東京の最果てに広がる別世界 豊かな自然と満天の星が彩る世界自然遺産・母島を歩く

東京都心部から南へ約1000キロ離れた父島から、さらに南へ約50キロ。人口約400人の母島には、父島とはまた趣の異なる手つかずの豊かな自然が広がっている。そんな場所で人々はその恵みと共存し、島の持つ価値を次世代に受け継いできた。ここでしか見られないメグロ、人懐っこいオガサワラハシナガウグイス、雄大なシマホルトノキ、そして筆舌に尽くしがたい星空。固有種が息づく山や森の姿を通じて、世界自然遺産の魅力を紹介していく。

豊かな森と青い海
母島の自然と暮らしを訪ねる

小笠原諸島最南端の有人島。それが母島だ。東京から「おがさわら丸」で父島に向かい、そこから「ははじま丸」に乗り継いで約2時間かかる。それでも、父島からさらに足を延ばし、母島を目指す観光客は少なくない。それだけ、この島には人々を惹きつける魅力があるのだ。

ははじま丸から望む母島

人口は397人(2026年7月1日現在)、父島のおよそ5分の1に過ぎない。ははじま丸が到着する沖港周辺が唯一の集落で、島の人々は寄り添うようにして暮らしている。商店や宿泊施設も限られ、父島が都会に見えるほど。代わりに、豊かな自然が出迎えてくれる。

青い海に浮かぶ島の傍らを、カツオドリが悠々と飛び交う

沖港から歩いて5分ほどの場所には小ぶりなビーチの前浜があり、目の前に青い海が広がる。前浜を上がったところに立つ大きなガジュマルの下にはベンチが置かれ、「ガジュ下」の愛称で地元住民の憩いの場になっている。宿泊施設が集中する静沢地区からほど近い「脇浜なぎさ公園」はアオウミガメに出会えるスポット。人工産卵場があるため、5〜7月は産卵、7〜9月はふ化を間近に見ることができる。

前浜を見守る大きなガジュマル。その木陰「ガジュ下」は島民が集い、ひと息つく憩いの場

約4400万年前の海底火山活動によって誕生した母島は、父島と同様に比較的平地が少ない。島のほとんどが山地であり、集落の縁に母島最高峰の乳房山(ちぶさやま:標高約463メートル)への登山口があるのも象徴的である。乳房山は道や休憩所が整備され、ガイドなしでも登れるため人気のトレッキングコースだが、行程には平均で約4時間を要する。より気軽に景色を一望したい場合は、集落から15分ほどで山頂にたどり着く小剣先山(しょうけんさきやま)がオススメだ。

ただし、気軽とは言えど標高約112メートルの山。頂上に近づくにつれて急峻さを増し、最後は岩場を歩かねばならないのでそれなりの装備をして臨みたい。だが、ひとたび登りきってしまえば解放感溢れる眺望が待っている。箱庭のような集落が眼下に望め、母島に暮らす人々の営みを感じ取ることができる。港の先には母島列島の無人島、向島(むこうじま)も見える。小剣先山は母島の“天然タワー”と言えるかもしれない。

小剣先山の眼下に、ひとところに寄り添うように広がる母島の集落

小笠原最南端の有人島に広がる
壮大な地形と固有の生命

父島や母島には移住者が多いが、母島で初日の案内をお願いしたガイドの田澤誠治さんもその1人。青森県津軽地方の出身で世界40カ国を渡り歩いた後、1985年に移住した。「私は父島よりも母島の雰囲気に強く惹かれました。山も海もあり、自然との距離がとても近く、自分にはこちらの暮らしの方が合っていると感じたからです」ときっかけを話す。

まずは初心者にも歩きやすいトレッキングの定番ルート、南崎・小富士コースを訪れた。沖港から車でひたすら南下し、「都道最南端」の看板がある駐車場が入口だ。この看板は地元の中学生が制作したものだという。

東京都道の終点を示す「都道最南端」の標識

平坦な南崎線歩道に入ると、固有の陸産貝類が目につく。落ち葉が積もっている場所を少しめくれば、母島だけに生息するコガネカタマイマイが顔を出す。緑の葉っぱを裏返して目を凝らすと、トライオンノミガイを発見できるはずだ。ノミガイの名はノミのように小さい形から来ており、トライオンは発見者の名前にちなんで付けられた。本当に小さい陸貝だが、とんがり帽子のような立派な殻を身にまとっている。また、道沿いでは天然記念物のオカヤドカリをあちこちで見ることができる。

