大腸がんを治療の傍ら業務を継続し、会社へ提言

渡部俊さん、30代、男性
職業: 会社員(営業職)
勤務先:朝日航洋株式会社(航空事業、従業員数約1200名)
健康保険:トヨタ販売連合健康保険組合

2012年6月に大腸がん(ステージIIIb)の診断を受け、腹腔鏡下で上行結腸切除及び虫垂・リンパ節摘出手術を受ける。病理検査結果から抗がん剤治療を勧められ、2012年7月から2013年1月までCapeOX療法を実施。2013年12月に肝臓への転移が見つかり、腹腔鏡下にて切除。2015年4月に再び肝臓転移が見つかり、開腹手術により切除。現在は、経過観察中。

・病状について、最初から周囲にオープンに話し、上司や同僚の理解を得るようにした。

・情報を書面にまとめると多大な労力がかかるため、会社に病状を説明するときは、なるべく対面で話した。

・負担が少ない部署への異動で居場所がないように感じたが、時間をかけて自分でできる仕事を創り出した。

自分と同じような思いをする社員を出したくない

 渡部さんの勤める朝日航洋株式会社は、航空機を用いたさまざまな事業を行っている。渡部さんは営業職として、顧客と現場のパイロットや技術者をつなぐ仕事をしていた。事件や災害時にヘリを緊急手配したりドラマのロケに立ち会ったりと、やりがいがある反面、出張が多く、多忙で常に緊張を強いられる業務だった。しばらく前からしつこい腰痛があったが、仕事を休めずに受診を先延ばしにしていた。

 2012年5月に強い腹痛が起こったが、仕事を休めずに出勤。しかし耐えきれずに早退して、自宅近くの総合病院を受診しようとしたところ、受付で意識が混濁して倒れた。原因は腸閉塞で、内視鏡検査の結果、大腸がんが発見された。

 渡部さんの妻は薬剤師、従姉は消化器外科の医師だ。2人に相談して、管理のしやすさなどから、妻と従姉の勤める大学病院に転院することにした。そして、腹腔鏡下で上行結腸切除、虫垂・リンパ節摘出手術を受けた。

 最初は病院のベッドの上から、上司へメールで事情を伝えた。急に長期に休むことになり、仕事の引き継ぎが大変だった。渡部さんは、周囲に迷惑をかけて申し訳ないと思った。

 手術後に、経過報告及び抗がん剤治療についての説明をするために出社すると、支社長、人事部長、担当役員が集まってくれていた。そして、その場で話し合って、抗がん剤治療時の勤務方法など、会社の対応を決めてくれた。通常なら決定まで時間がかかるところを、上層部が集まって即断即決してくれたことは、とてもありがたかった。

 遅く来て早く帰ってよいと言ってもらえたのは、朝夕のラッシュ時を避けられてありがたかった。また、本来の所属部署ではなく、自宅に近い他部署をサテライトオフィスとして使わせてもらえることにもなった。通勤時間が短くなって、身体への負担が軽減された。

 定期検査を受診しやすいように業務上の配慮もしてもらえた。主治医の側も仕事との両立に理解があり、繁忙期を避けるようにしてくれて助かった。

 会社には、非常に柔軟に親身に対応してもらえたと思う。ただ、渡部さんも上司も、会社の制度をよく知らなかったため、せっかくの制度をうまく使えないこともあった。在宅勤務も可能だったが、当時はそれを知らなかった。有給休暇が残り少なくなったので、なるべく休暇を取らないように苦労していたが、あとで失効有給休暇の積立制度があることがわかり、「もっと早くわかっていたら楽だったのに」とも思った。

抗がん剤の強い副作用に悩まされる

 手術後、病理検査の結果から、抗がん剤治療を提案された。FOLFOX療法、CapeOX療法、Cape療法の3つについて、副作用、投薬期間、期待できる効果などの説明を受け、実施の有無と薬剤の種類を自身で決定するようにと言われた。FOLFOX療法は、副作用を軽減できるが、ポートを埋め込んで投薬中は薬剤ボトルを常時携帯することになる。渡部さんは、いかにも患者というスタイルは、営業職として支障があると考えた。また、Cape療法は期待できる効果が弱いと聞いて、最終的にCapeOX療法を選択した。妻が薬剤師でその上司は抗がん剤治療の第一人者だったため、副作用等の情報を詳しく聞くことができた。ただ、副作用をそれほど深刻には受け止めず、投薬中も仕事はできると思っていた。

