
太平洋に浮かぶ小笠原諸島・父島。大陸と一度も地続きになったことのない「海洋島」であるこの島では、長い歴史の中で独自の生態系が育まれてきた。それゆえユネスコの世界自然遺産に登録され“東洋のガラパゴス”とも称されている。一方で、人間の流入や外来種の持ち込みによって、その生態系は幾度となく揺らいできた。父島は、地球の進化と人間という存在の痕跡が交差する「生きた研究フィールド」でもある。今回は“陸上”にフォーカスし、自然・歴史・人の営みが折り重なる父島の姿に迫った。
東京都心部から南へ約1000キロ。小笠原諸島は“最も遠い東京”として有名だ。大小およそ30の島々から成るが、現在の有人島は父島と母島のみで、人口2043人(2026年7月1日現在)の父島が中心。父島には小笠原村役場や東京都小笠原支庁、小笠原警察署などの行政機関、診療所や学校が置かれ、村の玄関口となる二見港周辺に商業・宿泊施設が集中している。
小笠原諸島は簡単にたどり着ける場所ではない。だからこそ多くの人を惹きつけてやまない。豪華客船以外の交通手段は東京・竹芝客船ターミナルから出航する定期便の「おがさわら丸」だけで、片道24時間の船旅が必須となる。繁忙期に到着後すぐに折り返す着発便を除き父島に3日間停泊するため、一般的には最低でも6日間の時間が必要だ。タイパが叫ばれる世の中にあってはぜいたくな時間の過ごし方と言える。さらに、亜熱帯に属するため夏と冬の寒暖差が少なく、“東京の南国”を求めて何度も訪れるリピーターは数多い。
東京・竹芝港〜父島・二見港を片道24時間で結ぶおがさわら丸
“ボニンブルー”と呼ばれる独特な海の青さと透明度に象徴されるように、小笠原と聞いてまず思い浮かぶのは海の素晴らしさだろう。だが、父島の見どころはそれだけではない。一度も大陸とつながったことがない海洋島ということもあり、陸上にはここでしか見ることができない動植物や昆虫が息づいている。
透明度抜群の紺碧が特徴的なボニンブルーの海
こうした稀有な自然環境を守るための歩みもまた、小笠原の歴史と結びついている。米国の施政権下を離れ、日本に返還されたのが1968年。早くも4年後の1972年には小笠原諸島が国立公園に指定され、その面積割合は約8割※にも及ぶ。さらに、2011年にはユネスコの世界自然遺産に登録された。そうした背景もあり、父島の山を存分に楽しむにはぜひガイドツアーを申し込みたい。言うまでもないが、本土からの生き物の持ち込みは固く禁じられている。貴重な固有種を守るための対策であり、島全体でその意識が共有されているのだ。
では一体、どんな生き物たちが生息し、独自の進化を遂げてきたのか。まずは父島の陸の真実を深掘りしていこう。
※出典:国立公園の割合 国土交通省のデータ
https://www.mlit.go.jp/policy/shingikai/content/001603351.pdf
最初に訪れたのは、父島東部の「東平アカガシラカラスバトサンクチュアリー」。小笠原の固有亜種で
絶滅危惧IA類※1に指定されたアカガシラカラスバトの繁殖地を含む、約28ヘクタールの広大な森だ。
東平アカガシラカラスバトサンクチュアリーの入口
アカガシラカラスバトは2000年代には数十羽まで落ち込んだとされる。だが東平の一画で繁殖していることが確認され、2003年に関東森林管理局や地元NGOの協力によって東平アカガシラカラスバトサンクチュアリーを制定。明確なゾーニングを敷き、ガイド付きで歩ける自然観察路とバッファゾーン※2、増殖地のため立入禁止としたコアゾーンの3つに区切った。
サンクチュアリーに入るには、入口で種子除去装置によって外来種を排除する必要がある。体全体を粘着テープのコロコロ®で拭き取り、靴底を専用のブラシでこすった後、外来生物等の侵入を防ぐため木酢液スプレーを噴射する徹底ぶりだ。これはサンクチュアリーに限ったことではなく、多くのルートで当然のマナーとなっている。
外来種(小さな昆虫、外来プラナリア、植物の種子など)を持ち込まないために、入り口で入念に服などの付着物を取り除く
サンクチュアリーのある東平は、その名のごとく山地に開けた台地だ。高低差が少なく、年代を問わず散策できるためトレッキングの定番コースとなっており、希少な生物を間近に見ながら父島の独特な雰囲気を味わうことができる。
まるで異国の地に来たような自然が広がる東平の森
南国のジャングルを彷彿とさせる森は、乾性低木林と呼ばれる。乾燥した気候に適応するため5〜8メートルの低木から形成されており、適度に光が差し込む。これは本土の森では体験できない感覚だ。オススメは涼しい冬季だそうだが、海の混雑を避けて夏季に訪れる観光客も一定数いる。ベテランガイドの島田克己さんは、歩を進めながら次のように解説してくれた。