落ち葉の下にひっそりと暮らす、コガネカタマイマイ

ノミほどの小さな体で、島の森に息づくトライオンノミガイ

散策中には四方から鳥の鳴き声が聞こえてくる。代表的なのはメグロ、そしてオガサワラハシナガウグイスだ。メグロは国の特別天然記念物に指定された固有種で、有人島で観察できるのは母島のみ。その他は母島列島の無人島である向島と妹島の3島にしか生息していない。田澤さんは、その生態を次のように解説する。

「興味深いのは、メグロは島の間を行き来しないことです。母島で生まれた個体は一生を母島で過ごし、別の島へ移動することはありません。そのため、それぞれの島の個体群が独立して暮らしています。

そのうちの90%は母島で生息しています。母島では島の南端から北端まで広く分布しており、とても身近な野鳥です。宿の周辺や、ときには家の近くまで姿を見せることもあります。一方で、世界的に見れば非常に貴重な鳥であり、このメグロを見るためだけに海外から母島を訪れるバードウォッチャーも少なくありません」(田澤さん)

母島を代表する固有種・メグロ。目のまわりを縁取る黒い模様が特徴で、希少な鳥でありながら、島では身近な存在として暮らしている

メグロを近くで視認することは叶わなかったが、オガサワラハシナガウグイスは休憩中に周囲にやってきて挨拶してくれた。ハシナガは本土のウグイスより少しだけくちばしが長いことに由来する。若干イントネーションが異なり「ホーホヶキョ」と、ケの部分が少し小さく聞こえる。まるで小笠原固有種ならではの方言のようだ。

ころんと丸みを帯びた体に、すっと伸びたくちばし。愛らしい姿が目を引くオガサワラハシナガウグイス

緩やかなアップダウンを繰り返しながら、日本最南端の郷土富士である小富士を目指す。標高約86メートルの低山だが、最後はハシゴを登る必要がある。ルートの途中で一気に開ける場所が「すり鉢」だ。名前の通り、大きなすり鉢のように地面がえぐられた地形になっており、むき出しの赤土と青い海のコントラストが母島らしさを醸し出す。

小富士の中腹に広がる「すり鉢」。むき出しの赤土の向こうに、母島の青い海が鮮やかに広がる

「この地形は、長い年月をかけて雨や風、台風による浸食を受けて形成されました。元々の地盤があまり硬くないため、雨が降るたびに土砂が流され、今でも少しずつ地形が変化しています。浸食は年々進んでおり、昔と比べると谷の形もかなり変わっています。戦前には、小学校の遠足でここを訪れるのが恒例行事でした。子どもたちはオガサワラビロウ(固有種のヤシ科)の葉を敷いたり、段ボールを使ったりして、この斜面を滑って遊んでいたそうです」(田澤さん)

到達した小富士からの風景は格別だ。眼下には、「ボニンブルー」と呼ばれる深く鮮やかな青色の太平洋が広がり、「本当にここは東京か?」と思えてくる。せり出した南崎にかけて見事な乾性低木林が続き、南崎海岸の透明度は山頂から見ても際立っている。南側にはカツオドリが繁殖する鰹鳥島が見え、繁殖シーズンでは、望遠レンズがあれば営巣の様子を撮影できる。

透き通る南崎海岸の海と、その先の南崎へと伸びる緑の尾根。小富士からは、母島南部の地形を一望できる

カツオドリの繁殖地として知られる鰹鳥島

訪れたのは、ちょうどカツオドリの繁殖シーズン。望遠レンズの先には、白い綿毛に包まれた雛の姿も

固有植物も豊富で、今回の訪問では小富士付近でシマザクラやテリハハマボウが見られた。テリハハマボウはハイビスカスの仲間で、父島や母島でよく見られる固有種。花は一年を通して見られるが、6月から7月にかけて最盛期を迎える。朝は黄色く、夕方になると赤みを帯び、その日のうちに花を落とす習性がある。それゆえ島では「イチビ」と呼ぶ。

朝は鮮やかな黄色(左)、夕方には赤みを帯びた姿(右)へ。一日のうちに表情を変えるテリハハマボウの花

悠久を感じる2本の巨木、
降り注ぐ星空は超ぜいたくなプラネタリウム

次は北上して乳房山のふもとにあるシマホルトノキを訪ねた。父島や母島に育つ固有種で、巨木という表現がぴったりの常緑樹だ。

「母島では古くから『コブノキ』とも呼ばれてきました。なぜなら幹にコブのようなふくらみができるからです。ただし、全ての木にコブができるわけではなく、なぜ形成されるのかはよく分かっていません。父島ではコブができる個体はあまり見られず、母島ならではの特徴ともいわれています」(田澤さん)

