キャリアを支えたのは「一番をとる」という信念

「小さな頃から一番になったことがないんです。だからこんな素敵な賞をいただけて光栄です」

"視聴率女王"の名をほしいままにする女優は、意外にもそんなことを言って笑う。

「5歳の頃から15年間続けたバレエも、高校時代に始めたモデルの世界でも、ここでは一番になれないなという思いがあった。自分の心と振る舞いが一体化しないもどかしさをずっと感じていたんです」

その殻を打ち破ったのは、23歳で「女優宣言」をしたとき。自らの内なる声に従い、初めて強い意思を表明した。

3年で主役を取ることを決意し、みごと3年後にドラマ『整形美人。』の主演で念願達成。その後は『松本清張 黒革の手帖』にはじまる松本清張シリーズの悪女役などで、女優としての揺るぎない存在感を示し続けた。

「何が転機となったのかはわからない。ただ、この仕事では絶対一番になってやる、と常に真剣勝負で挑んできました。ドラマの現場って毎回メンバーが違うので、そのときどきで目標にしたい人、ライバルになれる人が現れ、ものすごく刺激があるんです。そうした周りのみなさんのおかげで、今の私があるんだと思います」

努力すれば道は拓ける!ブロードウェイへの挑戦

2012年には、ブロードウェイの舞台で主役を張った。日本人女優としては初の快挙である。

「初めて『CHICAGO』を見たとき、私この舞台をやる、と無意識に宣言していたらしいです(笑)。とにかくこの作品が大好きで猛プッシュしました」

歌に踊りに英語と、乗り越えるべき壁は高かった。だからこそ、がむしゃらに頑張れた。ニューヨークで一人特訓する米倉さんの姿はキャストの心を動かし、連日練習に付き合ってくれたという。

「どんなに辛くてもやり続ければ道は拓ける、思いは通じるんだと、この作品で実感しました」

帰国後、周りの風景が違って見えた。でも道はまだ続いていく。代表作『ドクターX~外科医・大門未知子~スペシャル』が話題を呼んだことも記憶に新しい。

「大門未知子は、一生忘れられない役柄。ひとりの働く女性が権威に立ち向かう姿を、みなさんのキャリアと重ね合わせて見守ってほしいですね」

多くの役とともに、この世界をひた走ってきた。でも40歳を迎え、ときには歩みを緩めることも必要だと気づき始めた。

「秒針が時を刻むように、ゆっくりと着実に前進していきたい。そんなに高くない壁を、これからも登り続けていくつもりです」