「小笠原らしい植物は何ですか?とよく聞かれますが、実は見慣れない植物ばかりなので、ぱっと見ただけではなかなか分かりません。その中でも代表的なのが固有種のタコノキです。幹から伸びる気根がタコの足のように見えることから、この名前がつけられました。小笠原村の村木にも指定されている、小笠原を象徴する植物です。
もう一つ注目してほしいのが木生シダ類です。かなり大きく育っていて、小笠原の森らしい景観をつくっています。ひときわ大きく見えるのが木生シダの一種で、固有種のマルハチです。幹の中央からゼンマイのように丸まった新しい葉が伸びてきて、成長とともに上に広がっていきます。古くなった外側の葉は順番に枯れ落ちていき、幹に丸く跡が規則正しく残り、その中に漢字の『八』が見えます。名前の由来もここから来ています。奥へ進むと倒木になったマルハチもあり、そこではこの模様がよりはっきり確認できます」(島田さん)
幹から伸びる気根が、まるでタコの足のように広がるタコノキ
10mを超える高さまで成長するマルハチ。幹を覆う模様に目を凝らすと逆さまの「八」の字が浮かび上がる
確かに、熱心な愛好家や研究者でなければ希少な固有種に気づくのは難しい。固有植物の花は白くて小さいものや、葉と同じような薄い黄緑色をしたものが多いという。「桜のように花が一斉に咲いて目立つ植物とは違い、葉が茂る中で、その下にひっそりと花をつける種類が多い」と島田さんは言う。
とはいえ20年以上にわたってしっかりと保護されていることもあり、次々と固有種が出迎えてくれる。小笠原の村花でもあるムニンヒメツバキ。人の手によって植栽された超希少種のウラジロコムラサキ、コバトベラ、ムニンノボタン。花々以外にも、可愛い緑色のクッションのようなムニンシラガゴケ、ダイナミックな固有ヤシのノヤシやオガサワラビロウなどが父島の森らしさを彩る。
艶やかな葉の間に、白い花を咲かせるムニンヒメツバキ。小笠原を代表する固有植物のひとつ
島の限られた環境に生きる、コバトベラ(左)とウラジロコムラサキ(右)
動物や昆虫も見逃せない。あちこちに点在する沢や水たまりには、ハゼの仲間のオガサワラヨシノボリ、オガサワラセスジゲンゴロウ、オガサワラアメンボなどが生息している。石をひっくり返すと、キラキラした古銅輝石を身にまとったオガサワラニンギョウトビケラの幼虫に出合えることもある。サンクチュアリーの散策は、まるで野生の自然博物館を歩いているかのようにも思える。
水面を軽やかに滑るオガサワラアメンボ。その小さな脚の先から、幾重もの波紋が広がっていく
古銅輝石をまとうオガサワラニンギョウトビケラの幼虫
※1:絶滅危惧IA類:ごく近い将来における野生での絶滅の危険性が極めて高いもの
※2:バッファゾーンは繁殖期の11月から3月は立入禁止
そもそも無人島だった小笠原諸島では、人間の脅威を感じることなく固有の生き物が暮らしてきた。
しかし1800年代前半に欧米系移民による入植が始まり、明治時代以降は日本人が続々と移住。結果的にたくさんの外来種がなだれ込み、固有種を圧迫することになった。これまでに絶滅した種には鳥類のオガサワラマシコやオガサワラガビチョウなどがおり、今では固有種の多くが絶滅の危惧に瀕している。
アカガシラカラスバトは本土のドバトよりも大ぶりで、赤褐色の頭部を特徴とする。もともと小笠原にはヘビやイタチ、キツネなどの捕食動物がいないため、地上を歩き回ってのんびりと生活していた。唯一の天敵は空から襲ってくる固有亜種のオガサワラノスリだったが、入植者によって飼い猫が持ち込まれたことが転機となる。第二次世界大戦中の強制疎開で放置された飼い猫が野生化してノネコとなり、警戒心の薄いアカガシラカラスバトを捕食するようになったからだ。
これにより数が激減し、アカガシラカラスバトは半ば都市伝説のような鳥になった。島田さんは、「父島に生息していること自体は以前から分かっていました。ただ、あまりにも数が少なく、島民でも『見たことがない』『そんなハトがいるなんて知らなかった』という人がほとんどでした。存在を知っていたのは、一部の研究者くらいだったんです」と話す。
アカガシラカラスバト、通称「あかぽっぽ」
一方、サンクチュアリー制定後に森は徐々に復調していく。2008年には父島で「アカガシラカラスバト保全計画づくり国際ワークショップ」が開かれ、これを機に2010年から島内全域でノネコ捕獲事業を開始。今でも各所にノネコ用の捕獲カゴが設置されているが、数十匹まで数が減ったという。捕獲されたノネコは本土に送られ、馴化させた上で保護猫として引き取ってもらう措置を取る。
これらの努力が実り、最近では父島や母島の町中でもアカガシラカラスバトの姿が見られるまでに改善した。ちなみにアカガシラカラスバトは長くて覚えにくいため、公募して愛称を「あかぽっぽ」に決定。島民にはあかぽっぽの名前で広く親しまれている。
