伊藤雅代さん、40代、女性
職業:薬剤師
勤務先:公津の杜真鍋薬局(従業員数9名)
健康保険:協会けんぽ

卵巣がん、ステージⅠb
卵巣、子宮、腹膜のリンパ節を全摘出後、細胞の異型度が強いため抗がん剤治療を8クール実施

・抗がん剤治療中、いつどのような辛さがくるのか我慢せずに伝えた。職業柄、理解が得やすい環境にあった。病気になることが仕事上プラスになることもあった。

・家族の理解を得る方が大変だった。仕事を続けることがその人にとって価値があることならそれを尊重すべきという本を読んで、家族も納得してくれるようになった。

これまでもフォローしあってきたので、
うしろめたさはなかった

数年前に卵巣肥大を指摘され、経過観察後、5cmくらいになった右卵巣を2013年9月に内視鏡により摘出。病理検査で卵巣がんと診断され、卵巣がんは転移しやすいため、2014年1月、左卵巣、子宮、腹膜のリンパ節を全部摘出した。左卵巣にもがんが見つかったものの、他に転移はなく、Stage Ibと診断された。11時間もの開腹手術で身体への負担が大きく、10日間の入院後、3週間は自宅療養を余儀なくされた。

子育てや義父の介護をしながら働き続けて来たため、自分の病気で仕事を辞めるという選択はなかった。しかし、手術の1か月後に復職しようとしても、身体が思うように動かない。そこで、短時間勤務で「来れるときだけ来る」形にしてもらい、最初は2時間、そのうち3時間と、徐々に勤務時間を増やしていった。やっと4、5時間働けるようになった頃に「がんの顔つき(細胞の異形度)が悪いから」と抗がん剤投与を勧められ、3月から2週間おきに4か月間投与を受け、7月に終了した。

投与開始前に主治医に「仕事は無理でしょう」と言われた。しかし、仕事柄、副作用に関する詳しい情報を得られたため、勤務継続は可能と自分で判断した。

幸い支持療法がよく効いて、嘔吐など激しい副作用は出なかった。水曜日に点滴を受けて、木曜日は休み、金、土と出勤して日曜日は休む。月曜日からは全身に起き上がれないほどの倦怠感が出るため、行けそうにないときは社長にメールをして、代わりに入ってもらった。少人数の職場で、これまでも子育てや介護でフォローしあっていたため、それほどうしろめたさを感じずに「今日は調子が悪い」と言えた。

脱毛のため帽子をかぶって仕事をしていると、薬局の患者さんに「どうしたの?」と聞かれたので、正直に抗がん剤の治療中だと話した。幸い気味悪がられたりすることはなく、むしろ励まされることが多かった。

病気になる前は、拘束9時間半(実動8時間半)で週5日の勤務だった。正社員のままで、手術後や抗がん剤治療中は時給制の短時間勤務、治療終了後には実動7時間の6日勤務に変えてもらった。午前10時から午後1時、午後3時から7時と忙しくない時間帯に抜ける形にして、1時から3時までは家が近いので自宅で休養した。薬局社長や会社契約の社会保険労務士とも相談して、勤務のしかたを変えてもらった。

・少人数の職場で、それまでも育児や介護でフォローしあってきたので、体調を正直に話し気兼ねなくフォローしてもらえた。

・時給制で短時間勤務をしたり、働きやすい勤務体系に変えてもらうなど、体調に合わせて働き方を柔軟に変更していった。

・社長や社会保険労務士、職場の人、薬局のお客さんに相談するなど、自分から積極的に情報を集めた。

伊藤さんが、主治医から「仕事は無理でしょう」と言われても諦めず、ご自分にも周囲にも無理のない働き方を工夫していたことが印象的です。自由度の高い働き方ができた背景には「お互い様」の職場文化もあったでしょうが、伊藤さん自身が以前から他のスタッフの支援に積極的だったことも影響していたのでは。また、支援的な風土づくりに向けた経営者の取り組みも重要だと思いました。

社会保険労務士、勤務時間の組み替え、社内への情報開示、顧客への情報開示

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