中でも、夫婦のように寄り添う2本のシマホルトノキは人気の撮影場所である。下から伸びた板根(ばんこん)はあたかも手を握り合っているかのように見え、この地で刻まれてきた穏やかな時間を想起させる。晩秋から冬にかけてなる楕円形の果実は、アカガシラカラスバト(島での愛称はあかぽっぽ)が好んで食べる餌としても知られる。

寄り添うように立つ2本のシマホルトノキ。足元に目を向けると、伸びた板根が互いの手を取り合うように重なる

島が静寂に包まれた夜には、星空観察の名所である旧ヘリポートに案内してもらった。2003年までは災害用・急患用に利用されていた直径30メートルのヘリコプター離着陸場で、小高い丘にそこだけ開けているため夜空そのものを体感できる。沖港から徒歩で行けなくもないが、坂が続くのでガイド付きのナイトツアーを利用したほうが安心だ。

空を見上げると、降り注ぐ星の光に圧倒される。これほどまでに感動的な星空は本土では拝めない。ここに掲載した天の川の写真は決して誇張したものではなく、肉眼でも同様にはっきりと見えた。ごろりと寝転べば、飽きるまで“超ぜいたくなプラネタリウム”を堪能できるだろう。

空を横切る天の川も、肉眼ではっきりと見ることができた

そこからぐんと北上し、石門(せきもん)の入口付近で光るキノコのヤコウタケを撮影した。現地での呼び名はグリーンぺぺ。固有種ではないものの、小笠原名物の1つとして名を馳せている。湿気を好むため雨の後には生えやすくなるが、あいにく滞在期間をはさんでの数日は晴れ続き。それでも田澤さんの協力で場所のあたりをつけ、無事に撮影に成功した。

今回は2本程度の可愛らしいグリーンペペだったが、闇夜に浮かび上がる姿はとても幻想的だった。「群生しているときには遠くからでも分かります。本を読めるぐらい光っていますよ」と田澤さん。星空観察とセットのナイトツアーで、ぜひ“夜の母島”も堪能してほしい。

小さな体から、鮮やかな光を放つグリーンペペ。暗闇の中でその光を見つけた瞬間は、思わず息をのむ

人々が暮らした歴史がかすかに残る北村集落、
最後に訪れた奇跡の出合い

1泊で父島に戻る行程のため、翌日は車でかつて母島に暮らしていた人々の歴史を探訪することにした。向かった先は、1944年の強制疎開まで存在していた北部の北村集落。深い入江に築いた北港を起点に、南北約300メートル、東西約75メートルの集落に約450人が生活していた。住宅、村役場、郵便局、小学校、クサヤ工場、かつお節加工工場などが密集していたが、今では面影はない。

かろうじて人工的な佇まいを残すのが、北村小学校跡だ。ただし入口の石垣と階段、門柱がひっそりとあるだけで、案内表示がなければ見過ごしてしまうぐらいうっそうとしている。2日目にガイドをしてくれた宮川五葉さんは、その歴史をこう語る。

森の中に残る「北村小学校跡」の文字。かつてここに子どもたちが通った学校があったことを、今に伝えている

「北村小学校は明治時代の1887年に開校し、戦時中の1944年に島民が強制疎開するまで、北村集落の子どもたちが学んでいました。現在では校舎はなくなり、わずかに基礎や石垣などが当時の面影を残すだけです。人がいなくなって80年以上が経ち、かつて子どもたちが走り回っていた校庭は、今ではガジュマルが生い茂る森へと姿を変えました。自然の回復力の強さを感じられる場所でもあり、人の営みと小笠原の自然の歴史が重なり合う貴重な史跡となっています」(宮川さん)

ガジュマルに覆われ、森へと還りつつある北村小学校跡の入口

小学校の廊下には、小笠原固有種の「オガサワラグワ」が使われていたという話も伝えられている。オガサワラグワは非常に硬く、木目が美しいことから家具や工芸用の高級材として重宝された。しかし乱伐のあおりに加えて、外来種のアカギなどによって生育地が奪われた影響もあり、現在は絶滅危惧種に指定されている。

「母島中央部にある桑ノ木山は、オガサワラグワが数多く生育していたことから名付けられました。かつては樹齢数千年に達する巨木もあったといわれていますが、現在ではわずか100本あまりが残るだけとなり、極めて希少な植物になっています」(宮川さん)

