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量子暗号技術実証試験「実用化に近づく量子暗号技術100%セキュアな通信路を確保」

※記事中の情報につきましては、すべて取材時点のものとなります。
未来の技術の1つとして研究開発が続けられている「量子暗号」または「量子暗号鍵配信」にいよいよ実用化の光が見えてきた。業界トップクラスとなる1Mbit/sの鍵配信速度を実現している東芝は、通信路単独の実証試験から一歩進んで、運用を含むシステム全体の長期的な実証試験を宮城県仙台市で開始。その成果を元に5年以内の商用化を目指す。
佐藤 英昭 氏 株式会社東芝  研究開発センターネットワークシステムラボラトリー 主任研究員 田中 康成 氏 東芝ソリューション株式会社  官公ソリューション事業部 事業推進部 参事

ITやエレクトロニクスの世界でも「量子」というキーワードを目にする機会が増えてきた。従来のいわゆる古典力学に代わり、難解な量子力学を応用してこれまでにない機能や性能を実現しようと、世界中で研究開発が進められている。

量子暗号鍵配信」もそうした技術の1つだ。量子状態を複製することはできない、という量子力学における基本的な考え方を利用して光ファイバ通信路の安全性を保証し、重要な暗号鍵情報をセキュアにやりとりする通信方式である。「誰からも盗聴されていないことを検証できるため、絶対的な秘匿性が保証されます」と、東芝で量子暗号鍵配信技術を担当する佐藤英昭氏は説明する。

この量子暗号鍵配信に、送信すべき情報(平文)と同じ長さの使い捨て暗号鍵(ワンタイムパッド暗号)を組み合わせれば、量子力学的に盗聴不能で、かつ、情報理論的に解読不可能な暗号通信を実現できる。

高性能な光子検出器を開発し、業界トップクラスとなる1Mbit/sを達成

東芝は英国にある東芝欧州研究所ケンブリッジ研究所が中心となって量子力学の応用に取り組んでおり、量子暗号鍵配信技術についても早くから手掛けてきた。

研究の成果は着実に表れていて、EUが2008年10月にオーストリアで行った実証試験に参加した際には、32kmの光ファイバにて完全にセキュアなビデオ通信および音声通信を実証。

また、2014年に国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)からの委託研究として、東京の大手町-小金井間45kmの光ファイバを使って実施した実証運用試験では、34日間の連続安定稼動と、他社のおよそ3倍に相当する(※1)1日当たり25.8Gbitの鍵配信を達成した。

ところで、量子暗号鍵配信では光の粒子である「光子」が1個程度の極めて弱い光を送受信に用いる。そのため高性能な光子検出器の実現が技術的に難しいと佐藤氏は述べる。

同社では高感度なアバランシェ・フォトダイオード(APD)素子に、受信信号を遅延させて差分を取る独自の自己差分回路を組み合わせることで、これまでにない受信性能を実現。光ファイバ長が50kmのとき、同社調べで業界トップクラスとなる毎秒1Mbitの鍵配信を達成しており、2015年8月現在もこの記録は破られていないという。

※1:東芝調べ

図1 量子暗号鍵配信システムの概略構成図
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2年間の長期的な実証試験を経て、2020年ごろの実用化を目指す

東芝は量子暗号鍵配信技術の実用化を目指して、新たな実証試験を開始した。宮城県仙台市にある東芝ライフサイエンス解析センターから東北大学東北メディカル・メガバンク機構まで、およそ7kmの光ファイバで結び、1回で数十ギガバイトのゲノム解析データを送信する。暗号化して送信するため、ゲノム解析データと同じ量の暗号鍵を利用する。期間は2015年8月から2年間を予定している。

図2 実証試験システムの位置図
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量子暗号鍵配信装置の検証を目的とした従来の実証試験から一歩進めて、実際の研究で利用するゲノム解析データの安全な送受信を目指し、国が提唱する『医療情報システムの安全管理に関するガイドライン』にのっとりながら、ファシリティや運用を含めたシステム全体の実用化検証を行います」と、実証試験を担当する東芝ソリューションの田中康成氏は狙いを説明する。

実用化に不可欠な長期的な可用性についても検証する。「送受信装置や光子検出器の安定性を確認するとともに、光ファイバの特性変化の影響をダッシュボードで可視化し、長期にわたって調べる予定です」と田中氏は述べる。天候や気温と、鍵共有速度とを1分間隔で記録し、相関を探っていく考えだ。今回の実証試験は期間が2年と長く四季を2度経験できるため、有意義なデータが収集できると期待されている。

図3 ダッシュボード画面 (※画面の数値は仮のものです)
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現在一般的に利用されているRSAなどの暗号技術が直ちに危機に直面しているわけではないが、盗聴者が暗号文を保存しておいて長い時間をかけて解読を試みたり、暗号アルゴリズムが将来危殆(きたい)化する可能性は決してゼロではない。

量子暗号鍵配信技術は、そのような可能性すら許されない極めて高い秘匿性を必要とする市場が当初のターゲットになるだろう。防衛、外交、捜査情報などを取り扱う官公庁分野などがその候補だ。同社では今回の実証試験の成果も活用しながら、業界の先陣を切って2020年ごろの実用化を目指していきたい考えだ。

量子暗号鍵配信技術の実用化を1つの契機として、将来に向けた量子力学の応用を加速させていきたいと考えています」と佐藤氏は展望を述べる。

遠い未来と考えられていた量子力学の実用化が、いよいよ近づいてきたといえるだろう。

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