村本高史さん、50代、男性
職業:事務系会社員(人事・経営戦略)
勤務先:サッポロビール株式会社(酒類製造販売他。国内酒類事業従事者約2千名、グループ連結従業員数約7千名)
健康保険:サッポログループの組合管掌健康保険(サッポロビール健康保険組合)

頸部食道がん。
声帯の真裏の食道入口に腫瘍が見つかるものの、放射線治療により消失。約2年後に再発したため、喉頭を全摘して患部に空腸(小腸のうち胃に近い部分)を移植し、喉頭も全摘。

・多くの人と関わる立場だったため、復職前に社内外の広範囲の人に、声がでなくなったことを中心に、病気の経緯と現状をメールで報告した。

・「話しかけるとよくないのでは」と思う人も少なくないだろうと推測し、復職後しばらくは電子メモによる筆談で、食道発声を習得してからは自分の声で、意識して自分からコミュニケーションをとるようにした。

生きていさえすれば、なんとかなる

 村本さんは、2009年に声帯の真裏の食道入口に約5cmの食道がんが見つかった。放射線治療を限界まで受けて、約半年後にがんは消失。しかし、2011年8月に再発。主治医から手術以外に方法はないと告げられると同時に、声帯を失っても食道発声を習得すれば声は出ると教わった。そこで、自分から積極的に情報を収集。公益社団法人銀鈴会が食道発声教室を実施していると知り、手術前に妻と共に見学に出かけた。

 食道発声教室では、自分より年配の人たちが一生懸命練習をしている姿に感動した。声帯を失っているのに、ペラペラしゃべっている先生方も見て、「生きていさえすればなんとかなる。早くあの人たちと同じスタートラインにつきたい」と思うようになった。

 9月下旬に入院し、空腸を患部に移植し、喉頭も全摘する手術を受けた。11月初めに退院し、自宅療養の後、2012年の年明けから職場に復帰した。

 会社には、失効した有給休暇を最大60日まで積立てておき、私傷病のときなどに利用できる制度がある。村本さんは手術と自宅療養で、年末年始を含め3か月ほど休んだが、積立て休暇を利用したため、病気欠勤は数日で済んだ。また、最初は短時間の慣らし出勤を行ったが、1週間も経たないうちに大丈夫だと判断し、通常勤務で正式に復職した。

 退院直後から食道発声教室に通い始めたものの、復職時点では、とても会話ができるレベルではなかった。そこで、復職を控えた年末に社内外の広範囲の関係者に、病気のことや声が出なくなったことをメールで報告。すると、たくさんの励ましの返信をもらい、とても嬉しかった。勤務先の温かい企業風土を感じられ、とてもありがたかった。開き直って自ら状況を開示することで、結果的に自分の気持ちもふっきれたと思う。

 復職当初はまだほとんど声が出ないため、筆談用の電子メモを持ち歩いた。また、声をかけることをためらう人もいるだろうと考えて、懇親会などにも出席し、自分から積極的に筆談で話しかけるようにした。

 村本さんは、最初にがんになったときは人事総務部の人事グループリーダー(課長)、再発直前の2011年4月からは人事総務部長を務めていた。声が出なくなったことで、今のポジションを続けてよいのだろうかとも考えていたところ、自宅療養中に当時の社長が見舞に来てくれて、「3月の異動のときに、経営戦略本部の副本部長に変ってもらう」と告げられた。多少複雑な気持ちはあったが、横滑りで部下のいないポジションへ異動することは、自分に無理をさせないための温かい配慮だと受け止め、決めてもらって気が楽になった面もあった。その社長には、「人間のプロを目指せ」とも言ってもらった。

 しばらくは副本部長として、人事関係を中心にサポート的な業務を行った。そのうちに人事制度改革の一環として、それまでの専門職制度をさらに充実させた創造変革職制度を創設することになった。そこで、制度のスタート時に、自ら創造変革職として立候補。組織風土改革などをやりたいと訴えて、審査にパスした。昨年の秋からは創造変革職として、社内のグループリーダー(課長)から組織課題を聞き取り、結果を上層部にプレゼンテーションするなどの活動を行っている。

>「発声障害(失声)」(がん情報サービス)

同じ境遇の仲間と出会えて、本当によかった

 銀鈴会の食道発声教室は、基本的には火、木、土の週3回ある。火曜と木曜は午後1時から2時半で勤務時間中だが、復職後もできるだけ会社を抜け出して、出席するようにした。抜け出した分は私用外出として、実質欠勤扱いで、その分賞与が差し引かれる。最初に放射線治療を受けたときに人事で話し合い、私用外出として認めてもらうことになった前例があったため、発声教室も同様にしてもらった。

