父の娘ではなく“蜷川実花”になりたかった

「父から『経済的にも精神的にも自立した女性であれ』と言われてきました。だから働く女性のための賞をいただけたことは、本当にうれしいです」と蜷川さん。

父とは、言わずと知れた演出家の故・蜷川幸雄氏。

クリエーター一家に育ったため、幼い頃から「ものを作りたい」という思いは人一倍強かったという。それを手軽にかなえてくれるツールが、写真だった。

「小学生のときにバービー人形を撮ったんですよ。溶岩の上に乗せて。こんな世界があったらいいなっていう自分なりの表現だったんですが、やってることは今と全然変わらない(笑)。思えば、あれが私の原点でしたね」

大学在学中には、新人写真家の登竜門とされる2つの賞をダブル受賞。すでに始めていた撮影の仕事も、軌道に乗ってきた。

「学生時代から飛び込みで営業していました。自分のやりたいことはもう決まっていたので、やるしかないと腹をくくって」

それは、“蜷川さんのお嬢さん”としてしか見てくれない世間との戦いの日々でもあった。

「蜷川実花として何ができるのか。そこを認めてほしいという焦燥はずっとありましたね。結果的にはそれがプラスに働いていたのかもしれません」

今では国内外の写真展で動員記録を塗り替え続ける蜷川さん。“世界のニナガワ”の娘は、“世界の蜷川実花”として認知されつつある。

働く女性にはいつまでも仕事を続けてほしい

『さくらん』『ヘルタースケルター』では、映画監督としても鮮烈な印象を残した。挑戦的な題材やキャスティングに驚かされたことも記憶に新しい。

「挑戦的なことをしたつもりは全くないんです。ただ自分の中に、妙な決まりやタブーは作らないようにはしています。最初にいいと思ったことは、周りにどう見られようと、空気を読まずに貫いていく。どんな仕事でも、そこは大事にしていますね」

自分は自分。他人とは違う。その感覚は、世の働くママにこそ持ってもらいたい、と言う。

「SNSでは素敵な暮らしがあふれているけれど、それはその人のほんの一部。本当は皆さんや私と同じで、裏では苦労もしてるんです。だから仕事も育児も美しく完璧にこなさなきゃって焦る必要はないんですよ」

物の見方一つで世界は変わる。それを教えてくれたのも写真だ。

「写真を撮るっていうのは、素敵なものを探す作業なんです。それは日常生活にも応用できます。カメラを持ったつもりで、周りを見渡してみてください」

働くこともまた、とても素敵なことだと、蜷川さんは言う。

「だから仕事は辞めないでって働く女性全員に伝えたいです」