピア 2011年

採掘場から命がけの
塩キャラバンの旅へ

2003年、片平氏は念願の旅を実現する。1970年の出合いから30年以上の間、外国人が立ち入れなかったタウデニの岩塩採掘場を訪れ、ここを起点とし、終点のマリの古都トンブクトゥまで塩キャラバンと共に750キロ余りの道を進んだのだ。自らも塩を積んだラクダに乗って進む、過酷な旅だった。

採掘場は、干上がった太古の塩湖の底だ。数百年前から変わらない手掘りの採掘で、ツルハシで大地を掘り下げる。塩の板になる岩塩層が現れるのは3層目だが、1層目にたどり着くまでに1カ月以上かかると片平氏は記録する。3層目からはぎ取った原石は外側の不純物を削り落とし、純度の高い中央部のみが塩の板になる。これらの塩の板は、かつて、塩の取れない地域では金と交換されるほど高価だった。今も現地では貨幣の役割を持つという。

タウデニからトンブクトゥへは、砂漠をひたすら南に向かう行程となる。日中は真正面にある太陽に向かって、毎日13時間、1日50キロ余りを移動したという。目線ぎりぎりまでずり下げたターバンが唯一の「日陰」だ。この命をかけた塩キャラバンは、ニジェールのキャラバンと共に今も続いている。

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タウデニの岩塩を切り出し整形する マリ 2003年
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タウデニ 真正面の太陽に焦がされて進むキャラバン マリ 2003年

南米

──大地と塩が生み出す異世界

アフリカに並び、片平氏があまたの塩の現場を捉えたのが南米だ。同地には、岩塩、塩原、天日塩田など、多種多様な塩の風景がある。高梨氏が特に引き付けられると話すのは、チリのアタカマ塩原。太古の塩湖が干上がった場所だ。浸食によってささくれ立った塩の結晶の上部が夕日に照らされ、赤く染まった瞬間を写した。片平氏は、この近くの「月の谷」も撮影している。月の谷は、何年も全く雨が降らないこともある乾燥地帯で、世界で最も過酷な砂漠といわれ、月面を思わせる光景が広がっている。その光景のアクセントになっているのが塩の結晶だ。地下に埋もれた岩塩は周りの岩石より軽いため、時間がたつうちに上昇して地表に姿を現し、まれに降る雨に溶けて再結晶しては、乾ききった大地に雪のような模様を描く。

星の撮影も生涯のテーマとした片平氏は、ウユニ塩湖の夜の風景も捉えた。ウユニ塩湖では乾期の4月から7月にかけて塩の採掘を行う。まだ干上がっていない場所で、表面のきれいな結晶をスコップで集める採取方法もある。この写真では、水を切るために盛り上げた塩の山が並び、大地に広がる塩水に星が反射し、えもいわれぬ美しい1枚となっている。

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アタカマ塩原 塩の結晶が夕日に輝く チリ 1986年
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月夜のウユニ湖に沈むオリオン座 ボリビア 1986年

オセアニア・ヨーロッパ・
アジア・北米

──世界各地の塩作りの個性

塩の現場は、アフリカや南米だけではない。太古の地層が露出し、塩の湖が点在する南オーストラリア州北部で片平氏が写したのは、エーア湖。雨期にのみ塩の湖となる場所で、塩の結晶を付けた低木が、美しい白いサンゴのように点在する。イタリアのマルサーラ塩田の風景は、古代ローマから続く営みを伝える一方、バリ島の塩田はアジアらしい工夫を映す。砂浜で作ったかん水を、ヤシの幹を用いた浅い容器に入れて蒸発させるのだ。

アメリカのモニュメントバレーには、片平氏はダイナミックな景観と星空を写しに訪れている。星空と大地を一緒に収めた片平氏らしい構図の写真は、塩の現場そのものではないが、塩の風景を追い続けた同氏ならではの星の写真といえる。もちろん、モニュメントバレーを写した一連の作品の中には、地下にある塩が川の水に溶け、再結晶した「塩の現場」を撮影したものもある。