ノネコと並び、ノヤギも長く島民の頭を悩ませる存在である。ノヤギは、家畜として入ってきたヤギが野生化したもので、植物を食べ尽くしてしまうためだ。現在は父島のみに生息しており、定期的に駆除作業が行われている。かなり数は減ったが、それでも根絶には至っていない。そのためサンクチュアリーでは周囲をノネコ、ノヤギの防護柵で覆って侵入を防いでいる。
ノネコやノヤギから島の生態系を守る防護柵
これに加え、固有種の昆虫の天敵となる中南米原産のオオヒキガエル、北米原産のトカゲであるグリーンアノールも被害をもたらす外来種としてクローズアップされている。ただし、個体が小さく分布が広いことから有効な駆除対策を検討中だ。その深刻さを、島田さんはこのように憂いた。
「グリーンアノールは口が大きいため、オガサワラゼミなど固有種の大型昆虫まで捕食できます。ところが、小笠原にはグリーンアノールを捕食するヘビや大型のトカゲなどの天敵がいないため、本来の生息地と同じ繁殖力のまま増え続け、個体数が爆発的に増加しました。
その結果、小笠原固有の昆虫は大きな影響を受け、多くの種類が激減しています。この影響は昆虫だけにとどまりません。なぜなら植物の中には、特定の昆虫だけが花粉を運ぶ種類があるからです。その昆虫がいなくなると、花は咲いても受粉できず、実をつけられなくなります。やがて親木が寿命を迎えても次の世代が育たず、植物そのものが絶滅してしまう可能性があります。現在行われている希少植物の保全活動でも、グリーンアノールは大きな課題の一つとなっています」(島田さん)
固有種を脅かす外来種・グリーンアノール
小笠原諸島の父島列島、聟島(むこじま)列島は、約4800万年前の海底火山活動によって誕生した。そのため、集落がある平地以外はほとんどが山であり、島内の随所に格好の展望スポットがある。
父島最高峰の中央山は道が整備された定番ルートだが、今回の訪問では傘山を案内してもらった。道路脇に突然、登山口が現れる急峻な山で、下から見ると「崖」と表現したほうが正しい。実際、頂上に辿り着くまでの距離はとても短いものの、ロッククライミングのように岩場を登る箇所があり、高齢者や子ども、体力に自信がない人は避けたほうがいいかもしれない。
しかし、苦労して登りきった山頂からの眺めは格別である。西に二見湾を臨み、東にはオガサワラヒメミズナギドリの繁殖地として知られる東島が見える。南を向けば印象的な造形のJAXA小笠原追跡所もあり、一大パノラマを堪能できる。
傘山山頂からの180度の眺望
山に登らずとも手軽に眺望を楽しめる場所もある。一つが境浦海岸を見下ろす湾岸通りからの眺めで、ここからは座礁した軍需物資輸送船の濱江丸(ひんこうまる)を目視できる。1944年に座礁したまま同じ場所にとどまっている歴史的遺産だ。かつては海上に船体が見えていたというが、今ではほぼ沈みかけている。青々とした海と錆びついた座礁船のコントラストは見る者に強烈なインパクトを残す。
海面に姿を残す濱江丸
傘山からは、入り江に静かに横たわるその全景を臨むことができる
もう一つは、島西側の船見山から臨む二見港の風景だ。停泊時にはどっしりと構えるおがさわら丸に加え、コンパクトにまとまった町並みが一望できる。接岸はできないものの、最近では豪華客船が寄港しており、新たな観光の選択肢が広がっている。
船見山から見下ろす、父島の玄関口・二見港
最後に、小笠原海洋センターを紹介したい。二見港から車で約5分、アオウミガメの産卵場所のすぐそばにある施設で、アオウミガメをはじめ、小笠原に生息する生物の保護に尽力するため1982年に開設された。
小笠原海洋センター
センター内ではアオウミガメやアカウミガメ、タイマイなどを飼育するほか、子ガメの人工ふ化も行う。ウミガメへの給餌や子ガメの甲羅磨き、卵をふ化場に埋める体験といったプログラムも人気で、山とは違った視点で小笠原ならではの生物の躍動を体感できる。2027年春頃までは改修工事により長期休館しているが、リニューアル後には足を運んでみてほしい。
ウミガメを間近に感じる小笠原海洋センター。夏季には、ふ化場に卵を埋める貴重な体験も行われる
ここにしかいない生き物を大切に守りながら自然と共存し、かけがえのない種を未来につなげる。父島には、理想的なサステナビリティ精神が溢れていた。単なる自然探索だけではなく、そんな感情を喚起させてくれるのも“父島の陸”の魅力なのである。
Guide&Photographer

小笠原エコツアーガイド
ボニンブルーシマ
島田 克己さん

小笠原海洋センター
森元 由佳里さん

野元写真事務所
MANA 野元 学さん