ガジュマルに覆われた入口を抜けると、そこに広がるのは木々に覆われた風景。かつての小学校は、80年の時を経て森へと姿を変えた

ちなみに宮川さんも移住組で福岡県の出身。琉球大学の海洋自然科学科で学んだ後、石垣島、奥多摩を経て母島に辿りついた。「母島は決して気軽に来られる場所ではありませんが、以前から一度は訪れ、働いてみたいと思っていた島でした。その希望が叶い、現在は母島で自然保護の仕事に携わっています」と話す。

北村集落の見学を終えた時点で、ははじま丸の出航まで残された時間はあとわずか。だが、我々取材班には、父島でお目にかかれなかったあかぽっぽにどうしても遭遇したいとの思いがあった。北港から沖港に戻るまでの間、数カ所で車を止めてあかぽっぽを探すが、残念ながらヒットせず。もはやこれまでかと思われたが、何と沖港集落の畑で1羽に巡り合うことができた。

ようやく目にしたあかぽっぽは噂通り警戒心が薄く、フォトグラファーや取材班が近づいてもキョトンとして動かずにいる。首とくちばしが長くシュッとした風貌は明らかにドバトと違い、最後の最後に出合えたこともあって“幸運の鳩”のように思えた。集落内で見られるようになったのは父島や母島での熱心な保護活動があったからこそだ。こうした奇跡にも、島民による固有種との共存精神が宿っている。

取材の終盤、沖港集落の畑で出合ったあかぽっぽ。今回の旅を締めくくるような出合いとなった

太古の自然が息づく母島。固有種のメグロやアカガシラカラスバト(あかぽっぽ)、夜空いっぱいに広がる星々など、この島でしか出合えない風景が今も残されている。その豊かな自然は、人々が自然と向き合い、共に暮らしながら守り続けてきた時間の積み重ねによって受け継がれてきた。母島を歩けば、世界自然遺産として受け継ぐべき価値が、静かに伝わってくる。

Guide&Photographer

アンナビーチ母島
田澤 誠治さん

irie isle
宮川 五葉さん

野元写真事務所
MANA 野元 学さん

Photo Gallery

豊かな自然と、そこに息づく固有の動植物、人々の暮らしが重なり合う小笠原諸島・母島。ここでは、島を巡るなかで出合った風景や生き物たちの姿を、取材班が捉えた写真とともに紹介する。

道沿いに揺れるココナッツツリー。その向こうには、母島と父島を結ぶ「ははじま丸」の姿も

観光協会・渡船待合所のそばで迎えてくれる、ザトウクジラのモニュメント。母島と海の深いつながりを感じさせる

つぶらな瞳と、すっと伸びたくちばしが印象的なアカガシラカラスバト。島では親しみを込めて「あかぽっぽ」と呼ばれている

こちらを気にする様子もなく、キョトンと佇むあかぽっぽ。人が近くにいても、しばらくその場を動かなかった

ははじま丸に寄り添うように、海面すれすれを飛び交うカツオドリ。波の上を滑るように進んでいく

青空を背に、翼を広げて悠々と舞うカツオドリ。魚を求めて海上を飛び回る

目のまわりを縁取る黒い模様と、鮮やかな黄色の胸元が印象的なメグロ。母島を代表する固有種だ

母島の道で見つけた、メグロのイラスト入りの「お静かに」標識。島ならではの、ちょっと珍しい風景だ

海へとせり出す南崎。その先へ向かって、母島らしい乾性低木林が一面に広がる

暗闇の中で、鮮やかな緑色の光を放つグリーンペペ。小さな姿からは想像できないほど、その輝きはくっきりと浮かび上がる

母島の森にひっそりと自生するシマザクラ。可憐な花を咲かせる、小笠原固有の植物だ

木から木へと軽やかに動き回るオガサワラハシナガウグイス。小笠原の環境に適応して暮らす、この島ならではの鳥だ

母島北端に位置する北港。今は静かな入り江だが、戦前には北村集落が広がり、約600人が暮らしていた

小笠原の空を悠々と舞うオガサワラノスリ。小笠原諸島唯一の猛禽類で、国の天然記念物にも指定されている

南崎線遊歩道を歩く途中で見つけたオカヤドカリ。貝殻を背負い、森の中をゆっくりと歩く姿が愛らしい

頭上まで折り重なる植物に覆われた森。わずかな光が差し込む光景は、まるで熱帯のジャングルを思わせる

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