 治療は、3週間を1クールとして8クール行った。

 実際に投与が始まると、想像もしなかった強い副作用に襲われた。投薬後、しばらくすると末梢神経症状により手足がしびれ、体温より低いものに触れると電気が走ったような痛みが出る。携帯電話さえ持てなくなって電話ができず、妻から会社へ連絡(メール代筆)してもらうこともあった。食欲はなく、吐き気と強い疲労感がある。常温より低いものを飲もうとすると、のどがしめつけられるような感覚があり、痛みが走る。口内炎や白血球減少にも悩まされた。

 とても出社できる状況ではなく、投薬開始から10日ほどは仕事を休まざるを得なかった。1クール3週間のうち出社できるのは休薬期間の1週間のみという状態が続いた。

 いまでも、この世で一番つらいことは抗がん剤だと思う。たいへんなつらさだったが、がんを治すためだと思って減薬も休薬もせずに、6ヶ月間がんばった。

自由にしていいのなら、自由に動いてみよう

 抗がん剤治療中の10月1日に、会社の配慮で営業本部から営業統括部へ異動となった。営業統括部は、業務の全体を見渡して現場をバックアップするところだ。具体的な業務内容は、機材の配置、予算の管理、売り上げの管理など、多岐にわたっている。顧客との折衝はあまりなく社内的な対応が中心なので、体力面も治療との両立も格段に楽になった。ただ、通常はベテラン社員が配属される部署で、渡部さんのような30歳そこそこの若手が行くことは珍しい。「自由にやってくれ」と言われたが、やりがいを持って取り組める仕事はほとんどなく、自分の居場所がないように感じた。

 最初のうちは落ち込んだが、「自由にやってくれと言うなら、自由に動けばいいのだ」と頭を切り換えることにした。現場にいたときには、「もう少しこうやったらうまく仕事が回るのに」と思うことがよくあった。そこで、そういう小さいことを改善していこうと考えて、現場の人に「やって欲しいことはないですか」と聞いてまわった。すると、それが新しい仕事になっていき、そのうちに「あいつに言えば何とかしてくれる」と、いろいろな仕事が入ってくるようになった。半年くらいかけて、仕事にやりがいを感じられるようになっていった。

 2013年12月、定期検査で肝臓への転移が発見された。幸い小さいもので位置も先端だったので、腹腔鏡下手術で切除した。抗がん剤は、前回実施したばかりだったことと、ポジティブデータがなかったために実施しなかった。あのつらい抗がん剤に耐えたのに再発したと思うと、とても悲しくなった。

 2015年4月に肝臓への転移が再発。今回は、術野を広げて細かく観察するために、開腹手術によって切除した。

 がん罹患当初は自分が大変な状態にあるという実感はなかったが、抗がん剤を始めてから、治療のつらさもあって、うつ症状が出るようになった。ときどき突発的に感情が不安定になり、自分ではどうしようもなくなってしまう。周囲に当たり散らし、はっと気がつくと物を壊したりしていて、あとでさらに落ち込むことになる。

 自分でもコントロールできない感情の波に翻弄されることは、つらかった。ただ、あまりくよくよ悩まずに、割り切って考えるように心がけていたら、だんだん症状が穏やかになってきた。「病気だからがんばろう」と厳しく自己節制しすぎると、精神的に落ち込みやすくなるようだ。いまは「身体に悪そうだけれど、おいしそうだから食べよう」という具合に、できるだけ気楽に考えるようにしている。

周囲には、すべてオープンに話した

 病気のことは、社内、顧客、友人など、すべての人にオープンに話すようにした。ものごとを隠すのは「恥ずかしい」とか「不義理」なことだからだ。がんは、恥ずかしくも不義理でもない、ただの事実だ。だから、自分からきちんと発信して、正しい情報を伝え、誤解を防ぎたいと思った。

 最初に緊急入院したときにはメールで報告したが、病状を書面にまとめるのは難しくストレスにもなるので、病状はできるだけ対面で報告するようにした。

 会社は、渡部さんの体調に気を配りつつ、しかし過度にがん患者扱いはせずに居場所を用意してくれるなど、温かい対応をしてくれている。

 上長との面談中に気持ちが高ぶって感情を抑えられなくなったとき、さりげなくブラインドを下ろして、周囲から見えないようにしてくれた。こういう小さな心遣いが、いちばんありがたいと思った。