 食道発声は、声帯の代わりに食道をふるわせて声を出す。手術をして、空気の通り道と食べ物の通り道を分けてしまっているため、肺の空気は使えない(図)。腹式呼吸のような形で圧力差を作り、ピンポン球くらいの空気を取り込んで、それを逆流させる。そのため大きな声は出せず、息継ぎが多くなるが、慣れるとかなりスムーズな会話が可能になる。

 11月に退院した直後から食道発声教室に通い始めたが、村本さんは、最初はなかなか声が出なかった。「あ」という1音を出すのに、1か月くらいかかってしまったが、実際に声が出ている人を大勢見ているので、あきらめずに練習を続けられた。やっと「あ」が出ても、最初は変な声だったが、次第にちゃんとした声になり、半年くらい経った頃から、少しずつ言葉が言えるようになってきた。

 発声教室では、「同じ言葉を1日千回練習すればうまくなれる」と言われている。練習は日課になったので、そう苦にはならなかった。だんだんうまくなり、ほめられることが、励みになっていった。仕事を続けていたことも、上達に手応えを感じやすくて、よかったと思う。練習を続けた結果、徐々に上達し、2014年3月には食道発声教室を卒業した。いまは、取材を受けて自分の体験を自分の声で話すことも、問題なくできる。銀鈴会では、先輩たちから大きな勇気をもらった。同じ境遇の仲間と出会えたことも、本当によかった。

 一口に声帯を失うといっても、状況は千差万別だ。元の食道が残っていると声が出やすいようだが、村本さんの場合は空腸を移植しているので、手でのど元を押さえないと震えにくく声が出ない。また、食事から時間が経つと、腸の元の本能で食道が締まるようでしゃべりにくくなる。そのため、夕方近くに打ち合わせがあるときなどは、事前にお菓子やパンを食べておいたりする。また、食道発声では小さい声しか出せないため、広い会議室などで声が届きにくいときは、マイクとセットになった小型の音声増幅装置を使っている。

限りある人生ならば、本当に大切なことを大切に

 健康保険の高額療養費制度は利用したが、それ以外にも個人的に生命保険やがん保険に入っていたため、手術や入院費用はかなりカバーできた。また、音声・言語機能の障害により身体障害者手帳2級を取得。障害年金が受給できると銀鈴会で聞いて、手術から1年後に障害年金を申請し、現在は受給している。

 村本さんは、2007年に42歳で結婚した。結婚してまだあまり間がない頃にがんになったが、妻は常に支えてくれて、本当に感謝している。昨年には初めての子どもにも恵まれ、生きていさえすればいいこともあると実感した。

 入院生活では、本当に死ぬかもしれないと思う瞬間があり、その瞬間を必死で生き抜くうちに、目の前のことに一生懸命に取り組む大切さを痛感した。また、人生には限りがあるのだから、本当に大切なものや大切な人を心の底から大切にしなければいけないとも思った。

 様々な人から自分が受けた恩を少しでも返したいと思って、昨年の秋から月に2回ほど、社内で「いのちを伝える会」を開いている。関心のありそうな人に声を掛け、闘病体験から感じたことや、そこから気付いた人生の目的と使命などについて村本さんが話をする。その後は場所を変え、引き続き雑談したりもする。1回7〜10人くらいが参加する会で、もうすぐ13回目になる。自分の体験は、病気の人だけでなく、健康な人にも参考になることがあるだろう。いろいろな人といろいろな関わりの中で、少しでも役に立てればいいなと思っている。

・手術前から積極的に情報を収集することで、手術直後から食道発声教室に通うなど早めに行動でき、精神的にも落ち着いた。

・まだ会話が難しいときでも筆談で話しかけるなどした結果、自身にも積極性がうまれ、かつ周囲からの理解を得られやすくなった。

・管理職から部下のいないポジションに異動することで、葛藤はあったがその後無理なく業務を続けられた。

大企業で重責を担っていた村本さん。声を失うという企業人として重大な損失に直面しながら、手術前の食道発声教室をきっかけにして気持ちを切り替えたあとの行動が素晴らしいです。関係者に病気や声のことを広く報告し、電子メモなどのツールを駆使し、懇親会でも積極的にコミュニケーションをはかる姿勢を見て、周囲は村本さんの「働く覚悟」を感じたのではないでしょうか。また、食道発声教室に通う時間確保の交渉や、創造変革職として社内各所の組織課題を上層部に伝える仕事など、人事のプロとしての経験がその後に大きく活かされていることも見事です。その働き方(生き方)は、病気を持たない人にもインスピレーションを与えているでしょう。

社内への情報開示、顧客への情報開示、身体障害者手帳、障害年金、民間医療保険、業務内容変更

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