“明日”をつむぐテクノロジー special

雨滴を利用した独自の診断法を開発 インフラの老朽化問題に挑む AEセンサーを利用したセンシングで橋梁の劣化をモニタリング

※記事中の情報につきましては、すべて取材時点のものとなります。
東芝は京都大学と共同で、橋梁の床版(しょうばん)の劣化状況を、コンクリート内部のひび割れから発せられる微弱な弾性波から推定する新たなセンシング技術を研究中だ。高速道路の橋梁で実証実験を行い、良好な結果を得た。また、雨滴がコンクリート表面を叩いたときに発生する弾性波によっても同等の劣化診断ができることを発見した。将来の実用化を目指す。
渡部 一雄 氏
株式会社 東芝
研究開発本部 研究開発センター
機械・システムラボラトリー
研究主幹

橋やトンネルなどのインフラ構造物の劣化を、センシング技術を活用して診断しようという取り組みが産官学で活発化してきた。

その背景にあるのは、インフラ構造物の老朽化問題だ。とくに高度成長期に建造され、数十年が経過したインフラ構造物の維持管理が急務となっている一方で、労働人口が減少していることもあって、経験が求められる人材の確保が難しくなっているのが実情だ。

構造物の劣化をセンシングによって把握できれば、点検や維持管理を、より効率的に、かつ、より網羅的に進められることから、さまざまなアイデアが研究・提唱されている。

東芝では、国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託研究業務「インフラ維持管理・更新等の社会課題対応システム開発プロジェクト」(平成26年度~平成30年度)の下、コンクリート内部のひび割れを非接触で診断するセンシング技術の研究に取り組んできた。

「社会の課題を、テクノロジーを活用して解決し、社会に貢献したいとの想いから、研究を進めてきました」と、プロジェクトを担当する同社研究開発本部の渡部一雄氏は説明する。

弾性波で劣化状況を診断するAE法。ちなみに弾性波とは物質が変形したときに生じる、き裂にともない発せられる波で、地震波も地殻変動に起因する弾性波の一種だ。コンクリートの場合、道路を走るクルマの振動や荷重によって内部にひび割れが発生、成長するとき、あるいは既に生じたひび割れが擦れ合うときに、数十kHzから数百kHz程度の弾性波が、ひび部分から発生することが知られている。木の板や棒を折ろうとしたときにミシミシと音が発生するのをイメージすると分かりやすい。

図1 ひび割れから発する微小な弾性波をセンサーで検知するAE法の概要(a)と、
        後述する実証実験の様子(b)(c)
リンク

高速道路の床版で実証実験を実施

東芝が手掛ける解析(評価)手法は、コンクリート内部から発せられる弾性波を高感度なAEセンサー(高帯域振動センサー)で検知し、弾性波の周波数や到達時間によって劣化の度合いや発生位置を推定する。

同社が行った実証実験では、高速道路橋の約2000mm×約4000mm×厚さ約200mmの床版(しょうばん:橋梁の上面に設けられた車両走行部を支える部分)に15個のAEセンサーを装着し、およそ1週間をかけて、AEセンサーを用いてデータを収集した(図1)。

解析では、AEセンサーで取得した弾性波信号からクルマの通行音など不要成分の除去や特徴量抽出などを行ったのち、弾性波の発生位置や劣化のタイプ(引張型またはせん断型)を推定した(図2)。「解析処理では、AE法に詳しい京都大学大学院の塩谷智基特定教授のご指導をいただきました」(渡部氏)。

床版で得られた弾性波信号を解析した結果、床版の左右では細かいひび割れにとどまっていて健全性は比較的維持されているものの、AE源の密度が低い中央では、せん断型の劣化が進行しており、ひび割れが広がっていると推定された(図3)。