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エーア塩湖の湖面を覆う塩の結晶 オーストラリア 1991年
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マルサーラ塩田の収穫作業 イタリア 2004年
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バリの塩田 夕方の収穫風景 インドネシア 2004年
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モニュメント・バレーに昇る大熊座 アメリカ合衆国 年代不明

痛切に伝わる塩の大切さ

片平氏の作品は、本展の会場だけでなく常設展でも紹介されており、こちらも必見だ。例えば、世界最大の天日塩田であるメキシコのゲレロネグロ塩田は、常設展で大きく取り上げているため、本展のセレクションからは割愛したという。常設展には、展覧会で紹介されている現場から彼が持ち帰った塩や道具なども展示されている。片平氏が撮影した世界各地の風景とそれを説明する彼の言葉は、塩は「うまい・まずい」よりも「あるか・ないか」が問題となる人類の必需品であることを、痛切に教えてくれるのだ。

愛機は中判のフィルムカメラ

最後のコーナーでは、片平氏愛用のカメラや仕事着が紹介され、旅の様子を物語る。2000年代には35ミリフルサイズ機のデジタルカメラの使用も始め、「荷物が軽くなり“寿命”が延びた」と語っていたという片平氏だが、今回展示されている作品のほとんどは、ブローニー(中判)で撮影したものだ。会場でも、愛機の一つPENTAX 67(中判フィルム用一眼レフ)が展示されている。

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片平孝
片平孝
1943年宮城県生まれ。東京写真大学(現・東京工芸大学)卒。日本写真家協会会員。2025年没。地球が生み出す景観に魅せられ、海抜以下の炎熱の砂漠から極寒の雪山まで、その現場に立ち続けてきた写真家。砂漠の撮影を目的に訪ねたサハラで出会った塩キャラバンをきっかけに、塩をテーマに世界中を旅する。塩に覆われた壮大な景観が多い乾燥地帯は砂や星の撮影地でもあり、これらも作品のテーマとなった。主な著書に『片平孝写真集 塩の旅 地球の塩の現場に立つ』(たばこと塩の博物館)、『〈ヴィジュアル版〉サハラ砂漠 塩の道をゆく』(集英社新書)など。

「世界的にもオンリーワンの写真家、片平孝さんを知ってほしい」

たばこと塩の博物館 主任学芸員 
高梨浩樹

世界の塩の風景を撮影した片平孝さんの写真は、当館がまだ渋谷にあったころの1980年代から常設展で使わせていただいてきました。出だしにあるウユニ塩湖の写真は、そうした1枚です。現地の情報に加え、ときには塩そのものや塩作りの道具などもご提供いただき、当館にとってかけがえのない方でした。残念なことに片平さんは2025年に亡くなりましたが、本展で紹介した作品は、生前に片平さんご自身がプリントのチェックをされたものを中心にしています。地球にはこれだけ驚きに満ちた塩の風景があること、その風景を撮り続けた片平さんという写真家がいたことを、知っていただきたいと思います。

高梨浩樹

会期中のイベント(事前Web予約制 ※先着順)

予約はたばこと塩の博物館ホームページ内の「イベントページ」から申し込みサイトへ

◆3月15日(日)

展示関連講演会
『片平さんの塩の旅をたどる』(対談)

半田昌之(元 たばこと塩の博物館学芸部長・日本博物館協会専務理事)、
片平太郎(ご子息)、高梨浩樹(たばこと塩の博物館主任学芸員)

◆3月21日(土)・22日(日)

能登半島地震チャリティ上映会&監督トークイベント
映画『ひとにぎりの塩』(2011年、ドキュメンタリー90分)

上映後、石井かほり監督トーク「発災から現在までの能登の現状」(約60分)

たばこと塩の博物館外観