 ただ、人事評価で病気を理由に「通常通りの評価ができない」と言われたときは、客観的な意味としては理解できるものの、自分の存在を否定されたようで精神的につらかった。

 周囲が気を配ってくれるのはありがたいが、がんを体験していない人に「気持ちはわかるよ」などと言われると、「どうせわからないくせに」と思って腹が立つこともあった。世間一般のがんに対するイメージが現実とあまりにもかけはなれていて、誤解を生む元になっていると思う。

経済的な負担が大きく、休職は難しい

 渡部さんは発症の前年に結婚して、そろそろ子どもが欲しいと思っていたところだった。抗がん剤治療を行うと無精子症になる可能性があるため、事前に精子を凍結保存することにした。幸い治療終了後に精子に異常は見られなかった。2015年4月に第一子が誕生したときは本当にうれしかったが、出産直後に肝臓転移が見つかり開腹手術を受けたため、妻にはかなりの負担をかけた。

 当時は20代だったので、まだ民間医療保険には、加入していなかった。これから加入しようとしていた矢先にがんを患ったことは、非常に悔やまれる。

 公的医療保険には高額療養費制度があるが、差額ベッド料など出費は多い。限度額認定証をもらっても、通院と入院は別計算のため、一時的に20万円くらい払わなければならないこともあった。休職時に公的医療保険から出る傷病手当金は、標準報酬月額の3分の2しかないので、医療費の負担を考えると経済的に休職は難しい。

 家族に医療関係者がいたことは、情報収集のためには、とてもラッキーだった。

 妻からは、最初に「インターネットの情報はいっさい見ないで」と忠告された。インターネットの情報は玉石混淆で、どれが本当のことかわからない。渡部さんは、ネットではいっさい調べずに、妻からの情報を元に判断していった。ただ、ピアサポートや患者向けセミナーなどの情報は得られず、参加もしなかった。

 この「がんと共に働く」のサイトは人事担当者(中野人事企画グループリーダー)から紹介を受けて、「これは面白い」と思った。いまは信頼できるところで、最新の治験や新たな治療法、国の制度改革などについては、調べるようにしている。インターネットでも、前向きなサイトは役に立つと思う。

がん患者の立場から、会社に提言

 人事部の中野さんは、会社としてがん対策に取り組む必要性を考えていた。2015年6月に、中野さんが「がんと就労」についての取り組みを社内イントラネットに掲載したものが、渡部さんの目にとまった。

 渡部さんは、がんを体験していない人が、よく知らないままに制度をいじっても、自分のように苦労する人が出てしまうと考えた。がんと仕事の両立で苦しむ人には、もう出て欲しくない。渡部さんは、その熱い思いを提言書にまとめ、会社に提出した。幸い好意的に受入れられて、渡部さんは、業務としてがん患者に対する社内制度改革に関わることになった。いまはまだ最初の一歩を踏み出しただけだが、将来的にプロジェクト化して、社内体制を変えていきたいと考えている。

>「がん患者の治療と就労の両立に関する所感と提言」を詳しく見る

 会社が柔軟で温かい配慮をしてくれるのは、企業風土のおかげかもしれない。渡部さんの会社には、互いに助け合うことは当然だという社風がある。災害対応でヘリコプターの需要が急増したときなどに、みんなで応援に駆けつけるのは、よくあることだからだ。そういう企業風土が、がん患者への対応にも働いているのかもしれない。

・異動先で居場所がないと感じても、自分から動いて新しく仕事を創り上げた。

・節制しすぎず、できるだけ気楽に考えるよう心がけて、うつ症状を改善した。

・がんになって困った体験から、同じように苦労する人がでないように、社内制度改革のために動き出した。

まさか自分が、という年代で発病した渡部さん。経済面や精神面の辛さも含め、体験を率直に語られました。「がんは恥ずかしくも不義理でもない、ただの事実」と考えて行動したことが、会社の細やかな対応に結びついています。一方、知らないために利用できなかった社内支援制度も。その体験を会社のがん対策に反映するために自ら作成した提言書は必読です。記載が詳細であるからこそ、実態と提言が読み手に伝わります。「自由にやってくれ」と言われた異動先でも新たな仕事を創りだして存在感を示す渡部さんの働き方は、自分を活かす仕事人のありかたを示しています。

社内への情報開示、顧客への情報開示、業務内容変更、時短勤務、在宅勤務、サテライト勤務、インターネット情報

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