図2 実証実験における弾性波信号の概略解析フロー
リンク
図3 AEセンサーから取得した弾性波信号から解析したひび割れ箇所の推定位置
リンク

雨滴を励起源とする診断法を新たに発見

こうした実証実験の過程で渡部氏らのチームは新たな発見をしたという。

「AEセンサーから得た弾性波信号を解析しているときに、データ量が非常に多い時間帯がありました。最初はなんらかのノイズと考えて除去していたのですが、改めて調べてみると、その時刻に現地でゲリラ豪雨が降っていたことが分かったのです。つまり大粒の雨滴が路面を叩き、そのときに生じた弾性波が内部に伝わって、ひびの状態に応じた信号として検出されていたことが分かりました」(図4)。

そこで、ノイズとして除去していた降雨時の弾性波信号を試しに解析してみたところ、クルマの通行で得られる前述の解析結果(図3)と同様の劣化マップが得られたという(図5左)。

さらに、測定に使用した床版がその後管理者により取り替えられた際に、コア試料を採取して解析結果と実際の劣化状況との照合を行った。雨滴による弾性波が数多く検知された床版の左右の領域には、弾性波を遮る劣化が少ないと予想されたが、実際にコア試料からも健全性がまだ維持されていることが確認できた。一方、雨滴による弾性波があまり検知されなかった床版中央部分では、劣化の進行が発生していると考えられ、コア試料でも同様の傾向が見られた。

「この診断方法は、厳密にはAEではなく雨滴を励起源とする衝撃弾性波診断法に近いといえますが、数日分の通行とほぼ同じ量のデータをわずか10分程度の大雨で取得できたなど、これまでにない知見を得ることができました。学会で発表したところ、専門家の方々からもユニークな着想との評価をいただいています」と渡部氏は説明する。

自然現象である雨を待つのは現実的ではないにしても、散水車を使って大雨のような散水を行うことなどで、センシングに要する時間を大幅に短縮できる可能性があり、将来実用化されれば点検コストの削減につなげられるだろう。

図4 雨滴を励起源とした弾性波の検出の原理
リンク
図5 降雨で得られた弾性波の解析結果と実際の床版のコア試料分析
リンク

社会の問題解決に向けて実用化を目指す

今回は橋梁の床版で実証実験を行ったが、AEや雨滴による検出法をトンネルやビルなどに応用ができないかという声も多いという。例えばトンネルの内壁に向けて放水するなど、弾性波の励起方法を工夫することで同様の劣化診断が実現できる可能性もあり、今後の検討が期待される。

最後に渡部氏は、「実証実験の過程では雪の日もあれば酷暑の日もあって、橋梁や床版の点検作業の過酷さや難しさの一端を身をもって経験しました。1つの手法、1つの技術だけで、インフラの老朽化問題が解決できるわけではありませんが、社会の課題解決に微力でも貢献したいという願いは、私を含めてプロジェクトメンバー全員が持っています。インフラ構造物を、次の世代、さらにはそのまた次の世代が安心して利用できるよう、これからも研究開発に取り組んでいきます」と展望する。

東芝は、今回のプロジェクトで得た知見などを生かしながら、インフラ構造物の劣化診断技術を実用化へとつなげていきたい考えだ。

東芝との共同研究でAE法の課題を解決へ

塩谷 智基 氏
京都大学大学院
工学研究科
社会基盤工学専攻特定教授

今回、NEDOの委託研究に基づき、東芝と共同でAEを用いた床版の診断手法の研究を進めてきました。実証実験の過程で、これまではノイズと考えていた降雨(雨滴)による弾性波が想像以上に大きなエネルギーを持つ広帯域の信号源であることが明らかになり、この成果は海外での基調講演などでも紹介させていただき、その注目度は高く、十分に実用に値する手法であると考えています。また、東芝と共同で確立した、計測システム、データの取得方法、およびその解析方法は、これまで難易度の高かったAE法の課題を解決するものと考えています。

東芝の担当者の皆さんは打ち合わせや関連学会に参加される中でめきめきと実力をつけられ、最近では新たなアイデアを創出するまでになられています。インフラの維持管理は社会の重要課題であり、問題が出てから対処する「事後保全」から、センシングを活用した「予防保全」へと転換が求められています。今回の手法やシステムが将来必ず役立つと確信しています。

AE法と雨滴を利用したひび割れ検出について、さらに詳しく知る

pagetop

お問い合わせ